新しい読者のための「PLANETS vol.9」その読み方ーー宇野常寛インタビュー(後編)

「戦後にケリをつける」ための『東京2020 オルタナティブ・オリンピック・プロジェクト』

 「戦後にケリをつける」ための『東京2020 オルタナティブ・オリンピック・プロジェクト

新しい読者のための「PLANETS vol.9」その読み方ーー宇野常寛インタビュー(後編)

 

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いよいよ発売となる新刊「PLANETS vol.9 東京2020 オルタナティブ・オリンピック・プロジェクト」(以下、P9)。本日のほぼ惑は「P9」発売を前に、編集長・宇野常寛がこれまでの「PLANETS」の歩みを振り返りつつ、完成した「PLANETS vol.9」のコンセプト・制作秘話を語ります!

PLANETS vol.9 東京2020 オルタナティブ・オリンピック・プロジェクト

 

今までの仕事が「P9」にどう生きているのか

――今ざっと振り返ってもらった宇野さんのこれまでの仕事が、「P9」にどんなふうに生きているんでしょうか?

 

宇野:まず「P9」が気になっていたら、「P8」も合わせて読んでほしい。なぜかというと、「P8」が理論編とするなら「P9」はその実践編だから。

例えば、Aパートのパラリンピックの部分。これは「P8」での井上明人と水口哲也の座談会「ゲームとゲーミフィケーションのあいだで」という議論が土台になっている。

ここでは、「ゲーミフィケーションというのは効率化の問題ではなく、人間観と社会観の更新なんだ」という話をしている。つまり、意識の低い〈動物〉か意識の高い〈市民〉のどちらかを想定するのではなく、人間そのものの中間的な存在=「中動態」的な主体としての人間というものを想定するのがゲーミフィケーションの思想で、そしてそれは人間観自体の更新である、と。そのゲーミフィケーションによる人間観の捉え直しというと、今回のパラリンピックによる人間観の拡張って実はイコールの関係なんですよね。

言い換えると「異なる条件の人間がどう社会を運営していくのか」という問題に関しては、実はゲームの分野に知見がある。ここは特に「P8」での議論を応用していると思う。

あと、Bパート全体は「P8」収録の座談会「いま東京と東京論を問い直す」の完全な続編。例えば、情報化以降の地理と文化の新しい関係であったりとか、鉄道網を使うのではなくクルマ網を使うことによって新しい東京を発見しようという議論って、最初に「P8」で議論している。

Cパートは、どちらかというと過去のPLANETSかな。過去のPLANETSってリアルタイムを切り取るものだったんだけど、今回の「P9」はどちらかというと「どう総括して、どうケリをつけて、どう葬り去るか」ということをやっている。ラインナップも、水木妖怪とウルトラマンと仮面ライダーという戦後のビックタイトルだしね。

でも、宮沢章夫の『ニッポン戦後サブカルチャー史』(NHK出版)や、福田雄一・島本和彦の『アオイホノオ』(テレビ東京)とかもそうだけど、今日本は戦後サブカルチャー史を総括しようというモードに入っている。要するに良くも悪くも思い出産業になってしまった。そこに対して僕は最もポジティブな形を示そうと思った。つまり、「戦後サブカルチャーはもう観光資源に昇華させてしまって、そして次のものを始めましょう」という、そういう宣言のつもりでつくったところがある。

それは実はDパートも一緒で、日本のポリティカルフィクションがSFファンタジーの分野でしか発達しなかったのは明らかに戦後民主主義の影響なわけです。それを乗り越えて「どうポリティカルフィクションの可能性を回復するか」ということをやっている。要はC、Dパートって「戦後の文化空間にどうケリをつけるか」がテーマなんですよ。

▼参考記事・1993年のニュータイプ──サブカルチャーの思春期とその終わりについて

「P9」のお気に入り記事、宇野セレクション

――全体で、お気に入りの記事を3つ教えてください!

 

宇野:一つめは、Aパートの「テクノロジーが更新するオリンピックと社会契約」です。

これはこの本の中で一番抽象的な議論をしていると思うんだけれど、要するに情報化以降の文化理論って「人間は多様な文脈に出会えるシステムさえつくってしまえば、あとは確率論的に感動が発生する」という方向で結論が出ていたところがある。でもそんな中で、この座談会では、「普遍的・原理的な感動というのはどうすれば得られるのか」ということを話している。まあ一部話が噛み合っていないところが出ちゃっているところもあるけれど、そこも含めて楽しんでもらえたらな、と。このテーマは「PLANETS vol.10」でも続編をやると思う。

二つめは、Bパートの「東京5分割計画」だね。ここが「P9」で一番具体的なところ。これだけネットワークと交通が発達していても、東京という都市はフラット化する一方で、びっくりするぐらい文化と地理がまだ結びついている側面もある。

要するに、情報化による旧来的な地理からの解放と再接続がまだまだ不十分だっていうこと。それはデータを見ても明らかで、この街に住んでいる人々は地理によっていつの間にか、かなりミクロな見えない檻に囚われてしまっている。「じゃあそれを突破するために、具体的には情報技術の応用でどうしたらいいか」ということを僕らは議論しているんだよね。

