津田大介
@tsuda

津田大介のメルマガ『メディアの現場』より

なぜ今、「データジャーナリズム」なのか?――オープンデータ時代におけるジャーナリズムの役割

データが先か、人が先か?

津田:米国と並んで、世界にオープンガバメントの潮流をもたらしたのが英国ですよね。労働党のゴードン・ブラウン前首相がトップダウンで推し進めたのですが、[*31] 彼はまず首相官邸下にインフォメーションタスクフォースを置き、「World Wide Webの生みの親」として知られるティム・バーナーズ・リーを政府データ公開プロジェクトの指揮官に指名しました。[*32] その結果、2010年にオープンしたのが「DATA.GOV.UK」です。[*33] これは米国の「DATA.GOV」をかなり意識した内容で、健康、犯罪、教育など個人情報以外のありとあらゆるデータにアクセスできるようになっています。「DATA.GOV」と同様、多くのデータがcsv形式のローデータ(生データ)として提供され、二次利用されている。税金の使途を可視化する「Where Does MY Money Go?」[*34] などさまざまなマッシュアップアプリの誕生につながりました。

八田:英国はオープンデータとオープンガバメントの、ある種の震源地になっていますよね。なんであんなにオープンなんだと不思議になるくらい。

津田:一方、日本は……?

八田:2012年6月、政府のIT戦略本部電子行政に関するタスクフォースが、ようやく「電子行政オープンデータ戦略に関する提言」を公表したという段階です。[*35] 基本的な方向性は「政府自ら積極的に公共データを公開すること」「機械判読可能な形式で公開すること」「営利目的、非営利目的を問わず活用を促進すること」「取組可能な公共データから速やかに公開等の具体的な取組に着手し、成果を確実に蓄積していくこと」の4原則なので、これが実現すればずいぶんオープンガバメントは進むんじゃないですか?

津田:まあ、日本では政府主導の施策はこれからだとしても、部分的にはオープンガバメントが進んでいるところもありますしね。独立行政法人の役員公募 [*36] や事業仕分け [*37] や行政事業レビューシート [*38] も始まったし、文部科学省の「放射線モニタリング情報」[*39] は、リアルタイム計測した細かい時系列ごとの放射能データをCSV形式でダウンロードできる。また、福井県鯖江市が市内のAED設置情報や災害時の避難所情報を公開したり、[*40] 福島県会津若松市が公共施設の所在地や毎月の人口をCSV形式で公開したりと、[*41] 地方からのボトムアップも起こってきています。情報公開という意味ではここ数年で日本の状況も変わりつつあるのかな、と思います。

八田:日本では「役人は情報を隠す」みたいなイメージが根強いんだけど、省庁によって情報公開へのスタンスが違うんですよ。たとえば経済産業省は「オープンガバメントラボ」というサイト [*42] を立ち上げたり、専用のツイッターアカウント(@openmeti)まで作って開かれた行政を目指しているけど、財務省はなかなか情報を出したがらない。

津田:財務省が抱えている細かいデータが公開されたら、分析して「日本の財政マジやばい」って指摘する人も必ず出てくるでしょうね。

八田:むしろそういう情報こそ明らかにすべきでしょう。たとえば増税するにしても、事前に税金シミュレーターみたいなものでテストすればいいんですよ。税金を5%上げると年金の額がいくら変わるとかね。しかも単なるシミュレーションじゃなくて、条件やプロセスをすべて公開するんです。そうすると「この数字おかしいじゃねえか」「将来景気が良くなるのを織り込んでないじゃねえか」と、僕たち国民もツッコめるようになる。シミュレーターの出来や使い勝手が悪ければ、民間で作り直せる、くらいでなければダメですよね。

