津田大介
@tsuda

津田大介のメルマガ『メディアの現場』より

「アジカン」ゴッチと一緒に考える、3.11後の日本

勉強、取材、決断……素人編集長の奮闘

津田:実際にメディアを運営していく中で、後藤さんが編集長なわけですよね。編集長というのはメディアの顔でもありますし、「この考えを軸にメディアを作っていく」ということを決めないといけない。『THE FUTURE TIMES』には「これだ!」という編集方針があるのでしょうか?

後藤:そこが素人編集長の難しいところで、実は「これだ!」という編集方針は特にないんですよ。「こんな情報が載ってるから読め!」みたいな上から目線のメディアにはしたくなくて、手に取ってくれた人が考えたり、話したりするきっかけになってくれればいい。僕も実際に取材へ行くのですが、いつも「教えてもらう」という姿勢で臨んでいますから。

津田:『THE FUTURE TIMES』を作りながら自分も勉強している、と。とはいえ、これまで発行した4号には、自然エネルギーの専門家や農家などさまざまな人が取り上げられています。「誰に取材するのか」といった企画を考えるのは後藤さんなんですよね?

後藤:そうですね。あとは、『THE FUTURE TIMES』の考えに賛同して集まってくれた有志の編集スタッフがいるので、毎号彼らと会議を重ねながら作っています。スタッフが「今、この人が面白い」といったアイデアを出してくれたら、その意向はできる限り汲み取りたい。今のところ、企画はみんなで考えながら「何かあったら責任は僕が取ります」という体制で運営していますね。

津田:なるほど。もう一つ、メディアの編集長の役割としては「責任を取ること」のほかに「決断すること」があると思うんです。編集スタッフの間で意見が割れてしまったけれど、どちらかに決めなくてはいけない――そんな時の決断は、後藤さんがするんですか?

後藤:一応僕がすることになっているけれど、メンバーの中にはプロの書籍編集者や雑誌編集者もいるので、みなさん厳しいんですよ。「後藤さん、その企画では弱い」って、どっちが編集長なのかわからない(笑)。

高橋:そういう部分も含めて勉強されているんですね。

後藤:それぞれがプライドと高い意識をもって参加してくれている。ありがたいことだと思いますよ。

津田:「立場が人を育てる」こともありますからね。実際、『THE FUTURE TIMES』は発行されるたびに進化している。後藤さんも編集長として日々成長されているんだと思います。今はみなさん自腹で制作に参加しているとのことですが、たとえば広告収入を得るなりして継続性のある運営体制を整えるつもりはないのですか?

後藤:考えすぎだとは思いますが、広告を取ってクライアントから口を出される――言いたいことが言えなくなるのは嫌だなぁと。あと、ビジュアル面でも、広告が入ることでデザインが崩れそうだというか……。逆に考えると、広告ありきでレイアウトが完結している既存メディアは本当にすごいなと思うのですが、僕はそういうところから離れてやってみたいという気持ちがあります。

津田:これ、毎号何部ぐらい刷っているんですか?

後藤:7万部ぐらいですね。

津田:その部数がはけている状況なんですか?

後藤:どうなんでしょう……もしかしたら、余ってどこかの倉庫に眠っているものもあるかもしれませんね。

津田:実際に『THE FUTURE TIMES』を配布してみて、紙ならではの反応ってありました?

後藤:最初にこのフリーペーパーを手に取って読んでくれるのは「ASIAN KUNG-FU GENERATION」のファンだったりすると思うんです。でも、その子が読み終えた『THE FUTURE TIMES』を喫茶店やレストランに置き忘れたり、職場に置きっぱなしにすることで、思いもよらなかった人の手に渡ることがあるんですよ。以前、福島県の南相馬市で取材をしていたら、現地で林業をしているおじいさんに「創刊号の記事『循環する産業とエネルギー』[*6] を読みました」と言われて。記事に影響されて、ペレットストーブ [*7] の研修を受けに新潟へ行くことになったと聞いて驚きました。そういうことが起こるかもしれないという期待や予感はありましたけど、実際に体験するとやはり感動しますね。

津田:紙媒体ならではの予想しなかった広がり方があったということですね。その一方で、後藤さんはツイッターで19万人以上のフォロワーを抱えてらっしゃる。『THE FUTURE TIMES』の感想がツイッターで寄せられることもあると思うのですが、いかがですか?

