コンセンサスが脱原発の出発点
小嶋:そうですね、これは脱原発をするための大前提だと思うのですが、まずドイツでは経済界や消費者団体、政府も含めて、国全体で脱原発をするという合意形成がすでになされているんです。2000年に政府が電力業界を説得し、脱原発について合意している。ある意味では、ここがスタート地点になったとも考えられます。
津田:確かに、日本では電気事業連合会などが政府の原発ゼロ方針や、発送電分離に対して反発しています。[*17] 今回のドイツ視察では、現地のエネルギー水道事業連合を訪れていますよね。
小嶋:はい、ドイツ視察の初日にエネルギー水道事業連合(Bundesverband der Energie und Wasserwirtschaft:BDEW)[*18] を訪れ、クリーガー国際関係特別代表との会談に臨みました。エネルギー水道事業連合とは、電気事業社やガス事業社、水道事業社など、エネルギー供給会社の連盟ですね。まさに、日本で言うところの電気事業連合会 [*19] と同じだと考えていただければ。
津田:僕たち日本人の感覚からすると、電事連が脱原発に協力するというのは、にわかに信じがたい部分があるんですけど、話を聞いてみて実際のところはいかがでしたか?
小嶋:福島第一原発事故後の法改正で、ドイツの脱原発が再び加速したことにより、大手の電気事業者が政府を提訴した――そんな報道 [*20] を日本で見ていたので、 僕も「本音では脱原発に反対なんじゃないの?」と思っていた部分はあったんです。この裁判についてストレートに質問したところ、クリーガー代表は「損害賠償請求は、脱原発に反対しての裁判ではない」と答えました。そうではなく「核燃料税」の撤廃を求める訴えなんだ、と。2010年の原子力法改正時に制定された「核燃料税」は、原発運転期間の延長と引き換えのようなかたちで電力会社に課せられるようになった税金なんです。その後、新たな法改正で原発運転期間が短縮されたのに、税金が廃止されないのはおかしい、と言うことですね。[*21] 確かにそれは電気事業者にとっては納得できない話でしょう。そのほか、原子炉を強制的に停止させられることに伴うさまざまな損害を補填するための、いわば「条件闘争」的な裁判だということでした。
津田:この裁判そのものが脱原発の方針を揺るがすものではない、ということですね。
小嶋:そうですね。「われわれ電気事業者も足並みを揃えて脱原発に向かっていかなければならない」と強調されていたのが印象的でした。
津田:日本ではまだまだ合意形成に至らない状況なのに、ドイツでは10年前にそれができた。その一番の理由はどこにあると思いますか?
小嶋:脱原発に関して、ドイツでは40年間の議論が下地にあるんですね。1967年、ドイツ国内初の商業用原子炉となるグンドレミンゲン原発A号機の運転開始を皮切りに、[*22] 次々と新しい原発が建設され、1970年代半ばから市民による反原発運動が活発になります。1986年のチェルノブイリ原発事故で、特に南ドイツの山林が放射性物質に汚染されると、国内の各所で反原発デモが盛んに行われるようになりました。それが1980年代の緑の党の躍進、そして2000年の原発全廃方針につながります。今も国民の8割以上が脱原発を支持しているので、[*23] 後戻りはできない――つまり、日本でも政府や事業者を動かすには、僕たち国民が声を上げていくしかないということではないでしょうか。政府も経済界も、民意を無視することはできませんから。
津田:なるほど。ただ、脱原発に向けての合意という点では、原発立地自治体の問題も避けて通れないですよね。日本では今年の5月、福井県おおい町会が賛成多数で大飯原発の再稼働に同意しました。[*24] 再稼働をめぐり、東京の首相官邸前をはじめ全国で反対デモが繰り広げられていたさなかの決定に、賛否両論が起こったのは記憶に新しいところです。当然、ドイツにも原発立地自治体があると思いますが、彼らは2022年までの原発撤廃についてどう思っているのでしょう?
小嶋:僕たちが訪れたのは、イザール原発を抱えるエッセンバッハという町です。イザール原発には2基の原子炉があり、1基は福島第一原発事故後に停止、もう1基は2022年までの稼働を予定しています。ここのフリッツ・ヴィットマン町長と会談したのですが、彼が言うには「脱原発はわれわれにはタッチできない政治決定である」と。
津田:脱原発を受け入れているということですか?
小嶋:ええ。日本の福島第一原発事故を受け、3カ月という短い期間でメルケル首相が脱原発を決めてしまった。イザール原発でも原子炉1基が停止し、もう1基の稼働期間が短縮されてしまいましたが、そこに口を出すことはなかったらしいんですね。「できれば原発立地自治体の意見を聞いて、声を汲み上げてほしかった」――それが本音ではあるものの、基本的には政府の決定を受け入れています。というのも、日本と大きく違う点として、ドイツの原発立地自治体には国からの交付金が落ちてこない――電源三法交付金制度 [*25] がないんです。
津田:そもそもドイツには、日本で「麻薬」とも表現される [*26] 莫大な額の交付金がないんですね。雇用創出や事業税の恩恵は受けるものの、経済的に原発に必要以上に依存しないようになっていると。
小嶋:町として、電力会社から得る収入は事業税だけです。ヴィットマン町長は「脱原発で町の事業税が落ち込んだとしても、国に補償を求めることはない」とおっしゃっていました。「町にある企業の収益が下がり、事業税が入ってこなくなるリスクは原発立地自治体に限ったことではない。それは企業を抱える町であればどこも同じだ」と。その覚悟はすでにあると言うんです。一つの企業がダメになったら、代わりに将来有望な企業を誘致して、町の財政と雇用をしっかり確保していく。エッセンバッハにはBMWの工場もありますし、ほかにも太陽光を含めた再生可能エネルギーなど新たな産業に投資をしていくつもりだそうです。
津田:状況は厳しくても、かなり前向きな印象ですね。少なくとも日本の原発立地自治体とはずいぶんそのへんの感覚が違いますね。
小嶋:やはり、日本でも脱原発に関して原発立地自治体の理解を得るには、町の財政をどうするのか、それによって失われる雇用をどうするのかといった点に向き合わなければなりません。電源三法交付金制度の見直しも含め、時間をかけて議論し、自立の道を模索するしかないのかな、と感じました。
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