津田:確かに『ウェブで政治を動かす!』でも紹介した地方自治体の予算編成シミュレーター「You Choose」 [*43] みたいなものの増税シミュレーターとかあるといいですよね。個人的には今回、2012年11月に行われた行政刷新会議の事業仕分けでその端緒が示されたと思うんですよ。僕もネットの意見の吸い上げ係として呼んでもらったんですけど、会場にニコ生とツイッターの画面を映した大きなモニターがあって、視聴者のコメントを見ながら議論が進められました。[*44] 可視化された大衆の無意識を熟議に取り入れる――まさに東浩紀さん(@hazuma)が『一般意志2.0』(講談社)[*45] で提案したことが部分的に実現したんですね。[*46] 視聴者から寄せられた質問を僕らが拾って「こういう質問が来てるけどどうなんですか?」と、ネットの意見を集約して一人のバーチャルな「仕分け人」をリアルタイムで構築して、担当の役人たちに投げる。見た目としては、こんな金髪が役人を追求してるわけですけどね(笑)。

八田:それは確かに新しいかもしれない(笑)。

津田:もう一つ象徴的だったのが、仕分け会場に当時の野田佳彦首相が来た時の発言ですね。野田さんは会場には10分くらいしか滞在しなかったのですが、会場の外のぶら下がり会見で「オープンガバメント」と2回発言したんです。[*47]「日本もオープンガバメントを実践していかなければならない」ということを、与党のトップ――総理大臣が明確に言葉にしたのは野田さんが初めてなんじゃないかな。エポックメイキングとまでは言わないけれど、非常に意味のある発言だったと思いますね。

八田:大事なことなので2回言いました、と。[*48]

津田:いやいや、本当に2回言ったらしいんですよ。民主党の政権運営は確かに未熟だったけれど、政権交代をして少なくとも情報公開は進んだ。民主党の岡田克也最高顧問は副総理の退任会見で「事業仕分けは一つのオープンガバメントの具体例の一つ」として評価し、安倍政権にも継続を要望しています。[*49] 日本の状況は少しずつですけど、確実に変わってきている。このまま日本のジャーナリズムも進化すればいいのにと期待する部分もあるし、もちろん自分がやらなければいけないという思いもあります。もし、オープンガバメントが実現したとして、それでも日本ではデータジャーナリズムが盛り上がらないのだとしたら、足りない要素は何になると思いますか。

八田:英国に政府保有データなどの生成・公開・利用を支援する「オープン・ナレッジ・ファンデーション」[*50] というNPOがあって、実は先日、その日本支部「オープン・ナレッジ・ファンデーション・ジャパン」[*51] を国際社会経済研究所の東富彦さん(@TomihikoAzuma)や、国際大学GLOCOMの庄司昌彦さん(@mshouji)たちと一緒に立ち上げたんです。僕らのミッションは日本の政府が持っているデータを出すよう働きかけることなのですが、先ほども言ったように、たとえば経産省なんかはデータを公開したがっているんですよ。ただ、彼らにも不満はあって、せっかくデータを出しても活用してもらえないんじゃないか、と思っている。要するに、日本にはデータを扱える人材が少ないんです。データがないから人材は育たないし、人材がいないからデータを出す甲斐がない――「鶏が先か、卵が先か」みたいな不幸な状況があるんですね。

津田:なるほど。そもそもそれを活用できる人材がいないから、データの出し甲斐がないと。それは自分も含め、メディア関係者には耳の痛い話ですね。従来の報道だと、記者は取材をもとにストーリーを組み立て、記事を書いて結論に導けばよかった。それがデータジャーナリズムだと、データを分析してそこに何らかのパターンを見出す。それを客観的に見やすく提示して、記事を材料に考えさせるというものにしないといけない。

