やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

「負けを誰かに押し付ける」地方から見た日本社会撤退戦



 人口減少時代に入った日本が、この先一時的なバブル的好況に踊ることはあっても、20年近い高度成長という右肩上がりの経済環境を実現できる可能性は皆無でしょう。我が国の仕組みに組み込まれてきたものは、そのかなりの部分が「昨日より良い明日が来る」前提で作り上げられた右肩上がり信仰であり、銀行の不動産担保主義にせよ公共工事のリスクベネフィットに関する考え方にせよ、常にニーズが増え、価格が上がっていくという考え方がベースにあるため、うまくいかないごとに再編に追い込まれてしまうという欠陥があります。

 不動産神話で言えば、不動産そのものの価値が「ある」という前提で担保を設定し、それに見合ったお金を貸すことで銀行はリスクを減らそうとします。しかしながら、ご承知の通り不動産担保というものは相場で成り立っているものです。このぐらいの価値があるに違いないという路線価なり取引価格というものが、実際に売りに出してみるとその値段には到底ならない、むしろ無価値になってしまっているということはゴロゴロあります。

 いま、地域金融の現場で起きているのは、まさにこの「価値のないものを、あると信じ込んで進めてきてしまった融資の山」が問題になっていることです。人口が減少して耕す人のいなくなった田畑は、要するにただの荒れ地であり林になります。ここで人が働いてこそ、田畑に価値があるにもかかわらず、そういう農家に対して「田畑を担保にして金を貸す」ことがどういう経済効果をもたらすのか、ということはあまり考えられていません。そして、田畑を担保に入れて金を借りた農家が、跡取り不在や高齢、病気などで操業を続けられなくなったとき、価値があるはずだと思っていた田畑やトラクターについた担保は価値を失います。

 「もう農家を続けられないのだから、お金を返せない」という声は、いま地方都市や田園地域の金融の根幹をむしばむ病そのものになっています。銀行も、働けなくなるかもしれない高齢の人にカネを貸すリスクを、価値があるからと言って土地や資産、設備に担保を付けてカネを貸してきたわけでして、むしろそういう価値のなくなるであろう農家にどうカネを貸すかでしのぎを削ってきたのが地方の地域金融だったのです。

 そして、農機具メーカーもいかにこれらの農家に最新鋭の機具に買い替えてもらうのか、そのカネをどうねん出させるのか、割賦で良いからそれなりに高い金利で農機具を分割で買ってもらうためのブローカーも死に絶えず残ってきました。振り返ると、日本経済の現実は無理に無理を重ねて、背伸びを頑張ってしてきた伸びきったゴムのようなものです。それが、社会の高齢化とともに返せない負債、価値のない担保、減少する市場、疲弊する経済という具体的な現象のスパイラルによって沈んでいくのが地方経済の現実です。

 創業する人がいないため価値を生み出せない事業にカネを貸したら焦げ付くのは当然ですが、焦げ付くからブレーキをかけようという話にはつい最近までなかなかなりませんでした。ようやく金融庁も重い腰を上げ、検査マニュアルにおいて「担保価値よりも収益性を重視する」ことを明記した指針を出すに至りましたが、まさにカネと採算性を巡る日本経済の再デザインは「儲からないものに如何にカネを出さないか」と「採算性を確保するために、どういう仕組みを構築するか」に絞られてきた節があります。その理由は単純に人口減少による経済低迷から生き残っている人を守るため、です。

 地方経済が大変だからと言って、収益性の低い分野に助成をしてしまうと、ムダ金になるどころか貴重な労働力が非採算部門に張り付いてしまい身動きが取れなくなるのも人口減少下にある日本経済の枢要な問題の一つです。かといって、政治的に「あなたがたは収益性が乏しいから助成しません」とやると、総じて「政府は我々に死ねというのか」という反論が返ってくることになるわけです。採算が取れない事業にカネをつけないことで、経済の合理化を図ろうとしても、採算が取れない事業が続いているのには何らかの政治的な理由があります。ここの改革が行えなければ、日本はいつまでも不採算のお荷物事業を多数全国に抱えがながら、不採算の海の中に沈んでいくことになるのでしょう。

 恐らくこれからは、問題にとっくに気づいている中央官庁や資本家の考えのもと、どのようにメリハリの効いた撤退戦をやりながら採算を合わせていくのかという根幹の部分に焦点が集まります。小泉進次郎さんの農政改革もどこまでやり切れるのかは分かりませんが、掛け声から実際の改革案にまで落とし込めて着手できるかどうかは、経済合理性とは別の政治的な能力の有無で勝敗が決まるものと思います。

 さて、私たち自身の身に置き換えたとき、手掛けている仕事は社会に対して胸を張って「これが私の提供できる価値だ」と言えるものでしょうか。この辺は、自問自答しながら、日本人各位が先を見据えて考えなければならないことなのだろうと思います。

 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.168 救済方法が見当たらない地域経済の現状やゴミ記事量産でも金になってしまうコンテンツファーム事業問題などを考える回
2016年10月31日発行号 目次
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【0. 序文】「負けを誰かに押し付ける」地方から見た日本社会撤退戦
【1. インシデント1】コンテンツファーム事業はどうしたものか
【2. インシデント2】IoTの無限の可能性には暗い側面もあるという話
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A

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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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