高城剛メルマガ「高城未来研究所「Future Report」」より

ターニングポイントを迎える日本の観光業

高城未来研究所【Future Report】Vol.758(12月26日)より

今週は、札幌にいます。

帰国して10日ほど経ちますが、今年は文字通り「師走」の慌ただしさを体現しており、東京にほとんど滞在する間もなく、日本を縦断するよう移動を続けています。

この十年、北海道は中国人団体観光客によって明確に「最適化」されてきました。道内各地への拠点として札幌中心部に大型バスが連なり、免税店と特定ルートを往復して、短時間で大量消費を行う。観光業界はそれを効率と呼び、行政は成功事例として横展開しました。
ホテルは大型化し、価格は団体前提で設計され、飲食店は言語対応と回転率に舵を切りました。その結果、札幌は「観光地」にはなりましたが、本来持つ「街」の魅力は年々失われていきました。いまから20年近く前、南区に不動産を所有し、僕が「チカホ」の仕事をしていた時とは、まったく様相が違います。

そして今、その前提条件がごっそり抜け落ちました。確かに街中では中国人個人旅行者をはじめ多くの海外からの観光客に出会いますが、中国本土からの直行便激減や予約の取り消しが相次ぎ、これから本格化するスキーシーズンや、2月の「さっぽろ雪まつり」、中国の旧正月(春節)に向けた集客への打撃が確実視されており、北海道だけで数百億円規模の経済損失が出るという試算も報道されています。
それにもかかわらず、多くの観光事業者は、未だに「戻るはずだ」という仮定の上で耐え続けています。これは希望ではなく、日本特有の構造への依存に他なりません。

この数年、日本全土の観光政策として「量から質へ」「高付加価値化」「長期滞在へ」といったスローガンを掲げてきましたが、現実にはほとんど進んでいません。なぜなら、それは即効性がなく、KPIが曖昧で、補助金向きではないからです。
札幌市がまとめた観光消費のデータを見ると、海外ゲスト一人あたりの消費単価はむしろ低下傾向にあります。なにより、肝心の地場観光業を牛耳るローカルキングが、変化に理解を示せていない様子が伺えます。

野村総合研究所の試算では、2012年の尖閣問題と同様の影響が1年続いた場合、経済損失は1兆7900億円に上るとされています。
2024年の訪日中国人は約698万人、消費額は約2兆7000億円ほどで、訪日外国人全体の22.5%を占めていました。
2025年に入ってからはパンデミックからの回復が本格化し、夏には月間100万人を超えるペースで伸びていましたが、現在、良くも悪くもターニングポイントを迎えていることは確かです。
この転換点を、単なる「損失」としてだけ捉えると、未来の舵取りを大きく間違えます。

今後5〜10年で、日本の観光業は今の形のままでは生き残れません。大型ホテル、団体向け飲食、免税依存型小売の三点セットは、縮小ではなく再編される前提で早急に観光OSを入れ替えねばなりません。

一方で、生き残るのは、極端に小さく、極端に文脈を持った場所です。数室しかない宿。食材の産地と思想が明確なレストラン。
大量消費を拒否し、説明を省き、わかる人だけを迎える空間。観光を「売上」としてではなく、「関係の編集」として捉える人たちです。
そこでは、SNS映えも、多言語メニューも重要ではありません。むしろ、静けさ、時間の遅さ、不便さが価値になります。

札幌を軸とした北海道は、本来そうした可能性を多く持っている地域です。自然、食、距離感、季節性。
しかし、それを活かすには、これまでの成功体験を一度、意識的に破壊する必要がある。
中国人団体観光客がいなくなったことを「一時的な損失」と捉える限り、次の設計は始まりません。その変化を受け入れられるかどうかで、地域の命運は分かれます。
当然、これは札幌だけの話ではなく、京都、大阪、福岡、那覇。程度の差はあれ、日本の主要観光都市は同じ構造を内包しています。いまや、パンデミックで一時的な休みがあれど、過去10年日本を安売りしつづけた観光業そのものの設計思想が、時代遅れになったのです。

札幌は今、その分岐点のど真ん中に立っていて、実際は観光業に限らず、黒船ならぬ「赤船」依存だった、過去20年の日本経済はターニングポイントを迎えまています。これから長い冬がしばらく続く覚悟も必要だろうな、と日中でも氷点下のなか、札幌の街中で実感する今週です。

皆様、本年も大変お世話になりました。
どうか、良いお年をお迎えくださいませ。
 

高城未来研究所「Future Report」

Vol.758 12月26日発行

■目次
1. 近況
2. 世界の俯瞰図
3. デュアルライフ、ハイパーノマドのススメ
4. 「病」との対話
5. 大ビジュアルコミュニケーション時代を生き抜く方法
6. Q&Aコーナー
7. 連載のお知らせ

23高城未来研究所は、近未来を読み解く総合研究所です。実際に海外を飛び回って現場を見てまわる僕を中心に、世界情勢や経済だけではなく、移住や海外就職のプロフェッショナルなど、多岐にわたる多くの研究員が、企業と個人を顧客に未来を個別にコンサルティングをしていきます。毎週お届けする「FutureReport」は、この研究所の定期レポートで、今後世界はどのように変わっていくのか、そして、何に気をつけ、何をしなくてはいけないのか、をマスでは発言できない私見と俯瞰的視座をあわせてお届けします。

高城剛
1964年葛飾柴又生まれ。日大芸術学部在学中に「東京国際ビデオビエンナーレ」グランプリ受賞後、メディアを超えて横断的に活動。 著書に『ヤバいぜっ! デジタル日本』(集英社)、『「ひきこもり国家」日本』(宝島社)、『オーガニック革命』(集英社)、『私の名前は高城剛。住所不定、職業不明。』(マガジンハウス)などがある。 自身も数多くのメディアに登場し、NTT、パナソニック、プレイステーション、ヴァージン・アトランティックなどの広告に出演。 総務省情報通信審議会専門委員など公職歴任。 2008年より、拠点を欧州へ移し活動。 現在、コミュニケーション戦略と次世代テクノロジーを専門に、創造産業全般にわたって活躍。ファッションTVシニア・クリエイティブ・ディレクターも務めている。 最新刊は『時代を生きる力』(マガジンハウス)を発売。

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