八田:ええ。そういう意味では、今はジャーナリストに求められているスキルセットが変わってきているんだと思います。これまでジャーナリストは文系の仕事だと思われてきたけれど、アナリストとしての役割を担うに至っては、文系の知識だけでは足りなくなってきた。逆に僕らのようなコンピュータや統計を扱っている、いわゆる理系の人間からすると、自分たちが関われる領域が増えた。つまり、これまでジャーナリズムとは無縁に思われていた理系の人間にも、新しいキャリアパスが見えてきた、とも考えられるんですね。[*52] というか、理系・文系という分け方自体がナンセンスになってきていて、理系・文系という境界を超えた知識が必要とされているんです。

津田:仮に僕がデータジャーナリストになろうと思ったら、取材をして原稿が書けるという現状のスキルに加えて、ユーザインターフェース(UI)[*53] やユーザエクスペリエンス(UX)[*54] を理解して、かつ計量経済学や統計学の知識を身につけないといけない。さらに、データベースを扱えて、データ処理ができるようになる必要がある、と。どんなド天才かスーパーマンだよそれって話ですよね……。

八田:極端に言うとそういうことです。欧州の場合は、そういった知識やスキルの習得のためのトレーニングなど支援するような動きがたくさんあって、いわゆる従来型のジャーナリストも新しい技術を覚えるようになってきている。実際、ものすごく難しいことを要求されているわけではありませんから。

津田:僕からするとけっこう高いハードルですけどね……。たとえばデータ処理ができる、ウェブサービスが作れるエンジニアがジャーナリストとしてのノウハウを習得するのと、ジャーナリストがデータの処理やデータベースの知識を習得するのとでは、どちらがデータジャーナリストへの近道だと思いますか? 個人的には、前者のような気がするのですが。

八田:一概には言えないですね。津田さんはジャーナリストに必要なスキルをすでに身につけているからそう思うのかもしれませんが、エンジニアはその知識を持ちあわせていません。社会がどういった問題を抱えているのか、その問題の原因は何なのか、その原因を探るためにはどういったデータが必要になるのか、そのデータがどこにあるのか――ジャーナリストならではの視点や知識をエンジニアが習得しようとすれば、ジャーナリストが新しい技術を学ぶのと同じくらい大変なはずですよ。

津田:一人ですべてをやるのは大変だから、ジャーナリストやエンジニア、デザイナーがそれぞれ必要なスキルを持ち寄って、チームとしてやるという考え方もあります。朝日新聞が11月に発表したプロジェクトチーム「ビリオメディア」[*55] の第一弾企画「総選挙に関するつぶやき調査」[*56] は、そこそこ良くできていますよね。ガーディアンとかニューヨーク・タイムズがやってる最先端のデータジャーナリズムと比較すると見劣りしてしまいますが……。11月22日から11月28日の間につぶやかれた、選挙を話題にした84万件以上のツイートを分析し、どんなキーワードが多かったかをインタラクティブなグラフで表しています。データ分析などは外部に依頼していると思うのですが、こういうものを朝日新聞が選挙前に出したというのはインパクトがあるし、これから日本でもデータジャーナリズムに手を出すメディアが増えそうな気がします。

八田:将来はどうなるかわかりませんが、今はそれがベストでしょうね。ただ、コラボレーションをするにしても、それぞれの最低限の知識が共有されていないと、うまく進みません。いずれにしても、ある程度の知識やスキルが必要なので、トレーニングが必要になる、ということに変わりないと思いますね。

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津田大介
ジャーナリスト/メディア・アクティビスト。1973年生まれ。東京都出身。早稲田大学社会科学部卒。早稲田大学大学院政治学研究科ジャーナリズムコース非常勤講師。一般社団法人インターネットユーザー協会代表理事。J-WAVE『JAM THE WORLD』火曜日ナビゲーター。IT・ネットサービスやネットカルチャー、ネットジャーナリズム、著作権問題、コンテンツビジネス論などを専門分野に執筆活動を行う。ネットニュースメディア「ナタリー」の設立・運営にも携わる。主な著書に『Twitter社会論』(洋泉社)、『未来型サバイバル音楽論』(中央公論新社)など。

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