やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

俺らの想定する「台湾有事」ってどういうことなのか


 バイデンさんがやってきて、大騒ぎして帰って行ったんですが、日本にとってはほぼ同盟国としての満額回答、その中で起きる台湾有事へのコミットというネタで大統領府(ホワイトハウス)は否定、でも大統領は重ねて明言するの繰り返しという伝統芸を披露されました。どうなんすかね。

月イチ連載「山本一郎の#台湾の件」第2回:長崎平戸に生まれた鄭成功と明清交代に見る台湾史への憧憬

 台湾系のニュースメディアでご縁があって連載を開始してみたところ、私が台湾を大事にしたい理由を好きな鄭成功をモチーフに書いた記事が台湾人だけでなく中国人にもずいぶん読まれまして、この辺の機微は台湾人も中国人も日本人も根っこのところで意外と近いのかな、なんてことは思いました。

 あまりにも台湾有事がクローズアップされたので、世間的にも「台湾有事どうするよ」というのは政策的にさしたる人気がない安全保障村の話題でも取りざたされるようになりました。それもこれも、バイデンさんの台湾有事に関する踏み込んだ発言があり、さらにその向こうにロシアによるウクライナ侵攻があって、武力による現状変更を是認するかどうかの議論だと真っ先に台湾海峡問題が連想されるからこそ起きた問題であります。

 これを世界観と言っていいのかどうかは分かりませんが、とにかくそういう時代になってしまいましたので、日経も煽ってアンケートをやったところ、みんな意外と介入する気満々なのでびっくりです。原発問題といい台湾問題といい、状況によって日本人の考えが変わりすぎだろと思うんですよ。

台湾有事への備え「現行法内で」50%「法改正を」41%

 質問の仕方も悪いと思うんですが、それでも台湾有事について「現行法も含めて(日本は)対応力を高めるべきだ」が41%、「いまの法律の範囲内で可能な備えをすべきだ」が50%で、「備える必要はない」がわずか4%ということで、いつの間にか日本人の9割は台湾に中国が攻め込んできたら何かしろという考えであることが判明してしまったわけです。

 この調査には二つ問題があって、まずそもそもその「台湾有事」って何のことかはっきりせず、また、それへの備えってのは具体的に何のことなのか分からんだろということ。もうひとつは、そのいまの法律の範囲内というけどいまの法律で台湾有事が勃発した際にどんな法律が発動して何が起きるのか実際には国民は必ずしも知らんだろということです。

 特に、日本の場合はなにぶん憲法9条もありますし、基本的にどこかに出かけて行って敵をぶん殴って帰ってくるような軍隊には自衛隊を仕上げていません。結構本当に自衛隊は自衛隊なのですが、もしも台湾有事ですよといったときに、海上自衛隊が出かけて行って、潜水艦を叩いたり飛来する航空機に攻撃を加えたりすることができるのかというところから入ります。

 実際には、台湾にいる日本人の生命と財産を守るNEO(Non-combatant Evacuation Operations;非戦闘員救出作戦)をやるための自衛隊による駆けつけ警護ぐらいまでであって、それ以上の軍事オペレーションを自衛隊が主体となって行うことは現行法では想定していないと思います。ただ、中国軍が一生懸命台湾を攻めている横で、日本が軍隊出してのんびり財産抱えた日本人を救出しに行ったら戦闘に巻き込まれるのは当たり前のことで、台湾有事に対して既存法でどこまで対応できるのか、それは現実的に何を意味するのかというリアルが日本社会ではまだ共有されておらず、また、実際にそうなってしまったら既存法もくそもない事態になりかねないことをも意味します。

 なので、これらの問題に直面するにあたり、どう考えますかというのを日本人に訊いたところで、フワッとした回答しか得ることができず、つまりは雰囲気、イメージで政策について国民の感覚を聞く以上のことにはなりません。もちろん、民主主義ですから「お前、台湾で何かあったらどうするよ?」「そら何とかせなあかんやろなあ」というレベルの感覚でも「台湾有事に対して備えよという世論でした」となるわけで、これへの適切な判断を下せと言ってもなかなかむつかしい。

