「已むに已まれぬ想い」と共にホスピスの活動に携わる方々
ただし、身近な人間が苦しんでいる姿を目の当たりにしている場合や、自分自身が大病を患って死を切実なものとして感じている際に、「それでも何かできることはないか」という思いを已むに已まれずに持ってしまうのも人間だと思います。
私自身はホスピス医療に反対しているわけではありません。
それは「已むに已まれず」の想いでホスピスの活動を行っている方にお会いし、直接お話を伺ったことがあるためです。東京の山谷で「きぼうのいえ」という在宅型のホスピスを運営されている山本雅基さんという方です。私は2006年の夏、一度だけ、このホスピスを訪れました。そこには、住む家もない日雇い労働者の方々や、末期症状の病気を抱えた方が入居されていました。そうした方々に対して、山本さんは最期を迎えるための居場所、「終の棲み家」を提供するために、在宅型のホスピスを始められたのです。そこでは、多くの「居場所がなかった」人々が、山本さんやスタッフの方に看取られながら旅立っていくそうです。
山本さんは『山谷でホスピス始めました。』というご著書の中で、多くの方々を看取っていくなかで気づかれたことを以下のように書かれています。
「そんななかで、ぼくははっきりとした発見をした。ただ寄り添うことが大事なのだということ。助けが必要だと思っているひとには喜んで協力しよう。でも放っておいてほしいというひとは、せめて憂いのないように環境を整えて、心ゆくまで放っておこう。
愛しにくいひとはいる。それを無理に愛することはできない。でも、死を何度か看取るたびに、どんな人であれ、生きているという事実は、それだけでいとおしいことなのだと、ぼくは思うようになった」(『山谷でホスピス始めました。』)
ここでは、「全てを手の内にいれ、コントロールする」という発想はありません。「最終的には、ただ寄り添うことしかない」という覚悟が書かれています。付言いたしますと、山本さんはクリスチャンの方です。この「寄り添う」という姿勢は、キリスト教の教えと結びついたものであると思います。偉そうなことは何も言えませんが、この「ただ寄り添う」という(おそらく『信仰』と結びついた)想いに支えられたホスピスを経営されている山本さんに、私は畏敬の念を頂きます。
「死」の問題は複雑です。そして人によって「いかに死を引き受けるか」という方法や考えは異なるものであると思います。私自身も「死」というものについて考え抜いたわけでも、実感として何かを掴んでいるわけでも全くありません。それでも、「死は別系列である」「死は人間の手のうちには決して入らない」ということと、「已むに已まれぬ」想いで死を「自らが納得するかたち」で引き受けようとすること。この2つの考え・姿勢を両方抱えたまま、この問題についても考え続けていきたいと思います。
暴走する主義主張と信仰について
最後に、「暴走する人間の主義・主張」について、少しだけ触れさせていただきたいと思います。甲野先生のお手紙に書かれている民族迫害などの「『狂信的』な社会運動」の問題は、ある思想が集団的な運動に結びついた際の危険性の問題であると思います。私は以前、「公」と「私」という観点から宗教について文章を書かせていただきましたが、個人的な「信仰心」のレベルを超えて集団的な運動に発展した場合、信仰や主義・主張は暴走する危険が常に存在します。以前、養老孟司先生が「私は個人的な『信仰心』は信じるが、『宗教団体』は信じない」とどこかで書かれていましたが、まさにこの問題と関わる発言であると思います。『大地の母』に描かれている秋山真之らの暴走も、こうした狂信と集団的な暴走の問題が描かれている部分です。
ただ、この問題に関してはまだ考え始めたばかりの段階であり、正直、「自分の意見」と言えるほど考えつめているわけではありません。ただ、甲野先生が書かれた
「私は私の主張や考えが、私個人は「正しい」というか、「そうあるべきだ」と思う事でも世の中全体の状況を見た時、決してそれを強くは勧められないとの思いも同時に持っていて、それで、まあまあ社会とそれなりの折り合いをつけてきたのです」
ということと関連しますが、キーワードとしては、以前書かせていただいた「閉じない」ということ、信仰を「相対化」し「絶対」を避けること、ある種の「後ろめたさ」を常に持ち続けること、などがあると思います。あくまで「個」のレベルの主義主張や信仰の自由は保障しつつ、「個」の枠を超えた場合の危険性を常に認識し、あくまで信仰の価値を「相対化」させること、あくまで「個」のレベルにとどまらせることが重要であると思います。
浄土真宗の釈徹宗先生が「いわゆる『古くからある』宗教には、必ず『暴走』しないように歯止めをかけるシステムが存在しています。たとえば仏教では、個人的な『神秘体験』の類は全て切り捨てるようになっています。こうしたシステムがなければ、宗教は極めて危険な方向に走り出す危険性があるのです」といったことを書かれていたように記憶していますが、宗教団体であれ、社会運動的な団体であれ、常にこうした「内部から暴走を食い止める装置」を導入し、暴走を防ぐためのシステムを作り上げていくしかないと思っています。
田口慎也

その他の記事
![]() |
「不思議の国」キューバの新型コロナワクチン事情(高城剛) |
![]() |
週刊金融日記 第283号 <ショート戦略を理解する、ダイモンCEOの発言でビットコイン暴落他>(藤沢数希) |
![]() |
カバンには数冊の「読めない本」を入れておこう(名越康文) |
![]() |
ロドリゲス島で出会った希少な「フルーツコウモリ」!(川端裕人) |
![]() |
結婚はむしろコスパサイコー!? ほとんどの若者が理解していない賢い老後の備え方(岩崎夏海) |
![]() |
海外旅行をしなくてもかかる厄介な「社会的時差ぼけ」の話(高城剛) |
![]() |
マイルドヤンキーが「多数派」になる世界(小寺信良) |
![]() |
迷走ソフトバンクのあれやこれやが面倒なことに(やまもといちろう) |
![]() |
古いシステムを変えられない日本の向かう先(高城剛) |
![]() |
参議院議員選挙をデータで眺める(小寺信良) |
![]() |
ソーシャルビジネスが世界を変える――ムハマド・ユヌスが提唱する「利他的な」経済の仕組み(津田大介) |
![]() |
今後20年のカギを握る「団塊の世代」(岩崎夏海) |
![]() |
【第4話】キャンプイン――静かな戦いの始まり(城繁幸) |
![]() |
連合前会長神津里季生さんとの対談を終え参院選を目前に控えて(やまもといちろう) |
![]() |
「一人負け」韓国を叩き過ぎてはいけない(やまもといちろう) |