名越康文
@nakoshiyasufumi

名越康文メールマガジン 生きるための対話(dialogue)より

本当の才能は「何かに没頭した時間」が育ててくれる

※名越康文メールマガジン「生きるための対話」より
211497e9ffb96a0640680ad2c2bd3b19_s

才能の本質は、誰も評価のくだしようがない場所に宿る

「人は誰でも、その人だけの才能を持っている」ということがよくいわれます。確かに、一言で「才能」といっても多様です。頭が良い人には学者の才能があるかもしれないし、発想の斬新さを持つ人は、アーティストの才能を持っているかもしれない。運動能力の高い人は、アスリートとしての才能に恵まれている、といえるかもしれない。

でも、もしそういうものだけを「才能」と呼ぶのであれば、やはり才能というのは、一部の恵まれた人だけに宿るもの、というほかないでしょう。なぜなら、現実問題としてそれらの「才能」を開花させ、大きな成功を収めている人はごく一部だからです。あるいは、若い頃「才能がある」と評価されたとしても、その世界で20年、30年という時間を経てなお高い評価を得続ける人は残念ながら、わずかです。

しかし僕は、そうした現実を踏まえた上で、やはり「人は誰でも、その人だけの才能を持っている」といいたい。それは僕が、「才能」というもの本質は「まだ他人からの評価が定まっていない能力」だと考えているからです。

計算が早い、歌が上手い、上手に踊れる、端正な文章を書く……もちろんそれらを「才能」と呼ぶことを僕は否定しません。しかし、後に世界を驚かせるような才能というのは、ほとんどの場合、その才能が現れ始めた初期の段階においては、そんなふうに「わかりやすい評価軸」で評価しようのないしろものだったと思うんです。

考えてみれば当然のことです。まだその価値を評価する物差しを誰も持っていないような才能だからこそ、本当の意味で「世界を動かす」「世界を変える」ことができるのですから。

エジソンにしても、ライト兄弟にしても、スティーブ・ジョブズにしてもそうです。彼らのような天才は、社会的に成功するまでは、周囲から「変人」「役立たず」といわれることが多かったわけですが、まさにそうした「役立たず」と評価されるような部分にこそ、彼らの「才能」は宿っていたのです。

つまりそれは、他の誰にも似ていない、その人独自の感覚世界に寄り添った能力、ということです。それは、周囲のほとんどの人間が正しくその価値を評価することが困難であるような感性です。

私たちはエジソンが作った電球や、ライト兄弟が作った飛行機や、スティーブ・ジョブズが作ったiPhoneの素晴らしさを理解することはできます。しかし、それらを生み出す元になった彼らの「感性」や「感覚世界」そのものについては、ほとんどといっていいぐらい、理解も、共感もできていないのです。

僕はそういう、周囲の理解も共感も必要としないような感性や感覚世界こそが、「才能」というものの本質ではないか、と思うのです。

周囲の誰もがすぐに理解し、賞賛するような才能というのは、いってしまえば「手垢がついた才能」です。それは過去にあった、何かの焼き直しである可能性が少なくない。本当に新鮮で、新しい世界を切り開いていくような才能は、周囲からはなかなか「才能」とは認識されないものなのです。

 

「才能の芽」を摘まないために

本当の才能は、それがどんな価値を持つものなのか、開花したあとでないと評価しようがないものである。

しかし、だとすれば私たちはどうやって、それを見出し、伸ばしていけばいいのでしょうか。

まだ価値があるか、ないかわからない何か。それを「才能」と認めるにはどうしたらいいか。これは難問です。一筋縄で解けるような問題ではありません。しかし、少なくとも心理学的に、僕が「鍵」となると考えるものがあります。それは「集中」です。一人の人間が全身全霊で何かに集中しているその瞬間。そこに、その人だけの「才能」が宿る。少なくともその可能性がある、と僕は考えているんです。

たとえ周囲から評価されていなくても、高い集中力を持って行われている仕事には可能性があります。そのことで思い出すのが、『ロクの世界』というアニメーションです。

ロクの世界
http://worldofroku.com
roku

発売当初、僕は担当編集者から「ぜひ騙されたと思って観てください」とDVD付書籍を渡されました。そのDVDには、だいたい20数分程度の、アニメーションが収録されていました。

観てみると、ストーリーとしては、荒野を舞台とした、一人の少女と少年が、「ロク」と言われる謎のブロックをめぐって繰り広げる冒険譚でした。

最初の印象は、正直なところ「普通」でした。もちろん、ピクサーやジブリ、あるいは日本の、クオリティの高いテレビアニメを見慣れている目からみて「普通」に感じるというのはめちゃくちゃレベルが高い、ということなんですが、それでも特に印象的だったわけではなかった。

ところが、この20数分ほどの映像体験が、1年半以上経った今でも、どういうわけか「フッ」と思い起こされる瞬間があるんです。

不思議だなあと思って、先日、同じ担当者に「あれは何なんだろうね?」と聞いてみた。すると、彼らの説明によると「ロクの世界」は、長年アニメーション業界で働いていた高尾圭さんというアニメーターが独立し、ピクサーやジブリ、あるいは既存のアニメーションとは違うロジックと手法を打ち立てようと、ほとんど独力で、途方も無い時間と労力をかけた作品なのだというんですね。

