小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ」より

スマホVRの本命「Gear VR」製品版を試す

小寺信良&西田宗千佳メールマガジン「金曜ランチビュッフェ」2015年4月24日 Vol.032 <技術は負けない号>より

本メルマガが発行される4月24日の前日、23日から、サムスンの「Galaxy S6」シリーズの販売が始まった。これはこれでいいスマホなのだが、筆者が注目しているのは、ちょっと別の部分である。

実は筆者の手元に、Galaxy S6を使ったVRヘッドマウントディスプレイ「Gear VR」の実機が、レビュー用に数日間貸し出されていた。今回は、その感想をお伝えしたい。時間が限られていたこともあり、実に間抜けなことに、実機写真を一切撮っていない。また、HMDという性質上、画面写真も用意できない。画像はGear VRの公式サイトで公開されているものと同じになるが、ご容赦いただきたい。

手軽だが「本物」、コンテンツストアの出来も良好

Gear VRは、スマホを使ったVR HMDである。VR MHDというとOculus Rift(Oculus VR)やProject Morpheus(SCE)のように、ハイパワーな機器に接続して使うものと、スマホをディスプレイとして使うものの2種類があるが、Gear VRは後者。本体前面にGalaxy S6もしくはS6 Edgeを取り付けて使う。

・Gear VR。写真では黒い蓋になっているところをはずし、Galaxy S6シリーズを取り付けて使う。

スマホVRは気軽ではあるものの、シンプルさゆえに「簡易型」と言われることもある。だが、Gear VRをつけてみると、そういう言葉は不適切に感じられる。問題は画質ではない。「VR」の体験そのものが、他のスマホVRとはまったく異なるのだ。

Gear VRにはバッテリーも電源ケーブルも電源スイッチもない。Galaxy S6をセットする(この時、内蔵のmicroUSBコネクターに本体を差し込む感じになる)と、電源と各種コントロール系がスマホ側と接続され、自動的に使えるようになる。画面表示は、内部のセンサーが「かぶった」ことを認識すると、自動的に始まる。とにかく簡単だ。レンズのピント調整をのぞけば、画角調整のたぐいも一切ない。「とにかくかぶればいい」というシンプルさが徹底されている。

一方、そこから得られる「VR感」は上々だ。頭部の向きに対する追尾は、Galaxy S6内のモーションセンサーを使っているはずなのだが、精度が高く、ずれがない。「全天球の中に自分がはいってしまった」感じだ。

なにより面白いのは、いきなり専用アプリの中に自分が放り込まれる感覚だ。サムスンは、Oculusと共同でGear VR用の「VRで操作するメニュー」と、コンテンツストアである「Oculus store」を用意している。この中から観たいものを視界の中央にいれ、右側にあるタッチパッドを「タップ」すればいい。誰でも簡単に、大量のVRコンテンツの世界に飛び込める。

・Gear VRのメニュー。操作は基本的に「VR」で行なう。

従来、VRコンテンツは自らスマホやPCを操作し、体験前に「自分で探す」「自分で仕込む」ことが必要だった。だがGear VRはそれが不要となっていて、製品としてのまとまりの良さを感じる。

ゲーム系も面白いが、筆者がぜひ体験していただきたいのは「シアター」だ。VR空間に映画館が表示され、その中程の良い位置から、実際に「映画」を観る感じになる。もちろん画質は、これまでの映画用HMDより悪いのだが、迫力や自然さでは、こちらに軍配が上がる。文字通り「映画館で観る」感覚を再現しているからだ。

手軽さ・自然さを作り込みで実現。実は「開拓者」向けの製品

もちろん、画質などにつっこみを入れようと思えば、いくらでもできる。元々のディスプレイサイズが5インチであることから、Oculus Riftなどの本格的VRや、GALAXY Note 4を使っていた過去のGear VRに比べると、画角が狭くて没入感では一歩劣る。色ずれもちょっと多い感じだ。若干の遅延を感じるためか、左右に首を傾ける(いわゆるロール動作)をすると酔いを感じやすかった。

また、空間の中で自分がどう移動したかを検知する方法がないこと、手足の位置を操作に反映する方法がないことなどから、「天球の真ん中に自分がいる」タイプを越えるVR体験は得られない。ゲーム的なものをするには、Bluetooth接続のゲームコントローラーなどを併用するのが現実的である。また、輝度を最大まで高めて使うこと、演算量が多いことなどから、Galaxy S6自体のバッテリーが急速に減っていくことにも注意が必要だ。

しかし、それはそれでいいのだ。「誰でもかぶれば本物のVR体験が得られる」という意味で、Gear VRは空前絶後の存在だ。スマホVRは、手軽だがどうしても「パノラマ写真ビュワー」的な存在を脱するのが難しい。しかしGear VRは、限定的ながら「本物のVR」を、ごくごく手軽に提供することに成功している。過去にも何度がGear VRはテストしていたのだが、Oculusが協力して作り込むことで、ここまでのものが仕上がって来るとは、なかなか興味深い。

実際問題、これをみなさんに無条件に勧めるか、というと、それはまた別の問題だ。コンテンツを楽しむだけならば、数時間程度で飽きてしまう。Gear VRが約2万7000円、このためにスマホをGalaxy S6に機種交換するとさらに4万円程度が必要になる。ちょっと高い出費だ。

だが、VRの開発をしたり、VRを人に勧めて「驚いてもらう」なら、これほどいいものはない。現在最高の「ネタ消費アイテム」とも言える。Gear VRの正式名称は「Gear VR Innovator Edition for Galaxy S6」。開拓者向けの特別な製品、という位置付けだ。

そういった面白さをどうやって持続的な産業にするのか。そこが、「Innovator Edition」を手に入れた人々のテーマであることも思い知らされる製品である。

小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ

2015年4月24日 Vol.032 <技術は負けない号>目次

01 論壇(小寺)
ドローンの世界を体系的に理解する
02 余談(西田)
スマホVRの本命「Gear VR」製品版を試す
03 対談(小寺)
電子書籍を端末の歴史から眺めてみる(1)
04 過去記事アーカイブズ(小寺)
視聴率偏重主義が破壊する番組制作の常識
05 ニュースクリップ(小寺・西田)
06 今週のおたより(小寺・西田)

12コラムニスト小寺信良と、ジャーナリスト西田宗千佳がお送りする、業界俯瞰型メールマガジン。 家電、ガジェット、通信、放送、映像、オーディオ、IT教育など、2人が興味関心のおもむくまま縦横無尽に駆け巡り、「普通そんなこと知らないよね」という情報をお届けします。毎週金曜日12時丁度にお届け。1週ごとにメインパーソナリティを交代。

 

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筆者:西田宗千佳

フリージャーナリスト。1971年福井県出身。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。取材・解説記事を中心に、主要新聞・ウェブ媒体などに寄稿する他、年数冊のペースで書籍も執筆。テレビ番組の監修なども手がける。

 

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