高城剛メルマガ「高城未来研究所「Future Report」」より

甲信越の山々を歩いて縄文の時代を想う

高城未来研究所【Future Report】Vol.747(10月10日)より

今週は、甲信越一帯をウロウロしています。

茅野、八ヶ岳、佐久、東京を挟んで軽井沢、山梨中央、河口湖とあちこち回っており、このあたりはもうすっかり秋。日によっては日中でも10度近くまで気温が下がります。

「甲信越」は山梨県(甲斐)、長野県(信州)、新潟県(越後)をまとめた広域の呼称で、日本アルプスをはじめ深い山岳地帯があることから、「日本列島の屋根」と呼ばれてきました。歴史的には古くから交通の要衝として栄え、戦国時代には武田信玄や上杉謙信が争った舞台でもありました。今もその遺構が点在するこの地は、東京からわずか150キロほど離れただけで、気候、風土、そして時間の流れがまったく異なります。すでに標高1000メートルを超える高原地帯では紅葉がはじまり、朝晩には薄い霜がおりる日もありました。

こうした地域をゆっくり回っていると、都市生活がいかに感覚を鈍らせているかに気づかされます。東京では、季節を感じる前に人工照明や空調が体を包み込み、常に均質な時間が流れています。
しかし、標高の高い地域では、季節の移ろいを感じ、一日のうちで体感温度が10度以上変わって光の色味も刻々と変化します。この揺らぎが、人間本来のリズムを呼び戻してくれるのだろうと日本の四季の素晴らしさを、改めて実感しています。

この地域一帯は、かつて日本列島でも最も栄えた縄文文化の中枢のひとつでした。諏訪、茅野、八ヶ岳、佐久、そして新潟の山裾に至るまで、縄文時代の集落遺跡が数千カ所も点在し、中でも茅野市の尖石遺跡は、1万年以上前から人々が定住し、複雑な社会を形成していたことを示す貴重な場所として知られています。今から考えると信じがたいことですが、狩猟採集社会でありながら、彼らはすでに季節ごとの移動、祭祀、交易、そして芸術表現までを含む、豊かな文明を築いていました。

この「甲信越縄文圏」は、原始的な社会というよりも、むしろ循環型の文明だったと考えられています。豊富な湧水、狩猟に適した森、木の実や山菜をもたらす気候、そして黒曜石の採掘場。この一帯には、人が生きるのに必要なすべての自然条件が揃っていました。人間にとっての最適な環境とは、本来こうした場所にあったのだと感じずにはいられません。

特に印象的なのは、八ヶ岳西麓で採れる黒曜石の存在です。これを使った石具は縄文時代の「テクノロジーの結晶体」と言ってもいいほどで、この地域で採掘された黒曜石が、東北から中部、遠く九州にまで運ばれていた形跡が見つかっています。つまり、当時すでに広範な交易ネットワークがあり、物資だけでなく思想や芸術も広がっていたと考えられています。国家という概念のない時代に、物理的にも文化的にも平和的な連合が成立していた、「緩やかな縄文王国」があったのです。

この縄文王国には、明確な王も権力構造も存在しませんでした。人々は上下の序列によってではなく、自然のリズムに従って生き、自らを調整していました。山には山の神、水には水の神が宿り、森や火、石にまで意思が宿ると考えられていたため、彼らにとって生活と信仰は分かたれるものではなく、太陽の運行、月の満ち欠け、動植物のサイクルの中に、日々の意味を見出していたのです。

この感覚を、僕たちはどこで失ったのでしょうか。

都市における均質な時間、人工的な明るさ、四季の希薄さ。現代の環境は、縄文の人々から見れば、生命のリズムを狂わせる異質な空間そのものに違いありません。それでもなお、多くの現代人が「日本の屋根」に惹かれるのは、この土地がもつ原初の記憶が体の奥で共鳴しているからだと思うのです。

僕は時折、この“非線形な文明”こそが、これからの人類の未来のヒントになるのではないかと感じます。進化や発展を直線的な成長として捉えるのではなく、自然との関係の中で螺旋的に循環していく文明。そこでは技術や経済が人間の上位に立つのではなく、「調和」というベクトルの中に組み込まれている。縄文王国が失われた今も、その思想は土地そのものに宿り続けていると、各地をまわりながら感じます。

縄文王国とは、単なる過去の遺跡ではありません。それは今も、この地に吹く風の中に在る“意識のかたち”です。甲信越の山々を歩くと、日本人が失ってきた“人間らしさ”とは何かを問いかけられます。力の支配でも、富の蓄積でもない。もっと静かで、もっと深い共感の世界。もし現代人がその感覚をもう一度取り戻すことができたなら、新しい文明の夜明けは、案外この地から始まるのかもしれないな、と想いとロマンを馳せ、今週もまた、少しだけ日本と地球の未来を想像しながら、移動を続けています。

もうこのあたりでは、冬の足音が少し聞こえます。
 

高城未来研究所「Future Report」

Vol.747 10月10日発行

■目次
1. 近況
2. 世界の俯瞰図
3. デュアルライフ、ハイパーノマドのススメ
4. 「病」との対話
5. 大ビジュアルコミュニケーション時代を生き抜く方法
6. Q&Aコーナー
7. 連載のお知らせ

23高城未来研究所は、近未来を読み解く総合研究所です。実際に海外を飛び回って現場を見てまわる僕を中心に、世界情勢や経済だけではなく、移住や海外就職のプロフェッショナルなど、多岐にわたる多くの研究員が、企業と個人を顧客に未来を個別にコンサルティングをしていきます。毎週お届けする「FutureReport」は、この研究所の定期レポートで、今後世界はどのように変わっていくのか、そして、何に気をつけ、何をしなくてはいけないのか、をマスでは発言できない私見と俯瞰的視座をあわせてお届けします。

高城剛
1964年葛飾柴又生まれ。日大芸術学部在学中に「東京国際ビデオビエンナーレ」グランプリ受賞後、メディアを超えて横断的に活動。 著書に『ヤバいぜっ! デジタル日本』(集英社)、『「ひきこもり国家」日本』(宝島社)、『オーガニック革命』(集英社)、『私の名前は高城剛。住所不定、職業不明。』(マガジンハウス)などがある。 自身も数多くのメディアに登場し、NTT、パナソニック、プレイステーション、ヴァージン・アトランティックなどの広告に出演。 総務省情報通信審議会専門委員など公職歴任。 2008年より、拠点を欧州へ移し活動。 現在、コミュニケーション戦略と次世代テクノロジーを専門に、創造産業全般にわたって活躍。ファッションTVシニア・クリエイティブ・ディレクターも務めている。 最新刊は『時代を生きる力』(マガジンハウス)を発売。

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