内田樹のメルマガ『大人の条件』より

メディアの死、死とメディア(その1/全3回)

自分が語った言明の保証人は自分しかいない

内田:そうそう。それで正しくなくてもいいんだよ。とりあえず自分が語った言明の保証人は自分しかいない、ということが大事なわけで。自分一人しか保証人はいなくても、その保証人が言葉を担保する限り、それは一定の真理性は持ち得るんだよね。オレはこの言明に体張ります、という個人がいる場合は。語られる言葉について最終責任を取る個人がいる限り、どんな思いつきでも、奇矯な発言でも、思わず聞かせてしまうところがあるでしょう。

平川:昔、田村隆一(※3)という詩人が、頭のいい評論家と対談をしたんですよ。

※3 日本の詩人(1923-1998)。詩誌『荒地』の創設に参加し、戦後詩に大きな影響を与えた。代表作に『言葉のない世界』など。随筆家、翻訳家としても知られた。

田村隆一は世情一般に詳しくないし、どうしても素人談義になるわけだよね。だけど存在の重みみたいな、吐かれる言葉の軽重が全然違うわけ。知識豊富な人の話はたしかに一定の真実性もあるし、ロジカルだったけれども、重さが違うんだよ。そういうのはあるんだよね。

内田:周知のことを語る人間というのは軽いんだよ。なぜ軽いかというと、周知のことだから自分がそれを言うことをやめても真理性は変わらない。「お前黙れよ」と強圧的に言われたらすぐ黙っちゃう。黙っても平気だから。「真理」だから、世論だから。

一般的な「真理」を語っている人間は、個別的な状況で「黙れ」と言われても言明の真実性は揺るがないと思っているから、すぐに黙っちゃう。そこが世論の軽さなんだ。本当にそうなんだよ。

村上春樹さんのエッセイに面白い話があってね。村上さんは昔、ジャズバーをやっていたでしょう。そのバーに文壇人のAさんとBさんが来て、そこにいないCさんの悪口をずっと言っている。そこへ当のCさんがやって来る。すると、「この間のあれよかったよ」「君、さすが才能あるね」なんてA、B、Cが盛り上がる。それで今度はAが帰って、BとCが残る。すると、あいつは駄目だね、とAの悪口が始まる。それをカウンターの内側で聞いていて、よくもこれほど見事に手のひらを返せるなと思ったという話だけど、これが世論の実相だと思うんだよね。

この場合、「才能がない」というのは真実なんだよ。ただし、本人を前にして「お前、才能がないよ」と言うと、殴られたり、恨まれたりするリスクを負う。そんなリスクを賭けてまで語るほどの真理じゃない。でも、真理だから、オレがここで黙っていても、こいつに才能がないという事実は揺るがない。だから平気でおべんちゃらが使える。言いたいことがコロコロ変わっているわけではないんだよね。一般的な真理を語る人間は簡単に自説を引っ込めるんだよ。個人でその言明の真理性を担保する必要がないから。だから、本当に恐い。

世論は暴走すると、あっという間に何十万、何百万人が同じことを言うようになるんだけども、「こらっ」と誰かが言った瞬間に全員が一斉に黙ってしまう。最終的にその言葉はオレが引き受ける、という人がどこにもいなくなる。

自分の言葉は最後まで自分が担保するしかない、と考えている人間というのは実は、自分の言っていることには一般性がないと思っている人なんだよ。オレが黙ったら、同じことは誰も言ってくれないと思っている人間だけが、ぎりぎりのところで踏張れる。それを「生き死にする言葉」という表現で言いたかったんだよ。自分が死んだら消えてしまう言葉。

 

(第2回につづく)

 

<この文章は内田樹メルマガ『大人の条件』から抜粋したものです。もしご興味を持っていただけましたら、ご購読をお願いします>

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