これ言ったら怒られるかもしれないけれど、この議論を通じて、「文化的」ってことになっている東京の西側から最近あまりクリエイティブなものが産まれない理由がよくわかったし、東側に多い「昭和の日本人たち」がどこで思考停止しているのかもよく分かったし、都心回帰した若いホワイトカラーたちのどこが脆弱なのかもよくわかった。もちろん、それぞれの長所もよく分かった。だから、それぞれのエリアに適した介入プランを考える、というのはそのまま日本人のいくつかの類型についての長所を伸ばすことで短所を補うポジティブな提案だったりするわけです。

三つめは、やっぱりCパートの「開会式襲撃 ショッカー五輪破壊作戦」かな。これは、はっきり言って出オチなんだけど(笑)、これは2020年のサブカルチャーの祭典として行う「裏オリンピック」の開会式をショッカーが襲うというイベントです。で、「ショッカーがなぜ「表」ではなく「裏」オリンピックを狙うのか」という理由付けに関してはなかなか案が出なくて、けっこう締切ギリギリまで考えたところなのだけど、おかげですごくいい感じになったと思う(笑)。なのでそこは是非注目して読んでほしいです。

「実現可能であること」にこだわりたかった

――「P9」をつくっていて一番思い出に残っていることってなんですか?

 

宇野:Dパートの取材のために、速水さんやよっぴーと湾岸を一晩中クルマで回ったことかな。「湾岸部は新しい日本のモデル都市になる」ってずっと言われているけれど、あの埋め立て地という場所は本当にグロテスクで、バブルの頃の古めかしい建物と今どきのショッピングモールと、あと手つかずの「人工の原野」が混在しているわけ。「新しい日本をつくりなおさなきゃいけない」と頭ではわかっていながら、結局は昭和の古いセンスがはびこり、そして中途半端に新しいものを輸入し、でも全体としては手付かずの荒野が広がっている。これは今の日本そのものの姿ですよね。

 

――最後に、「P9」では「実現可能性」という言葉が強調されていますよね。改めて、なぜこんなにも実現可能性にこだわったのですか?

 

宇野:これはもう日本の知識人の伝統なんだけれど「実現できないようなことをぶち上げることが問題提起的でいいんだ」という言い訳をする人があまりにも多すぎる。でもそれって単に、ツイッター上の口喧嘩に勝つための方便みたいなものに過ぎなくて、はっきりいって意味がない。そういうものはどうでもいいと思う。

僕は「今はまだ存在していないけれど、未来には存在し得るものを語る想像力」って大事だと思うんですよね。でも今「ドラえもん」ひとつとっても、未来への科学の夢が完全に排除されてしまっていて、のび太の成長物語と人情話だけになっているわけです。「あの頃は夢があってよかったね」という大人向けのノスタルジー自己満足商品になっている。

で、そんな世の中に対して僕はすごく不満を持っているので、なにかちゃんと実現できる、未来への希望を描くことが、今の想像力の役目だと思う。僕は今、ドラえもんができなくなってしまったことをやりたい。

▼参考記事・〈失われた未来〉を取り戻すために――『STAND BY ME ドラえもん』
――その中で、実際に「マジでこれ実現して欲しい」と思っているプロジェクトってなんですか?

 

宇野:いや、全部だね。といっても、Dパートが実現されると日本は滅ぶので(笑)、Dパート以外全部実現したい。

Aパートに関していうと、僕はやはり演出を猪子寿之にやって欲しいと思っているし、乙武さんの提案するオリンピック・パラリンピックの象徴的な共同開催もやりたい。井上明人が提案している、ハンディキャッパーと健常者がチーム戦で戦う「サイボーグオリンピック」もいいアイデアだと思うし、やりたいと思う。

Bパートに関して言うと、「東京5分割計画」というのはなかなか大胆な計画で、実際に行政区を分けるとなるといろいろ難しい問題だと思う。けれど、それぞれの地区に見合った政策的介入をしてみるというのは本当に現実的だと思う。

Cパートの企画も、上の世代がやる寒いクールジャパン企画とかよりも、こっちの方が絶対に面白いと思うわけです。本当に実現して欲しいと思うから、やっぱり安藝貴範さん(グッドスマイルカンパニー代表)・伊藤博之さん(クリプトン・フューチャー・メディア代表)・井上伸一郎さん(KADOKAWA代表取締役専務)・夏野剛さん(慶應義塾大学特別招聘教授)という面子に声をかけたわけだしね。

Dパートに関しては実現しない代わりに(笑)、「破壊計画アンソロジー」をやりたいと思っています。実は他の出版社から「これを一緒にやりたい」という話をもらっていたりもするんだけど、いろんな作家が集まって、自分の破壊計画をフィクションでやる本をつくってみたいですね。

 

――もう一度聞きます。本当にやりますか?

 

宇野:マジでやりたいですよ。声がかかったら何でもやるーーテロ以外はね。テ
ロはフィクションの中で実現します(笑)。

(了)

 

※この記事は、メールマガジン「ほぼ日刊惑星開発委員会 2015.1.30 vol.252 新しい読者のための「PLANETS vol.9」その読み方ーー宇野常寛インタビュー〉」からの抜粋です。

 

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