後藤:もちろんあります。やっぱりツイッターやFacebookの拡散力はすごいなぁと思います。ただ、「Hi-STANDARD」[*8] の横山健さん(@KenYokoyama)との対談記事 [*9] へのリンクを含むツイート数が1500を超えるのに対し、バイオマス――家畜排泄物や植物を利用した再生可能な有機性資源 [*10] についての記事に関するツイートは100以下だったりと、記事によって反応の差が大きい。これはネットいいところでもあるんでしょうけど、みんなが興味をもつ記事だけがあっという間に広まっていくという印象はありますね。

津田:逆に言うと、作り手が「読んでほしい」と思っても、読者にとって興味のないものはなかなか広まらない。好きなものだけつまみ食いされてしまいがちなんですよね。紙の場合、1ページ目から読んでいけば、何となくすべての記事に目を通すことになりますから。

後藤:そうなんですよ。

高橋:フリーペーパーのほかにも、後藤さんはいろいろなかたちでメッセージを発信してらっしゃいます。たとえば3.11以降に行われたライブでは、“NO NUKES”と表示した巨大モニターの前で演奏されました。そういうパフォーマンスについて、ファンの反応はいかかですか?

後藤:「よくやった」と評価してくれる人もいますけど、一方で「暑苦しい」と感じている人もいるかもしれないですね。「音楽に政治的なメッセージを持ち込んでくれるな」という人は一定数いるでしょうし。実際に批判されたわけではありませんが、ライブに来てくれたすべての人がツイッターや掲示板に感想を書き込むわけではないので、本当のところはわからないです。

津田:今でこそ、社会問題に対するメッセージを発信したり、社会運動を牽引するアーティストやクリエイター、俳優が日本でも出てくるようになりましたが、3.11以前にはそのような動きはほとんどなかったと思うんですね。というか、今も日本では「社会運動にはコミットしない」というスタンスのアーティストが海外に比べると圧倒的に多いように感じます。そんな人たちの姿勢についてはどう感じてらっしゃいますか?

後藤:表現者である以上、何かしら感じることがあれば言うべきだと思いますけどね。自分が思っていることを表明するだけですから、恥ずかしがったり怖気づく必要はない。そういう意味では、「ASIAN KUNG-FU GENERATION」はスポンサーから怒られることもないし、しがらみはないですから。

津田:ちなみに『THE FUTURE TIMES』など後藤さんの社会的な活動に対して、「ASIAN KUNG-FU GENERATION」のほかのメンバーは何と言っていますか?

後藤:応援してくれていますね。ただ、心配されています。僕があまりにも忙しくしているので、倒れないかどうか。

津田:二足、三足、四足のわらじを履く生活だと、時間的にも体力的にも限界がありますからね。しかもメディアを運営するとなれば、動いている時間以外にも勉強してインプットしないといけない。後藤さん、倒れないでくださいね……。ところで、『THE FUTURE TIMES』の取材を重ねる中で、原発や自然エネルギー以外に「この分野が面白い」と興味を抱くようになったテーマってありますか?

後藤:第3号では農業を取り上げたのですが、[*11] これが興味深かった。日本の農業には問題が山積されています。その一つに、打ち捨てられている農地――耕作放棄地の問題もあるんですけど、同時に農業の技術が次の世代に伝わらなくなってきている。畑や水田を手放すということは、その家系や地域に受け継がれてきた技術を失うということなんですね。音楽の世界でも似たような問題があるので、他人事とは思えなかったです。

津田:音楽業界でも技術者が少なくなってきている、と。

後藤:たとえばスタジオでの録音技術なんかはそうですよね。

津田:なるほど。確かに音楽業界でもデジタル技術の発達によって、失われつつある技術は多いかもしれませんね。以前坂本龍一さんにインタビューしたときに聞いた話なんですが、以前ニューヨークには、ピアノの音を綺麗に録ることができるマイクに精通したエンジニアがたくさんいたのですが、今はもう2人だけになってしまったのだそうです。

後藤:そんな問題は音楽業界に限った話じゃないと知って、興味をかき立てられたわけです。どうやって技術をつないでいけばいいのか――。

津田:失われて初めて価値に気づくのなら、手遅れになる前に手を打ちたい。メディアを通じて、いかに多くの人に広められるかが重要なんでしょうね。

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津田大介
ジャーナリスト/メディア・アクティビスト。1973年生まれ。東京都出身。早稲田大学社会科学部卒。早稲田大学大学院政治学研究科ジャーナリズムコース非常勤講師。一般社団法人インターネットユーザー協会代表理事。J-WAVE『JAM THE WORLD』火曜日ナビゲーター。IT・ネットサービスやネットカルチャー、ネットジャーナリズム、著作権問題、コンテンツビジネス論などを専門分野に執筆活動を行う。ネットニュースメディア「ナタリー」の設立・運営にも携わる。主な著書に『Twitter社会論』(洋泉社)、『未来型サバイバル音楽論』(中央公論新社)など。

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