 やはり、民意というものを考えたときどうしても感じるのは「人間はネジではない」という本質です。訊き方によっても状況でも人間というのは考え方が意外と変わるものであって、ましてや、それが訊かれた人の生活には直接関係のない、特にプロでもない人が、日々の生活で感じていることやテレビやネットなどの議論を観て思うこと以上の知識がないところでマイクを向けられ「お前どう思う」とやることの誤謬と言いますか。私だって、たぶん何も知らない地域で紛争があったら「なに殴り合ってるんだよ。ちょっとは冷静になって話し合えや」ってぐらいの答えしか出ませんし、それが隣人である台湾の危機だとなれば「なに、台湾で戦争が起きるのか。そら一大事や、日本はめげずに介入しろ」となるでしょう。世の中ほんとそんなもんだと思います。

台湾の最新世論調査「中国は軍事侵攻しない」が約6割の“意外”。なぜか日本は「侵攻懸念」が8割超で…

 都合の悪い情報として、当の台湾人の約6割が「中国は攻めてこねえだろ」と思っている世論調査もあります。北朝鮮と休戦中の韓国でも、第二次朝鮮戦争は起きるかと聞かれて過半の韓国人が危機感を覚えないと回答しているのを観ると、当事者ほど冷静に物事が見られる(あるいは、安全性に対するバイアスを常に感じている)のかもしれませんが。

「第2次朝鮮戦争」から目をそらす韓国人

 いずれにせよ、日本もずいぶん変わってきたなあと感じる部分ではあります。

 いざ、周辺に具体的な危機があると、敏感に反応するのが日本社会ということなんでしょうかね。いきなり覚醒しそうなメカニズムは正直良く分かりませんが。
 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.370 有事に備えるとはどういうことなのかと考えてみたり、人間は意外と覚えていないのだという現実や電動キックボードって大丈夫なのという話をする回
2022年5月1日発行号 目次
187A8796sm

【0. 序文】俺らの想定する「台湾有事」ってどういうことなのか
【1. インシデント1】ハリウッド映画の品評する人は8割以上がストーリーを覚えていない問題
【2. インシデント2】道交法改正で電動キックボードの公道走行が運転免許・ヘルメット不要の怪
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A

 
やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」のご購読はこちらから

やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

その他の記事

週刊金融日記 第313号【カード自作とSpaced Repetitionによるパワフルな暗記メソッド、トランプさんに振り回される世界経済他】(藤沢数希)
僕がザハ案の国立競技場の建設に賛成していた、たった一つの理由(岩崎夏海)
PlayStation VRを買ったら買うべきコンテンツ10選(西田宗千佳)
海外旅行をしなくてもかかる厄介な「社会的時差ぼけ」の話(高城剛)
「国際競争力」のために、何かを切り捨ててよいのか(やまもといちろう)
所得が高い人ほど子どもを持ち、子どもを持てない男性が4割に迫る世界で(やまもといちろう)
高齢の親と同居し面倒をみていますが、自分の将来が不安です(石田衣良)
池上彰とは何者なのか 「自分の意見を言わないジャーナリズム」というありかた(津田大介)
暗黙の村のルールで成功した地域ブランド「銀座」(高城剛)
今週の動画「払えない突き」(甲野善紀)
学歴はあとから効いてくる?ーぼくは反知性主義的な場所で育った(岩崎夏海)
人間にとって、いったい何が真実なのか(甲野善紀)
新興国におけるエンジンは中国(高城剛)
Ustreamが残したもの(小寺信良)
「反日デモ」はメディアでどう報じられ、伝わったか(津田大介)
やまもといちろうのメールマガジン
「人間迷路」

[料金(税込)] 770円(税込)/ 月
[発行周期] 月4回前後+号外

ページのトップへ