誰がこれを書いたんだよ!
内田:誰もそれをコントロールしていない。ジャーナリズムを眺めていて一番感じることは、メディアをコントロールしていると思っている人が誰もいないんだよね。
よく朝日新聞の記者はみんな朝日新聞の悪口を言う、という話があるよね? 全員が凄まじく切れ味のいい朝日批判をするんだよ。感心するのよ、本当にその通りだなあと思ってさ。でもね、そういう話を聞くと、じゃあ朝日新聞は誰が書いてるんだよ、と思うわけ。全員が批判するんだよ。多かれ少なかれ出版社もそう。これは以前にも話したことがあるけど、よくあるオジサン系週刊誌の取材の時に、24、5ぐらいの僕の担当の女の子がいたんだよ。それで、君もまさかあんな記事を書いてるの? と聞いたら「書いています」と。オジサン週刊誌特有のあの厭味な文章を書いているんだって。だから、「違和感ない?」って訊いたら、「型があるんです」って言うの。決まったライティングスタイルがあって、少し勉強したらすぐ身について「いかがなものであろうか」みたいな文体でさらさら記事が書けるんだって。
ということは、オジサンメディアというのはあたかもオジサンが書いているように見えるけど、あの中に、「これはオレの意見だ」と考えて書いているオジサンなんかどこにもいなんだよ。書いているのはエクリチュールそのものなんだ。若い女の子でも書けるんだよ。彼女はもちろん、「これを書いたのはお前か」と問われた時は、「書いたのは私ですけど、デスクから書け、と言われた通りに書いているだけですので、私が書きたいことを書いたのではありません」と言うと思う。言葉の最終責任を取る人がだれもいない。
平川:それは週刊Sじゃないかと思うんだけど。
内田:週刊Bです(笑)。
平川:ああ、なるほど(笑)。戦後左翼運動が盛んになったときに、それに対置する橋頭堡を作ろうということで、ある程度右翼的なものを入れたりしていた、と週刊Bの人から聞いたことがある。最初はそういう戦略的なことを考えながら雑誌を作っていたのだけれど、最近のネットの言葉、2ちゃんねるの言葉とかは、週刊Sのものの援用だよね。
内田:なるほどね。そう言えばそうだね。
平川:あの言葉使いが世の中に定着しちゃったんだよ、なんとなく。あの冷笑的なモノ言い。自分はどこにもいないという。
内田:たしかに週刊誌の文体というのはもう出来上がっているね。出版社系の週刊誌が出てきた60年代のジャーナリズムは、新聞とは違う批評的な視点から、人間の暗部までウイングを伸ばして、「そういう生な場所から語ろうじゃないの」という気概があった。ジャーナリストのはっきりした面立ちや声の質を含んだようなエクリチュールだった。それがどこかの段階で担い手がいなくなってしまい、文体だけがゾンビのように生き残っている。
平川:しかも上から目線なんだよね。僕も「上から目線」とよく言われるんだけどさ、僕のは上から目線じゃないんだよ。何かを断言する時には、それなりの覚悟を持ってやっているわけで。
内田:僕らのは「オレから目線」だから(笑)。
平川:本当の「上から目線」は、一望監視と同じで、目線の出所が見られている方からは分からないところにあるんだ。監視塔からの目線なんだよね。
内田:そして看守がいなくても機能すると。まさにフーコーの言う通りなんだよね。「パノプティコン」というのは看守がいてもいなくても、いるかもしれない、というだけで囚人がみんなびくびくしてくれる)。
平川:それはまさに世論でしょう。自主規制というのがあるじゃないですか。あれはまさにパノプティコンそのままですよ。
内田:そのままだよね。
平川:フーコーはすごいね。
内田:結局そうなっちゃうんだよね。批評性が機能するためには、賞味期限がないとダメなんだよ。装置を作ったオリジネーターの人が使っているうちはいい。けれども、二代目三代目になって、これは先代が作った装置です、とやっているうちに、どこかで装置を作った目的と実際の機能が乖離してくる。今のメディアの言葉も最初にその言葉を作りだしたジャーナリストの心情とは乖離してるでしょう。新聞の論説委員に、書いたことについて「これ、あなた自分自身の実感として言っているの? 50年60年と生きてきた人間の実感でこんなこと言える?」と訊くと、「個人的には違うんですけどね」って言うと思うんだよね。じゃあ、誰がこれを書いたんだよ、誰が責任を取るんだよって思わない?
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