それでもイエスはその更に『外側』にいる
ただし、これは前回のお手紙にも書かせていただいたことですが、キリスト者の方が遠藤周作の考えを「キリスト教(カトリック)の信仰としては、認めることはできない」と仰ることはある面当然であり、それに対して「頭が固い」とか「狭隘な考え方である」などと言うのはおかしいとも思います。
遠藤周作の「汎神論的な」考えが「常識的」で「真っ当」な、「科学的な」考えかたであり、それを認めないカトリックのほうがおかしいといったような(カトリックの考え方を「旧くて頭が固い」と見下したようなニュアンスを含めた)発言を目にしたことがありますが、それは違うと思うのです。
以前のお手紙にも書かせていただきましたが、信仰者の方には「絶対に譲ることのできない部分」が確実にあるはずです。それは信仰の「外部」にいる人間には全く理解できないことかもしれませんが、それでも、そうした信仰者の方々の「自らの信仰を守り通す態度」は尊重すべきだと思うのです。
それは、「現代の(科学を含めた)『常識』から考えたらおかしい。だからやめろ」という観点から一方的に判断されるべきものではありません。その点は、自戒を込めて強く認識しておく必要があると思います。
この「信仰者の譲れない部分」ということに関して、最後に先日のお手紙にも紹介させていただいた牧師さんの方からのメールをご紹介させていただきたいと思います。前回書かせていただいた文章を、その牧師の方にもお送りしたのです。3年前の対話への、僕からのひとつの「回答」として、是非読んでいただきたかったからです。
個人的に頂戴したメールのため、全文をそのまま転載することはできませんが、その内容を要約させていただきます。そこには、「齋藤宗次郎」というキリスト者に関する文章が書かれていました。宮沢賢治や、日本のキリスト教史に詳しい方なら、ご存知だと思います。
「田口さんは、『雨ニモ負ケズ』の詩のモデルがいたのをご存じでしょうか。
(略)
斉藤宗次郎です(1877~1968年)。斉藤宗次郎は岩手県花巻市に生まれ、地元の小学校教諭となりました。内村鑑三に影響され、23歳でキリスト教に入信しました。小学校で聖書や鑑三の日露非戦論を教え、退職させられました。その後、約20年間、新聞配達業の仕事をしました。10数種類の新聞を配達し、朝3時に起き、雨の日も風の日も、6,7貫(1貫は3.75キロ)もある大風呂敷を背負い、駆け足で配達に回りました。配達や集金の際には、病人を見舞い、道ばたで遊ぶ子供たちに菓子を分けました。相談にも誠実に応えました。
(略)
当初はキリスト教信者だからと石を投げられるなど迫害を受けました。子供達は、「やそ、はげあたま。やそ、はりつけ」とはやしたてました。
(略)
やがて「名物買うなら花巻おこし、新聞とるなら斉藤先生」というまでになりました。次第に人々の信頼を集め、「花巻のトルストイ」と呼ぶ人もいました。配達業をやめて上京する時には、駅に名士や住民200人以上が見送りに駆けつけたといいます。
(略)
宮沢賢治が花巻農学校の教師だった頃交流があり、こんな姿が『雨ニモ負ケズ』のモデルになったといわれています。『雨ニモ負ケズ』の後半部分は、まるでクリスチャンの目指す生き方をよく描写していると思います。
『東ニ病気ノコドモアレバ 行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ 行ッテソノ稲ノ朿ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ 行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバ ツマラナイカラヤメロトイヒ』先日、東京で斉藤宗次郎のシンポジウムがあり、こんな発表がありました。
「賢治は『ミンナニデクノボートヨバレ』と書くように、みんなを巻き込まなければならない精神的弱さがある。それに対し宗次郎は『ミンナニ』と言う必要はない」と述べ、精神的な強さにおいて差があることを示した。」
モデルは詩以上の人です。
田口さんのこれからの成長を楽しみにしています」
以上が牧師さんからいただいたメールの内容です。
以前甲野先生にお送りしたメールにおいて、私が「お伝えしたかったこと」は、この牧師さんには必ず「伝わった」と思います。そしてそれと同時に、私はこのメールから「本当の信仰者・キリスト者」の「誇り」も感じました。
つまりどういうことかといいますと、この「斉藤宗次郎」と「雨ニモ負ケズ」の話を通して、
「ある意味、斉藤宗次郎は、あなたが尊敬している宮沢賢治『以上』の人である。そして、その斉藤宗次郎がその生涯をささげた存在が、イエス・キリストである。すなわち、宮沢賢治も、イエス・キリストの『手の中』に、『内側』にいる。あなたがどれだけ宗教や科学について考え、宮沢賢治の凄さについて考えても、それでも、イエス・キリストはその更に『外側』にいる」
ということを、この文章から私に伝えたかったのではないか、と思うのです。文章にはそのようなことは明言されてはいませんが、私は「そういうこと」だと思っています。
これに気づいたとき、私は本当に感動しました。
これが、以前のお手紙でも書かせていただいた「本当の信仰者」の誇り、そして「本当の信仰者」が決して譲ることができない部分であり、「見当外れな狂信者」や「安易な宗教多元主義者」には絶対に存在しない強さ、迫力であると思うのです。
そして私が惹かれ、これから自分自身で問い続けたいことも、まさにこの「強さ」そのものなのです。
田口慎也
※この記事は甲野善紀メールマガジン「風の先、風の跡――ある武術研究者の日々の気づき」 2011年12月05日,12月19日 Vol.017-018 に掲載された記事を編集・再録したものです。
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