結論を出すのはユーザー
西田 あ、そういう意味でいうと、要はソニーがそうやって、売り方を変えなきゃいけないんじゃないか、って考え出したひとつの契機が、炊飯器なんですって。
小寺 またそれは、全然違うね。
西田 量販店で今、炊飯器の売り方ってどうなってるか、っていうと、高額の炊飯器をがーっと並べて、日曜の夕方に米炊いて、食べ比べてください、ってやってるんです。そうすると、今までって炊飯器って、炊くのなんて一緒じゃん、1万5千円とか3万円の炊飯器でも7万円の炊飯器でも米は米でしょ、って。
特にそれが強かったのは、新潟だったんですって。米どころだから、みんな美味い米食ってるわけでしょ。米はもとから美味いんだから、炊飯器で変わるわけないじゃん、って言ってた。ところが、7万円の炊飯器をがーっと並べて量販店で売ったらば、7万円の炊飯器しか売れなくなったんです。
小寺 すげえ(笑)。
西田 で、それでわかったのは──エンジニアは当然いろいろ考えて違うものを作る。でも、違うっていくら言っても人はわかんない。しかも、A社とB社の間でどう違うか、っていうのもわかんないし。だけど、A社もB社もみんな一生懸命やってるんだから、ベクトルが違うだけで、なんというか……どっちが優劣ってもんでもないんだな。だったら並べちまえよ、という話になって。で、並べた結果、私はこっちの米の炊き方がいいからこっちを買う、って変わったんですって。
小寺 うん。
西田 そうしたことによって、炊飯器なんて、差別化なんてもうないじゃない、って思ってたものが、一気に客単価が上がり、売れ行きも変わり……って形になった。しかも、来ると米の食べ比べができるから面白い、って言って、客が来る回数が増えたんです。
小寺 なるほど。
西田 ──という話を見て、じゃあ僕らのAV機器業界ってどうなんだろうね、と。
去年までソニーでは、ほとんどテレビを売ることに特化した営業部隊を作ってた。で、ほぼ7割のリソースがテレビを売るために存在してたと言ってもいいんだけど、もうそんなんあり得ない、と考えたら、炊飯器を売るみたいにやったことで、我々ができることはなんだろう、って考え方になったんですって。
小寺 なるほどね。
西田 じゃあどういう風に整合するかというのはまた別な話だとは思うんですけど、たしかにそうなんですよ。僕らだって、もう通販でいいじゃん? とかよく言うじゃないですか。でも、米の食べ比べって通販じゃできないんですよ(笑)。
小寺 そうね。エクスペリエンスがないね。Amazonのネガティブレビューとか見ても、「それお前が悪いんじゃネェの?」とか思ったりするもんね。人の体験は、人のものでしかない。
西田 そうそう。で、買った時にそれこそ、「これおもしれえ! ドキドキする!」ってやっぱり体験だから。
小寺 そうだよね。毎日毎日体験するであろうことを、体験してみて選びたい、という本質はありますね。
西田 うん。で、フジヤエービックのヘッドホン祭りにあんなに人来るようになったのって、ヘッドホンの体験だと思ってんですよね。
小寺 ああー、そうですね。やっぱり聴いてみないと、っていうのもあるし、フィット感が合うかどうかって非常に重要なんだけど、ブリスターパックに入れられてると、もうわからない。
西田 うん、うん。やっぱり、自分が出せる手ごろな価格で日常聴いてる音楽の体験が変わって、しかもひょっとすると、快適さも変わるかもしれない。で、さらに言うと、ああいうお祭りの場に行くと、いろんなものが試せて面白いとかあるわけじゃないですか。それが多分、実はすごく大切なことで。やっぱり、ブツである限りにおいては、なんかそういうお祭り感がないと、人は銭って払わないんだな。ライブだ、ライブ。
小寺 そこに行くから得られる体験、というのがあって、せっかくそれを体験したんだから、その価値基準をもって買って帰る、っていう。それがひとつのセットになってるってことか、人の購買の流れとして。
たとえば高級炊飯器の米食って、「これが一番」って自分の中で結論を出すわけだね。その結論を、何も買わないままに手ぶらで帰るのかと。その結論をどうするの? っていうことで、人を追い詰めていく。
西田 そう。要は食ったら「あんたこれに満足したんでしょ? で、家に帰っていつもの米食うの?」っていう、無言の圧力を受けることになるわけでしょ(笑)。
小寺 そうそう(笑)。追い詰めるわけね。答えを出させて。決して「これが答えですよ」って言うわけじゃなくて、選ばせて、自分で結論を出した。それぞれの価値観によって出した結論は、自分にとって正しいわけじゃないですか。その出した結論の責任として、「さ、どうするんすか?」ってことになるわけだ。そこまで含めてショッピングなわけだね。
<第四回に続く>
第一回の「ノマド」ってなんであんなに叩かれてんの?はこちらから
第二回のIT野郎が考える「節電」はこちらから
<小寺信良のメルマガ『金曜ランチボックス』vol.43「対談:Small Talk」より>
その他の記事
付き合ってるのに身体にも触れてこない彼氏(25歳)はいったい何を考えているのでしょう(石田衣良) | |
ピダハンとの衝撃の出会い(甲野善紀) | |
ゲームと物語のスイッチ(宇野常寛) | |
どんなに撮影が下手な人でも人を美しく撮れる黄昏どきの話(高城剛) | |
古くて新しい占い「ルノルマン・カード」とは?(夜間飛行編集部M) | |
「高価格による高サービス」にすり替わってしまった「おもてなし」(高城剛) | |
冬至の日に一足早く新年を迎える(高城剛) | |
中島みゆきしか聴きたくないときに聴きたいジャズアルバム(福島剛) | |
PS5の「コストのかけどころ」から見える、この先10年の技術トレンド(本田雅一) | |
名越康文メールマガジン「生きるための対話」紹介動画(名越康文) | |
『デジタル時代における表現の自由と知的財産』開催にあたり(やまもといちろう) | |
昼も夜も幻想的な最後のオアシス、ジョードプル(高城剛) | |
日産ゴーン会長逮捕の背景に感じる不可解な謎(本田雅一) | |
出口が見えない我が国のコロナ対策の現状(やまもといちろう) | |
うまくやろうと思わないほうがうまくいく(家入一真) |