内田樹のメルマガ『大人の条件』より

メディアの死、死とメディア(その2/全3回)

誰がこれを書いたんだよ!

内田:誰もそれをコントロールしていない。ジャーナリズムを眺めていて一番感じることは、メディアをコントロールしていると思っている人が誰もいないんだよね。

よく朝日新聞の記者はみんな朝日新聞の悪口を言う、という話があるよね? 全員が凄まじく切れ味のいい朝日批判をするんだよ。感心するのよ、本当にその通りだなあと思ってさ。でもね、そういう話を聞くと、じゃあ朝日新聞は誰が書いてるんだよ、と思うわけ。全員が批判するんだよ。多かれ少なかれ出版社もそう。これは以前にも話したことがあるけど、よくあるオジサン系週刊誌の取材の時に、24、5ぐらいの僕の担当の女の子がいたんだよ。それで、君もまさかあんな記事を書いてるの? と聞いたら「書いています」と。オジサン週刊誌特有のあの厭味な文章を書いているんだって。だから、「違和感ない?」って訊いたら、「型があるんです」って言うの。決まったライティングスタイルがあって、少し勉強したらすぐ身について「いかがなものであろうか」みたいな文体でさらさら記事が書けるんだって。

ということは、オジサンメディアというのはあたかもオジサンが書いているように見えるけど、あの中に、「これはオレの意見だ」と考えて書いているオジサンなんかどこにもいなんだよ。書いているのはエクリチュールそのものなんだ。若い女の子でも書けるんだよ。彼女はもちろん、「これを書いたのはお前か」と問われた時は、「書いたのは私ですけど、デスクから書け、と言われた通りに書いているだけですので、私が書きたいことを書いたのではありません」と言うと思う。言葉の最終責任を取る人がだれもいない。

平川:それは週刊Sじゃないかと思うんだけど。

内田:週刊Bです(笑)。

平川:ああ、なるほど(笑)。戦後左翼運動が盛んになったときに、それに対置する橋頭堡を作ろうということで、ある程度右翼的なものを入れたりしていた、と週刊Bの人から聞いたことがある。最初はそういう戦略的なことを考えながら雑誌を作っていたのだけれど、最近のネットの言葉、2ちゃんねるの言葉とかは、週刊Sのものの援用だよね。

内田:なるほどね。そう言えばそうだね。

平川:あの言葉使いが世の中に定着しちゃったんだよ、なんとなく。あの冷笑的なモノ言い。自分はどこにもいないという。

内田:たしかに週刊誌の文体というのはもう出来上がっているね。出版社系の週刊誌が出てきた60年代のジャーナリズムは、新聞とは違う批評的な視点から、人間の暗部までウイングを伸ばして、「そういう生な場所から語ろうじゃないの」という気概があった。ジャーナリストのはっきりした面立ちや声の質を含んだようなエクリチュールだった。それがどこかの段階で担い手がいなくなってしまい、文体だけがゾンビのように生き残っている。

平川:しかも上から目線なんだよね。僕も「上から目線」とよく言われるんだけどさ、僕のは上から目線じゃないんだよ。何かを断言する時には、それなりの覚悟を持ってやっているわけで。

内田:僕らのは「オレから目線」だから(笑)。

平川:本当の「上から目線」は、一望監視と同じで、目線の出所が見られている方からは分からないところにあるんだ。監視塔からの目線なんだよね。

内田:そして看守がいなくても機能すると。まさにフーコーの言う通りなんだよね。「パノプティコン」というのは看守がいてもいなくても、いるかもしれない、というだけで囚人がみんなびくびくしてくれる)。

平川:それはまさに世論でしょう。自主規制というのがあるじゃないですか。あれはまさにパノプティコンそのままですよ。

内田:そのままだよね。

平川:フーコーはすごいね。

内田:結局そうなっちゃうんだよね。批評性が機能するためには、賞味期限がないとダメなんだよ。装置を作ったオリジネーターの人が使っているうちはいい。けれども、二代目三代目になって、これは先代が作った装置です、とやっているうちに、どこかで装置を作った目的と実際の機能が乖離してくる。今のメディアの言葉も最初にその言葉を作りだしたジャーナリストの心情とは乖離してるでしょう。新聞の論説委員に、書いたことについて「これ、あなた自分自身の実感として言っているの? 50年60年と生きてきた人間の実感でこんなこと言える?」と訊くと、「個人的には違うんですけどね」って言うと思うんだよね。じゃあ、誰がこれを書いたんだよ、誰が責任を取るんだよって思わない?

1 2 3 4

その他の記事

重心側だから動きやすい? 武術研究者・甲野善紀の技と術理の世界!(甲野善紀)
タバコ問題を考えなおす(川端裕人)
どうせ死ぬのになぜ生きるのか?(名越康文)
レジームの反撃を受けるベンチャー界隈と生産性の今後(やまもといちろう)
歴史に見られる不思議なサイクル(高城剛)
空港を見ればわかるその国の正体(高城剛)
迷子問答:コミュ障が幸せな結婚生活を送るにはどうすればいいか(やまもといちろう)
IT・家電業界の「次のルール」は何か(西田宗千佳)
数値化できる寒さと数値化することができない寒さ(高城剛)
夕陽的とは何か?(後編)(岩崎夏海)
週刊金融日記 第313号【カード自作とSpaced Repetitionによるパワフルな暗記メソッド、トランプさんに振り回される世界経済他】(藤沢数希)
やっと日本にきた「Spotify」。その特徴はなにか(西田宗千佳)
古都には似つかわしくない最先端の「現代日本語」講座(高城剛)
平成の終わり、そして令和の始まりに寄せて(やまもといちろう)
カップ焼きそばからエリアマーケティングを考える(西田宗千佳)

ページのトップへ