津田大介
@tsuda

津田大介の『メディアの現場』vol48より

「消費者安調査全委員会」発足、暮らしの事故の原因究明は進むのか?

消費者安全調査委員会が発足するまで

――事故を未然に防ぐための策を講じていたとしても、問題は起こってしまうことがある。そこで消費者庁が消費者事故の情報を収集し、今回作られた消費者安全調査委員会で原因を究明し、再発防止策を作ってルール化する。そういう流れを作ろうという意図があるんでしょうね。消費者庁はこの委員会を作るに先立って、どのような準備を行ってきたのでしょう?

津田:消費者庁では2010年1月から2012年8月にかけて、医療関係者や大学教授、弁護士などによる「事故情報分析タスクフォース」[*21] を組織しました。

第1回目の会合で配られた資料によると、その役割は次のとおりです。「消費者庁において一元的に集約する重大事故をはじめとする消費者事故情報(生命・身体被害に関するもの)について、消費者庁として独自に対応が必要な事案を抽出し、迅速・的確に分析・原因究明を進めていくために必要となる助言及び指導を行う」。そして、8回にわたる会合の中で実際、「本棚転倒」「スーパーボールによる窒息」をはじめとする10の事案を抽出し、原因究明や分析を行いました。[*22] その活動内容は、この10月にも報告書のかたちで公開される予定です。[*23]

――事故情報分析タスクフォースとは別に、委員会そのものの体制をどうするかという話し合いも行われてきたんですよね。

津田:はい。2010年8月に「事故調査機関の在り方に関する検討会」がスタートし、そこで14回にわたる話し合いが行われました。[*24]

結果がまとまったのは、2011年5月。[*25] 消費者安全調査委員会は、この検討会での話し合いを受けて発足しています。

――具体的には、どのようなメンバーで構成されているのでしょう?

津田:委員会は工学などの専門家7人で構成されており、福島第一原発事故に立ち上がった「東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」[*26] でも委員長を務めた東大名誉教授の畑村洋太郎さんが委員長となりました。

畑村さんは「失敗学」[*27] の創始者として知られています。起こってしまった失敗の原因を探り、そこから新たな知見を得る――こうした失敗学の考え方は、重大な事故の原因を究明し、再発防止策を作るという同委員会の設置趣旨にかなったものでしょう。今後は、畑村委員長を筆頭とした委員たちが、事故の選定や調査結果の公表、関係省庁に対する改善策の提言などを行っていくということです。

――おお。これで消費者行政も大きく変わる……?

津田:うーん。お役所にありがちな話なんですが、彼らがすぐに動けるかというと、それはまた別の話です。というのも、今回の委員会は、立ち上げが決まってからの準備期間が短いんですよ。

同委員会設置を盛り込んだ改正消費者安全法 [*28] が成立したのが8月末。[*29] そして10月に発足……。だから、委員会ができたはいいものの、まだ具体的な事故調査に入れる体制にはないという指摘もされています。

――実際に調査を行うにあたっては、スタッフや予算などの体制が問われてきますよね。

津田:結局はそこが問題になるんですよね。消費者庁は年間100件の調査目標を掲げました。しかし、消費者安全調査委員会の年間予算はわずか8500万円程度しかない。稼働するスタッフも、わずか20名ほどです。

人材の問題は、非常に重要なんですよね。官庁に勤めていると、2、3年おきに部署が変わることもあります。仮に今回もそうなってしまうと、事故調査に関するノウハウが、委員会内に蓄積されません。

消費者庁はまだ若い組織で、発足時にさまざまな省庁から人が集められてきており、同庁内で採用され、育ったプロパーの官僚がいません。ある程度じっくりと腰を据えて仕事できるようにしてほしいですよね。

同委員会の畑村委員長はこうした状況を受け、「私見」と断りながらも「100件を丁寧に調査できるとは思わない」と指摘しています。[*30] 限られた予算、スタッフでどうやっていくか。この委員会にとっては、それが大きな課題ですね。この国が消費者行政に本腰を入れてやっていくなら、予算規模を拡大するなり、いずれ消費者庁から「消費者省」に格上げするなど、抜本的な改革が必要になると思います。

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津田大介
ジャーナリスト/メディア・アクティビスト。1973年生まれ。東京都出身。早稲田大学社会科学部卒。早稲田大学大学院政治学研究科ジャーナリズムコース非常勤講師。一般社団法人インターネットユーザー協会代表理事。J-WAVE『JAM THE WORLD』火曜日ナビゲーター。IT・ネットサービスやネットカルチャー、ネットジャーナリズム、著作権問題、コンテンツビジネス論などを専門分野に執筆活動を行う。ネットニュースメディア「ナタリー」の設立・運営にも携わる。主な著書に『Twitter社会論』(洋泉社)、『未来型サバイバル音楽論』(中央公論新社)など。

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