メルマガ『大人の条件』にて連載中の<「おとな学」入門>より

悲しみの三波春夫

寝転んで、お腹を掻きながら

「おとな学」なんていうタイトルで、原稿を書いているわけですが、じっさいのところ「おとな」を定義するものなどはないのです。

まさに、ヘーゲルがいうように「王が王であるためには、家臣がいるから」というほかはありません。「おとながおとなであるためには、こどもがいるから」ということですね。では、こどもとは何かということになりますが、こちらの方も定義することなどはできません。「こどもがこどもであるためには、おとながいるから」という他はないのです。

現代という時代は、このこどもとおとなの境界線があいまいになった時代だといえるだろうと思います。その理由は様々あるのでしょうが、わたしは市場経済の隆盛というものが、大きな理由のひとつではないかと考えています。

今回はそのことをご説明しましょう。

もともと、定義も公準もない「おとな」とか、「こども」といった言葉をめぐっての考察ですので、科学的な根拠のある話ではありませんし、何か答えが出てくるような問題でもありませんので、寝転んで、お腹でも掻きながら、お読みいただければ結構です。

寝転んで、お腹を掻きながら、書物を読むというのは、実はわたしが描いているおとなのイメージでもあるわけです。こどもはそんなことしませんからね。

1 2 3 4 5

その他の記事

オワコン化が進む、メタバース、NFT、Web3、AIスピーカー… 真打は生成AIか(やまもといちろう)
2015年買って良かった4つの製品(西田宗千佳)
「昔ながらのタクシー」を避けて快適な旅を実現するためのコツ(高城剛)
コタツ記事問題(やまもといちろう)
働き方と過ごし方。人生の“幸福の総量”とは(本田雅一)
ガースーVS百合子、非常事態宣言を巡る争い(やまもといちろう)
アーユルヴェーダのドーシャで自分が知らない本当の自分と対面する(高城剛)
iPhone 12は5Gインフラの整備を加速させるか(本田雅一)
なぜ「もしドラ」の続編を書いたのか(岩崎夏海)
変わる放送、Inter BEEに見るトレンド(小寺信良)
「対面力」こそAIにできない最後の人の役割(高城剛)
クリエイターとして成功したければ本を捨てろ(岩崎夏海)
食品添加物を怖がる前に考えておきたいこと(若林理砂)
東京と台北を比較して感じる東アジアカルチャーセンスの変化(高城剛)
クラスターとされた飲食店で何が起きていたか(やまもといちろう)

ページのトップへ