甲野善紀の記事一覧

こうの・よしのり 1949年東京生まれ。武術研究家。武術を通じて「人間にとっての自然」を探求しようと、78年に松聲館道場を起こし、技と術理を研究。99年頃からは武術に限らず、さまざまなスポーツへの応用に成果を得る。介護や楽器演奏、教育などの分野からの関心も高い。著書『剣の精神誌』『古武術からの発想』、共著『身体から革命を起こす』など多数。
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今週の動画「太刀奪り」

今回の動画は、まず前回収録出来なかった「飇(*)拳」を使って体を移動させる「太刀奪り」である。(2015.09.14)  続きを読む

今週の動画「払えない手」

今まで自分の動きを撮影した動画は、一体どれほど見たかわからないほど見たが、今回ほど自分の動きを見ていて、その技の有効か有効でないかが見えたことは、ちょっと記憶にない。(2015.08.21)  続きを読む

今週の動画「虎落解き」

今回の動画で、まず最初に紹介するのは「虎落解き」である。相手に両手と袖を掴まれた状況から、襟を掴まれている側の手(この動画では左手)で、こちらの右袖口を掴んでいる相手の左手に「糸吐きの手」で糸を吐きかけるようにすると同時に、足を居着かせないように左右の足を同時に踏み替えるようにしながら、「糸吐き」に使った左手を、糸吐きの直後にこちらの襟を掴んでいる相手の右手首辺りに添え、右の前腕で相手の前腕に重みをかけ、一気に相手を下に崩す。(2015.08.04)  続きを読む

今週の動画「陰の影抜」

今回の動画解説は、まず最初に江崎氏との稽古の時に生まれた「陰の影抜」を紹介したい。 今までの「影抜」は相手と袈裟に斬り結ぶ形で入り、そこから相手の竹刀を飛び越える形で裏交差へと抜けるものだったが、今回生まれた「陰の影抜」は袈裟に斬る形から相手の左小手へと、いわば「くの字」形に、斬り込んでいく形に太刀筋を変化させ、相手がそれに対応しようと追ってくる時に一気に太刀を時計回りの方向に下から抜いて、相手の右小手につけるものである。(2015.07.24)  続きを読む

「常識」の呪縛から解き放たれるために

2013年、2014年に続いて、DVD『技と術理』の2015年度版が完成した。サブタイトルとして使われた「重心側から動く」という言葉は、ちょっと聞いただけでは何を言いたいのかうまく理解できないのではないかと思う。 しかし、「重心側から動く」ことは、決して「不可能」な動きではない。(2015.06.16)  続きを読む

重心側だから動きやすい? 武術研究者・甲野善紀の技と術理の世界!

通常、重心側の脚は軸足と呼ばれ動きにくいのが武道やスポーツの常識だが、甲野氏は、身体の使い方によっては、重心側のほうが動きやすいと言う。さらに、そうした「重心側から動く」動きを行うことで、相手に読まれにくく、素早く、力強い動きが可能となったという。(2015.06.11)  続きを読む

ピダハンから考える信仰における「ほんとう」について

武術研究者・甲野善紀氏のメールマガジン「風の先、風の跡――ある武術研究者の日々の気づき」に届いた、若者からの一通のメールによって始まった、哲学と宗教、人生を考える往復書簡。今回は、甲野先生からのピダハンについての問いかけに、言語学や人間の能力の観点から田口さんが思いを込めて応えます。(2015.01.29)  続きを読む

ピダハンとの衝撃の出会い

武術研究者・甲野善紀氏のメールマガジン「風の先、風の跡――ある武術研究者の日々の気づき」に届いた、若者からの一通のメールによって始まった、哲学と宗教、人生を考える往復書簡。今回は、ブラジルのアマゾナス州に住む民族、ピダハンに接したキリスト教の伝道師の手記から信仰を考えます。(2015.01.22)  続きを読む

「狂信」と「深い信仰」を分ける境界

武術研究者・甲野善紀氏のメールマガジン「風の先、風の跡――ある武術研究者の日々の気づき」に届いた、若者からの一通のメールによって始まった、哲学と宗教、人生を考える往復書簡。信仰を持っていたとしても「縁」次第では殺人を犯してしまうのだとすれば、人は信仰をどのように扱えば良いのでしょうか?(2015.01.12)  続きを読む

人間にとって自然な感情としての「差別」

武術研究者・甲野善紀氏のメールマガジン「風の先、風の跡――ある武術研究者の日々の気づき」に届いた、若者からの一通のメールによって始まった、哲学と宗教、人生を考える往復書簡。悟りを伝えたいのは、ごく限られた相手であるということは、信仰において一般的なのかもしれません。(2015.01.05)  続きを読む

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