STUDIO UGOKI
http://ugoki.jp/about.html

STUDIO UGOKIのキャラクター表現について
http://ugoki.jp/event150818.html

上記のページによると、それはMulti Perspective(マルチパース)という手法らしいのですが、専門的なことについては、僕が説明するよりも、上記のページをご覧になったほうが早いでしょう。

僕がいいたいことは、それほど専門的で、素人には理解する手がかりすらないようなこだわりであっても、身体のレベルでは、アニメの素人である僕に確実に伝わっていた、ということです。たった1回だけ観た20数分のアニメを、1年半も経っても覚えている、というのはそういうことだと思うんです。

おそらく、「ロクの世界」のプロジェクトはまだ経済的に報われているとはいえないでしょうし、アニメ業界での評価も十分なものとはいえない状況でしょう。でも、そうやって評価を受けていない段階で、高い集中力をもってひとつの作品を作り上げていることの中にこそ「本当の才能」の萌芽があり、そこにこそ、新しい時代を切り開いていく「可能性」が宿ってくるのだと僕は思うんです。

 

狂気に満ちた集中

飛行機作りに邁進するライト兄弟の集中力は、おそらく、周囲からすれば狂気にしか見えなかったことでしょう。しかし、その狂気に満ちた集中の中から、彼らは人類史を変えるような物を作り出したわけです。

もし、現代の若者の不幸があるとすれば、「時を忘れて没頭する」という体験を奪われがちである、ということがいえると僕は思います。これは、現代のカリキュラム主導の教育の、最大の欠点といっていいでしょう。確かに、知識やスキルを身につけるだけなら、カリキュラムをどんどんこなしたほうがいい。でも、いくら高い知識やスキルを身につけたところで、「時を忘れて没頭する」という体験が欠けていれば、人は本当の「才能」を伸ばすことができないのです。

もちろん、知識やスキルが無価値とはいいません。しかし、こと「才能」という観点だけでいうのであれば、そういったものに執着することは危険といえるのです。才能の芽を、無闇に摘んでしまっている可能性がある。

未来において価値を産むのは「現在においてその価値が未確定なもの」だけです。言い換えれば、本当の才能には、「誰からも才能を見出されない助走期間」を必要とするのです。

1 2
名越康文
1960年、奈良県生まれ。精神科医。相愛大学、高野山大学、龍谷大学客員教授。 専門は思春期精神医学、精神療法。近畿大学医学部卒業後、大阪府立中宮病院(現:現:大阪精神医療センター)にて、精神科救急病棟の設立、責任者を経て、1999年に同病院を退職。引き続き臨床に携わる一方で、テレビ・ラジオでコメンテーター、映画評論、漫画分析など様々な分野で活躍中。 著書に『「鬼滅の刃」が教えてくれた 傷ついたまま生きるためのヒント』(宝島社)、『SOLOTIME~ひとりぼっちこそが最強の生存戦略である』(夜間飛行)『【新版】自分を支える心の技法』(小学館新書)『驚く力』(夜間飛行)ほか多数。 「THE BIRDIC BAND」として音楽活動にも精力的に活動中。YouTubeチャンネル「名越康文シークレットトークYouTube分室」も好評。チャンネル登録12万人。https://www.youtube.com/c/nakoshiyasufumiTVsecrettalk 夜間飛行より、通信講座「名越式性格分類ゼミ(通信講座版)」配信中。 名越康文公式サイト「精神科医・名越康文の研究室」 http://nakoshiyasufumi.net/

その他の記事

「テレビに出ている若手ロシア専門家」が古典派ロシア研究者にDISられる件(やまもといちろう)
「どこでもできる仕事」と「そこじゃなきゃできない仕事」(高城剛)
そもそも国にGAFAなどプラットフォーム事業者を規制できるのか?(やまもといちろう)
光がさせば影ができるのは世の常であり影を恐れる必要はない(高城剛)
kindle unlimitedへの対応で作家の考え方を知る時代(高城剛)
「OP PICTURES+フェス2022」石川欣・髙原秀和 80年代デビューのピンク俊英たちが新しい時代に放つ爆弾!(切通理作)
フェイクニュースか業界の病理か、ネットニュースの収益構造に変化(やまもといちろう)
私たちの千代田区長・石川雅己さんが楽しすぎて(やまもといちろう)
「先生」と呼ぶか、「さん」と呼ぶか(甲野善紀)
ママのLINE、大丈夫?(小寺信良)
6月のガイアの夜明けから始まった怒りのデス・ロードだった7月(編集のトリーさん)
Amazon Echoのスピーカー性能を試す(小寺信良)
いま必要なのは「ちゃんと知ろうとする」こと(家入一真)
私の出張装備2016-初夏-(西田宗千佳)
そんなに「変」じゃなかった「変なホテル」(西田宗千佳)
名越康文のメールマガジン
「生きるための対話(dialogue)」

[料金(税込)] 550円(税込)/ 月
[発行周期] 月2回発行(第1,第3月曜日配信予定)

ページのトップへ