川端裕人メールマガジン「秘密基地からハッシン!」より

なつのロケット団とISTは、リアル下町ロケットなのか

川端裕人「秘密基地からハッシン!」Vol.009より

民間宇宙開発が加速している。

アメリカのスペースX社が、人工衛星の軌道投入や国際宇宙ステーションへの物資輸送などを、商業ベースで請け負っており、ロケット1段目の回収技術など野心的な挑戦も続いている。

一方、ブルーオリジン社も去年あたりからメディアを賑わすようになってきて、1段目回収再利用については先んじている。

日本の民間宇宙開発はというと、北米のきらびやかさに比べると、まだまだなのだけれど、現実的な将来計画とともに、すごいスピードで技術開発しているのが、北海道の大樹町に拠点を置く、インターステラテクノロジズ(IST)だ。

出資者が堀江貴文氏であるため、「ホリエモンの道楽」というふうに捉えられているフシがあったのだが、実は堅実なビジネス化を目指してきた。この1月、総合商社の丸紅が、ISTに出資し業務提携すると発表したことで、道楽を超えた「本気のビジネス」としての認知が一気に上がったように思う。

http://www.marubeni.co.jp/news/2016/release/00004.html

リリースによれば、
******
・インターステラ社は、宇宙空間の観測や無重力環境下での実験を行う観測ロケット、およびその観測ロケット技術を応用した、超小型衛星を地球周回低軌道に投入するロケットの開発を行うと共に、人工衛星や実験用機器の宇宙空間への打上げを受託します。

・丸紅は宇宙ビジネスにおいて、これまでの米国の衛星製造会社、衛星機器製造会社の対日販売代理店としての事業に加え、今後はこれまでに培った宇宙ビジネスにおける実績や国内外のネットワークを活かし、宇宙関連産業の発展に一層寄与していきます。
*****
とのこと。

要するに、ISTが開発するロケットを使って、超小型人工衛星の低軌道ヘの投入や無重力実験などをするサービスについて、丸紅が営業面を担当する(と同時に出資もする)。

やはり「道楽」ではなく、ビジネスとしての道筋がかなりすっきりと見えてきたと言えるだろう。

すると、次に出てくる連想は、「リアル下町ロケット」だ。

この表現がマスメディアでも、ネット上でも散見されるようになった。町工場的なところでロケットを作っていることから、「下町なんたら」と表現したくなるのだろう。もっと言うならば、ISTはリアル版の「佃製作所」だ! みたいな捉え方だ。

しかし、これにはとても違和感がある。

その違和感は結構本質的なもので、今後、ISTの活動を「楽しく追いかける」ためにも、もうちょっと突っ込んで理解しておいたほうかいいと思う。本当に、成り立ちからいっても、やっていることからしても、「佃製作所」とはかなり違うのだから。

ISTの「すごさ」はどこにあるか

■佃製作所との相違点

・ISTの出自は、アマチュアロケット打ち上げ集団。
・ISTは、ロケットをまるまる作って打ち上げている。高性能な部品を作るメーカーではない。むしろ、帝国重工側である。
・ISTは、「究極の職人技」へのこだわりよりは、むしろ、手に入るものはなんでも使う派。
といったところだろうか。

出自から語るのが一番手っ取り早いかもしれない。

ISTは、漫画家のあさりよしとお氏の「なつのロケット」に触発されたアマチュアロケット開発集団「なつのロケット団」がもとになっている。2005年には、すでにグループが結成されており、小型のロケットエンジンの開発を始めていた。

2007年ころからは、燃焼試験をするために千葉県鴨川市に開発拠点を構えていたそうだ。ぼくはこの時期に、風のうわさで「なつのロケット団」の存在を知り、「うぉーーっ」と興奮したのを覚えている。堀江貴文氏もこの時点ですでに参加していた。

その後、富士山麓で個人ロケットを開発していた牧野一憲氏(こう書くとすごくワイルドだ)をフルタイムの主任エンジニアにむかえ、北海道に拠点を移し、「はるいちばん」「なつまつり」「ゆきあかり」(以上、100kgf級のエンジン)、「いちご」(200kgf級)「ひなまつり」「すずかぜ」(500kgf級)などを次々と開発した。

その間、ロケットエンジンはもちろん、ロケットシステムそのものの開発をすべて、「なつのロケット団」が行ったことになる。もちろん、北海道大学ともにCAMUIロケットを開発してきた植松電機の協力など、様々な要素があるけれど、それはまた別の機会に(たぶん、そのうちに書くチャンスもあるんじゃないかな。そのためには取材しなきゃだけど)

なつのロケット団の活動については、このあたりに詳しい。
http://www.snskk.com/archives/cat_10019098.html

2010年に書かれたもので、今としては「前史」にあたるものだけれど、それだけの歴史があるのだとよく分かる。

2013年からは、それまでの積み重ねを引き継ぐ形でISTが開発を進めることになり、以来、技術的な開発も、ビジネス化も急ピッチで展開してきた。

「なつのロケット団」がなくなったわけではないが、開発の主体がきちんと組織化して、超小型人工衛星打ち上げビジネスへのロードマップも立ってきたことから、前景からは退いている。

そして、今回の丸紅との業務提携のニュースがあったことで、「リアル下町ロケット」のイメージが上書きされるように滑り込んできた。

しかし、ここまで書けば明らかなように(また繰り返しになるけれど)、彼らはロケットを含めた打ち上げシステムすべてをまとめあげるような立場にあって、佃製作所よりは、ずっと帝国重工寄りだ。

