名越康文
@nakoshiyasufumi

名越康文メールマガジン 生きるための対話(dialogue)より

本当の才能は「何かに没頭した時間」が育ててくれる

没入する対象を見つけよう

周囲からの評価をあてにせず、ただ黙々と自分の世界に没頭するというと、何か修行僧か、求道者のような印象を受ける人もおられるでしょう。しかし、必ずしもそうとは限りません。

例えば僕が子供の頃は、まだまだ「本を読むのは良いことだけど、漫画を読むのはダメ」という価値観がかなり強かった時代でした。その頃、時間を忘れて漫画を読みふけることは、多くの人から無価値で、無意味だと思われていたことだろうと思います。しかしいま、一流の漫画家として活躍している人の多くは、幼い頃に親の説教を振り切ってまで、漫画に没頭した経験を持っていただろうと思うんです。

自分の子供が1日に何時間もゲームばかりやっていたら、昔はもちろん、いまでも眉を顰める親は多いでしょう。しかし、クリエイターやプログラマーの中には、やはり人生のどこかの時間を、どっぷりとゲームに没頭することに費やした経験を持っているのではないでしょうか。

小さな子供は、大人が見てもまったくおもしろくないDVDを何度も、何度も繰り返しみます。あるシーンが「ツボ」に入ったら、そこだけを何回もリピートして見て、何回も大笑いしている。大人の感覚世界からすれば「無意味」でしかないシーンであっても、その本人には、大きな価値がある。

僕は、こういうところにこそ、本当の「才能」の芽があるのだと考えるのです。

周囲からみてどれほどそれが無意味で、無価値に見えようとも、その人間が集中しているものを邪魔してはいけない。なぜなら、何かひとつのことに没入した経験によって、才能というのは花開くからです。

「将来、収入アップにつながるから」「上司からやれと言われたから」といった理由があると、僕らは本当の意味で物事に没頭することが難しい。そういう社会的、あるいは論理的な理屈付けなく、「それ自体」に没入するということ。それが僕のいうところの「集中」です。

例えば「おにぎりを食べる」という行動ひとつとっても、米の一粒一粒の味や食感、あるいは温度を舌や口腔内で感じとり、ゆっくりと飲み込んでいくプロセスを楽しめれば、単に「栄養摂取」としておにぎりを食べるのとはまったく違った没入体験となるでしょう。

 

すべてが機械化され、情報化される時代において

今回の話は、「わかる人にはわかる」し、「わからない人にはわからない」お話になってしまったかもしれません。でも、これからの時代を生きる若い人には特に、なんとなく、今回の話を心のどこかに、留めておいてもらえれば、と思います。

というのも、多くの商品が機械で生産されるようになり、あらゆるデータがgoogleで検索でき、SNSで拡散するようになった世界において、本当に「意味のある才能」とは何か? ということは、これからの時代を生き抜いていく一人ひとりの人間が、死活的問題として考えておかねばならないことだと思うからです。

機械化、情報化が進んだ現代において価値ある才能の条件。そのひとつが「ディティール」ということでしょう。例えば同じような洋服があったときに、優秀なデザイナーやファッションプロデューサーは、一瞬にして「こっちはダサいけど、こっちはダサくない」ということを判断します。そして、多くの消費者は、その判断を支持するわけです。つまり、機械やデータでは判断できない、「ダサい」「ダサくない」の最後の感性レベルのディティールを決めるのが、デザイナーに求められる重要な仕事になってきている、ということです。

もちろん、こういう「感性」レベルのことだって、時間をかければコンピューターで解析し、プログラム化することはできるかもしれません。しかし、どこまでいっても、人間を追いぬかすことはできないでしょう。なぜなら、そういったものは、個人個人の没入体験に基づいた、そのとき、その場で生まれた「新しい価値観」によるものでなければ、ほとんど無意味だからです。

これは別に、ファッションや小物といった分野に限りません。日本の輸出産業大黒柱である自動車産業だって同じです。確かに「自動車を作る作業」のほとんどは、もはや人間の仕事ではないかもしれません。しかし、最終的に出来上がった自動車に乗って、ステアリングの重量感を感じ、車を運転する運転者の「快感」に同調して、最終的な調整を行うことは、機械やデータには不可能です。

スティーブ・ジョブズが自社の発明品についてさまざまな特許を申請しているなかで、とりわけ厳重に保護しようとしたのが、iPhoneなどでおなじみのフリック入力だといわれていますが、それはきっと、フリック入力が「質感」に属する特許だったからでしょう。

ディティールを感じ取れる感性を育てること。これはおそらく、これからの時代において通用する「才能」の、必須条件といえるのではないでしょうか。

ちなみに、僕がいま一番力を入れている真言密教に「無上甚深微妙法」という言葉があります。「むじょうじんじんみみょうほう」と読みますが、これは仏陀の悟りの境地が、これ以上にないぐらい深く、「微妙な」法である、という意味です。

「微妙」という言葉を、そのまま現代語と同じ意味に捉えることはできませんが、例えばこんなふうに解釈することも可能でしょう。みんながある方向に歩いていくとき、角度にしてたった1度だけ、東にずれた方向に歩いていったとします。10メートル先であれば、ほとんど同じところを歩いているでしょう。しかし、1キロ、10キロ、100キロと、先に行けば行くほど、あなたは、それまで一緒にいた仲間たちとはまったく違う場所を歩くことになるはずです。

微妙な違いを「違い」と察知するか「同じ」と無視してしまうか。その感性の違いを作るのは何か。それは、全身全霊で物事に集中し、没入した体験ではないかというのが、僕の仮説なのです。

 

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名越康文メールマガジン「生きるための対話(dialogue)

2015年9月21日 Vol.108 目次

00【イントロダクション】想像力は人生を変えるか
01【コラム】「才能の芽」を摘まないために必要なたったひとつのこと
02精神科医の備忘録 Key of Life
・自分で自分の人生を経営する
03カウンセリングルーム
[Q1]方位が気になって旅に出られません
04読むこころカフェ(35)
・「痛み」から見る心と身体
05講座情報・メディア出演予定

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名越康文
1960年、奈良県生まれ。精神科医。相愛大学、京都精華大学客員教授。 専門は思春期精神医学、精神療法。近畿大学医学部卒業後、大阪府立中宮病院(現:大阪府立精神医療センター)にて、精神科救急病棟の設立、責任者を経て、1999年に同病院を退職。引き続き臨床に携わる一方で、テレビ・ラジオでコメンテーター、映画評論、漫画分析など様々な分野で活躍中。 著書に『心がフッと軽くなる「瞬間の心理学」』(角川SSC新書、2010)、『毎日トクしている人の秘密』(PHP、2012)、『自分を支える心の技法 対人関係を変える9つのレッスン』(医学書院、2012)、『質問です。』(飛鳥新社、2013)、『驚く力 さえない毎日から抜け出す64のヒント』(夜間飛行、2013)などがある。 名越康文公式サイト「精神科医・名越康文の研究室」 http://nakoshiyasufumi.net/

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