やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

ICT系ベンチャー「マフィア」と相克



 当メルマガでも何度か言及し、また海外の富裕層ビジネスに詳しい人たちも徐々に発言をし始めている内容ではありますが、例のDeNAキュレーションメディア問題に端を発した一連の話題は、いわゆる日本のベンチャーシーンにどれだけの“拝金主義者”を生み出したかというネタに発展してきております。ネット系事業と言えば、参入障壁も低くアイデア一本で一獲千金というイメージがあるのかもしれません。世の中そう簡単ではないし、うまくいくにはコンテクストもしっかりあるのですが、それでも起業家を惹きつけやすい土壌はネット業界にあるのでしょう。

 「儲かれば何でもいいのか」という批判はこの手の業界に常に渦巻くものですし、たとえ拝金主義と怒りをあらわにしたところで、あんまり意味はありません。そもそも資本主義、市場経済とはそういう面もあるのだ、健全な欲と倫理なき貪欲・強欲を切り分ける線引きなど所詮は主観的なもので曖昧なのだという前提さえわかれば、あとは受け止め方です。自分の問題として「そういう倫理的にもとる行為を自分は人生の選択としてするべきか」という話でしかないわけでして、実際に「カネがあるから幸せだ」と胸を張って言える人は結果としてそう多くない現実を見ますと世の中そんなものなのかもしれません。

 中でも、「儲かれば何でもいい」とする人たちというのは往々にして静かに儲け切ることができない人種が多く、結局は「儲かりました!」「上場したいです!」という方面の声を上げることになります。いわゆる出口戦略や上がりを考えることになるわけですね。当然、儲かったとなれば、いまやベンチャー界隈の横のつながりのなかで品評され、どういう経緯でうまくいったのか、真似して追い抜けるのか等々、詮索や駆け引きが始まるのも世の常であります。

 そして、そういう錬金術の方法を知る人たちによる必勝法に頼り、大規模調達を狙う起業家が周辺に集まります。もちろん、事業を成功させたいという飽くなき“健全な”事業欲も持ちつつも、一方で個人的な利益になればそれでよいと考える人々も少なくありません。

 志無き起業家をモラル無き拝金主義者だと批判するのは簡単なのですが、そういう一獲千金を夢見る若き人々をうまく利用し、ダミー会社を作らせたり、高くほかの企業にバイアウトさせるための具として利活用するアプローチが後を絶ちません。とりわけ、上場企業の経営者に取り入り、創業益とは別のキャピタルゲインを得られる別の箱をシンガポールや香港に組成してゴミのような企業を買わせるスキームは、残念ながら錬金術の必勝法として定着してしまいました。背徳の行いに手を染める人は、お互いに関わり合いを持ちながらある時は協力するように、ある時は出し抜き合いながら、安定的にお金になるように走っていき、その事業が、本当に社会のためになる有益な事業かよりも、その事業戦略と収支スコアがどのくらいの価値を持つものなのか、嵌め込み先はどこなのかをずっとずっと考えているのでしょう。

 こうなると、文字通りカスを掴まされるのはカラクリを知らずに公募増資に応じてしまったり事業に夢を見た投資家なのですが、この手の問題を当局が先回りして是正しようとしてもなかなかできるものではありません。結果として、投資家が損をしないようにするためにはそういう問題のある銘柄には極力手を出さないという方法しかないのですが、仕組みを知るには結局のところメディアの力量に頼るところが大きいように感じます。リスクを承知できちんと調査し記事として公表することで、少しでも投資家が知らずに損を蒙ることを避けられればと思うんですが。

 蛇足ながら、社会人向けのビジネススクールがカルト化して、これらのモラル無き行いが善であるかのような教義を信じ込ませた結果、とんでもない事業プランを持って回っているケースがあります。大手通信会社の情報配信戦略に合致したとかいって、ビジネススクール系のファンドが法外な高値でバイアウトさせてしまった例や、技術的にまったくたいしたことのないAI(人工知能)や自動運転ビジネスをさも将来性があるかのように喧伝して大口の投資を引き入れた結果、内部告発が出て詐欺同然の実態が割れてしまい期限付きで株式の買い取りを求められる例もあります。DeNAは守安功社長と村田マリ女史、旧WebTechAsiaの高木健作さんの話ばかりが出ますが、もっと悪質なんじゃないかと思える事例はたくさん見え隠れしています。

 それがベンチャー界隈であり、油断のならない騙し合いの世界なのだ、と割り切るのであれば、それはそれで仕方のないことです。ただ、そういうリスクを踏む金持ちのルールに翻弄されるのは、起業家そのものの人生だったりもします。業界内で評判の良い熱意あるベンチャーキャピタリストが、実際にはベンチャー系イベントの宿泊所やバーでインサイダー取引の情報を漁っているグループの一員だったとしたらどうなるでしょう。ついやってしまった、魔が差したという割には大きな代償を払うことになる前に、各々の持つ倫理観のなかで超えてはいけない一線をどこに置くかをしっかり考えたほうが良いのではないかと思います。

 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.174 ICTベンチャー界隈の胡散臭い話や電通のステマ、ガセニュース等々、旬な話題をまとめて語る回
2016年12月26日発行号 目次
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【0. 序文】ICT系ベンチャー「マフィア」と相克
【1. インシデント1】みんなの電通が自社発行の電通報でインスタグラムを使ったステルスマーケティングを自爆掲載するまで
【2. インシデント2】ネットが“暴走”する時代は魔女狩りが当たり前だった中世よりも始末に悪い
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A

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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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