アマチュアから一気に駆け上がったエンジニアの集団

佃製作所が、バルブといったひとつのもののクオリティを追求していく職人気質とすると、帝国重工やISTはそれらを統合してシステムを作る側に立っている。

ISTにとって、性能のよいバルブはとても大事に違いないけれど、あくまで要素の一つとしてだ。

既存の製品や技術が使えるなら使うし、使えないなら他のものを探す。今、ないものを使う必要があるなら必要にして十分な性能を持ったものを自ら開発したり、誰かと(それこそ佃製作所のような会社と)共同開発することもありうるだろう。

今、この瞬間、ぼくが知りうる限り、フルタイムで働いているISTのスタッフには、学生ロケットサークル出身者が何人もいる。大学のサークル活動として、キャンパスの隅っこで燃焼試験をやっていたという人も。彼らは「使えるものはなんでも」派でもあって、職人成分はもちろんあるけれど、それよりもエンジニアだ。

エンジニアは、目標に向けて、最適で最短のアプローチを取りたがる。職人の技が必要な部分では存分に職人的に、その他のところはちゃっちゃっと片付ける。

結局、ISTは、「リアル下町ロケット」ではなく、アマチュアが自分たちで宇宙ロケットを作り始めた「なつのロケット団」のままなのである。

しいていえば、「リアルなつのロケット団」としかいいようがない。いや、実際に現在も「なつのロケット団」でもありつづけているわけなので、「超リアルなつのロケット団」か。

そんなこと、どうでもいいと思う人もいるかもしれない。

しかし、今後、様々なニュースにISTが顔をだす時、この会社の出自や性質を知っておくと、本質を見失わず「楽しく追いかける」ことができる。

最近のニュースをあらためて、見てみるといい。

・2015年、姿勢制御のためのジンバル機構の開発に成功。
http://www.istellartech.com/archives/812

・2015年、1tf級の新しいエンジンの燃焼試験に成功。
http://www.istellartech.com/archives/880

これは、日本の職人さん最高! みたいな話ではなくて(そういう部分があったとしても)、「作りたい!」という思いが結晶して、ここまでできました! という話だ。

それだけでも、ちょっとテンションが上がる!(と個人的にはそうおもうのだが、どうだろう)

実況ツイートを追えば彼らの「アツさ」がわかる!

そして、現場のテンションはこんなふうである。

1tf級のエンジンの燃焼試験に成功した日、現場のエンジニアが次のようにツイートしている。

燃焼試験前
「絶っ対にうまく燃やしたる…待っとけよ…これで日本でも民間宇宙開発の扉が開くんや…待っとけよ…!」

燃焼試験成功後
「俺が基礎パラメタ設計して実験条件も俺が決めて燃焼開始ボタンも俺が押してやったぜ。1トンだ。これが力だ」
「燃焼確認。よかった♡」
「俺の人生における総力積が1桁上がった!」
 
最後のところの「力積」というのが何のことか、高校の物理で習う概念なので、履修していない人には解説が必要かもしれないけれど……まあいい。とにかく、力積は、積もるくらいの力だ。ロケットは巨大力積発生装置だ。

「超リアルなつのロケット団」が、高いテンションでどんどん先へと駆け抜けていくのが、本当に楽しみだ!

以上、ISTの物語が、「誇り高き職人さんが最高の品質のものを作り上げる話」ではなく(その素晴らしさを否定するものではない)、「宇宙ロケットをあげたいやつらが最短距離で駆け抜ける話」である、ということを強調したかった。

今後、さらに注目していこう!

さて、つい最近(とはいっても去年)、いろいろ偶然の結果、特別な許可を得ることができ、彼らの大樹町の拠点を訪ねることができた。

その時のことも書いておこう。

ISTの「ちょっとインサイド」リポート。

<この記事は川端裕人メールマガジン「秘密基地からハッシン!」Vol.009(2016年2月5日発行)からの抜粋です。続きは下記メールマガジンをご購読してご覧ください!>

 

川端裕人メールマガジン「秘密基地からハッシン!

Vol.009(2016年2月5日発行)目次

01:本日のサプリ:ペンギンが住むランドスケープ
02:keep me posted~ニュースの時間/次の取材はこれだ!(未定)
03:宇宙通信:「なつのロケット団」はリアル下町ロケットなのか
04:秘密基地で考える:イルカと水族館:シーワルド編その1 鯨類飼育の総本山
へ行ってみた!
05:連載・ドードーをめぐる堂々めぐり(9)出島のドードーはその後どこに行っ
た? 長崎編
06:カワバタヒロトのなんでも質問箱
07:せかいに広がれ~記憶の中の1枚: カンボジアのトンレサップ湖の子どもたち
08:著書のご案内・予定など
09:特別付録 新刊『声のお仕事』第一章<後半>

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川端裕人
1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。普段は小説書き。生き物好きで、宇宙好きで、サイエンス好き。東京大学・教養学科卒業後、日本テレビに勤務して8年で退社。コロンビア大学ジャーナリズムスクールに籍を置いたりしつつ、文筆活動を本格化する。デビュー小説『夏のロケット』(文春文庫)は元祖民間ロケット開発物語として、ノンフィクション『動物園にできること』(文春文庫)は動物園入門書として、今も読まれている。目下、1年の3分の1は、旅の空。主な作品に、少年たちの川をめぐる物語『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、アニメ化された『銀河のワールドカップ』(集英社文庫)、動物小説集『星と半月の海』(講談社)など。最新刊は、天気を先行きを見る"空の一族"を描いた伝奇的科学ファンタジー『雲の王』(集英社文庫)『天空の約束』(集英社)のシリーズ。

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