甲野善紀
@shouseikan

対話・狭霧の彼方に--甲野善紀×田口慎也往復書簡集(6)

人間はどう生きていけばいいのか

武術研究者・甲野善紀氏のメールマガジン「風の先、風の跡――ある武術研究者の日々の気づき」に届いた、若者からの一通のメールによって始まった、哲学と宗教、人生を考える往復書簡。メールマガジン読者の間で話題となった連載をプレタポルテで公開します。

 

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素の素となって人間について論じてみたい

 

【甲野善紀から田口慎也へ】

 

過日は、京都で図らずもかなりの時間、お話しすることが出来て幸いでした。

当初私は前日のうちに帰宅する予定でしたが、私が帰宅を一日延ばしても貴兄と会って話をしたいと思いましたのは、この前に頂いた貴兄の御手紙が人間の生死に踏み込んで考察されており、これを読んでいるうちに、貴兄とは宗教的な事のみではなく、人間が生きている事の意味そのもの、そして、その人間が今回の原発事故をはじめ数々の環境破壊が起こっている現代と、これから先の時代をどう生きていけばいいのか、そうした事を語り合わずにはいられない! という気持ちになったからです。

私は29歳の時、松聲館道場を建て、武術稽古研究会を立ち上げました。そして、「金もない、コネもない、あるのは時間と情熱だけ」というなか、不思議な事に運だけは恵まれ、例えばバス停留所を一つ間違えて降りたという事とか、蜘蛛の糸のように細い縁から思いがけない、私などには分不相応な方と知り合い、そこから予想外の御助力をいただく、といった事が続き、いつの間にか30年以上の年月が流れて、武術の技においても、昔は夢の夢だった事も出来るようになっていたり、さまざまなジャンルの方々が私の主張や動きに関心を示して下さり、私の本を買って読んで下さる方も少なからぬ人数となっております。

そうした得がたい知友の方々(そういう方は社会的知名度の高い方から、まったく無名の田舎の目立たない店の店長であったり、さまざまですが、その存在の貴重さ、かけがえのなさにおいては、私の中で甲乙つけがたい存在です)は、私と、それぞれ共感し合う部分では、本当に貴重で有難く、それ故にかけがえのない存在です。

しかし、そうした方々の中にも、いままで誰一人として、これから私が貴兄と行おうと考えている「本当に様々な前提条件をすべて取っ払って素の素となって人間について論じてみたい」と思った人はありませんでした。それは、一つには相手がそれなりの立場にある方の場合、本当に素となって一切のためらいもなく、私の考えをぶつけてゆくのは失礼に当たりそうだと思った事。年長で社会経験もあり、社会的立場もある方には、やはりどうしても遠慮してしまいますから……。

また、個人的に大変親しい人とは、その親しさを楽しみたいという思いが強く在って、それがどうしても話を本当に突っ込んでいく上で、これまたブレーキとなってしまうのです。(いや、この事は貴兄という人を得て、初めて私の意識に上ってきた事で、この事実には私も「そうだったのか!」と思わず唸ってしまいました)。そして、年下であり私が遠慮なく話せる若い人の中には、私が数十年の間、考えに考えてきた、この「人間は本来どう生きるべきなのか」という事について、宗教や仕事、暮らし方、食物、医療など様々な角度から考察を加えて話すことについて、十二分に対等に話し応えのある人がみつからなかったのです。

貴兄は私にとって、それほど何度も会ったことがあるわけでもなく、格別親しいという訳でもない気がします。しかし、貴兄の存在は私にとって、かつて一度も出会ったことのない、かけがえのない存在であることは確かで、こういう事に気づかせてもらえただけでも本当に感謝しております。つまり、貴兄に出会うまで、私は人間の本質について人と語ろうとしても、いつの間にか無意識のうちにも、いままでの社会通念や常識で、その場を変な雰囲気にしたくない気持ちが働いてしまい、本当に本音で深く突っ込んで論じたいと思う前に、いつの間にかブレーキを踏んでいたのだと思うのです。貴兄とは、そういうブレーキを踏まずに対話出来ることを、本当に有難く思います。

私は19歳の時に、当時東京農大の畜産科の学生として、鶏の孵卵場で孵ったばかりの鶏の雄雛が特大のポリバケツに生きたまま投げ入れられ、足で踏み込まれ、農場内の巨大な穴に棄てられるのを見た時から、現代の効率最優先の畜産、水産、農業に根本的な疑問を持ち、そこから現代の栄養学、さらには医学、そして産業、社会制度などへと、その疑問が拡がって、ずっと考え続けてきました。

そういう点で、私の環境問題への関心は、自分で言うのもどうかと思いますが、筋金入りです。なにしろ、いまだかつてどんな人と話していても「人間はどう生きていけばいいのか」という事において、社会の常識的方法から、およそ一般人ではついていけない生き方まで、その長所と短所を考察し、どうあれば環境にも負担がなく、人間も満足できる社会構造が生み出せるかといった事を、私ほど考えている人間に出会った事がありませんから。

もちろん、農業だったり、食物に関してだったり、その他それぞれの専門分野においては、私より詳しい人は当然数多いでしょう。しかし、具体的に、ある非常に素晴らしい成果が出る方法を見つけた人があったとして、それが即世の中に受け入れられるかと言うと、なかなかそうもいかないのです。

例えば、現代医学では不治といわれた脊髄小脳変性症という難病を、断食や生野菜食で克服し、現在では一日一食50キロカロリーほどの青汁一杯という現代栄養学の常識を遥かに超えた食物摂取で活動されている森美智代女史の実例は、映画にもなりましたが、これだけ常識外の方法は医学関係者はもとより、こうした事に関心と理解のある人々でも、さすがについていくのは大変でしょう。

1日50キロカロリーの野菜汁で人間が日々元気に暮らしてゆけるなら、食料問題、エネルギー問題にも大変なゆとりが出ますし、大体こうした食生活をしていれば、人と争う気持ちや浪費しようという気持ちも無くなるので、ずいぶんと節約も出来るでしょう。しかし、そうなれば消費を煽って成り立っている資本主義社会が立ち行かなくなるでしょうし、いろいろ不都合な人がたくさん出てくるでしょう。

つまり、いままでそれで生活してきた人の立場を危うくするという事は、それがどんなに卓絶した利点をもっていても、なかなか広まってはいかないものです。例えば、この断食・生野菜食にくらべれば遥かに実行しやすいと思われる糖質カットの食事は、糖尿病の人達には劇的な効果を現わすようですが、炭水化物もカットするという食事は医学界でも栄養学界でも大変抵抗が強いようです。この食事を推奨している小池統合クリニックの小池弘人医師は「いままでの経験から、本当にどんな特効薬よりも負担も危険もなく、効果があるんですけれど、根強い反対があるんですね。縄文時代を考えてみれば、炭水化物をほとんど摂れない時期があった筈で、それで人間は元気に生きていた筈なんですけど、受け入れない人は実際に詳しく自分で調べたり実体験をした訳でもないのに、とにかく否定するんですよね……」と嘆かれていました。

また、こうした身体の事とは違いますが、私が以前お話しを伺った溝口鉄工所の溝口龍一氏は(すでに故人となられていますが)現代の日本人では滅多にないことですが、読み書きも学べないような環境に育ちながら、驚くような発明の天才で、数々の省力機械を世に出した方でしたが、この方の功績もなかなか広くは世に認めてもらえなかったようです。たとえば依頼された工作機械を当初の予算よりも遥かに安く単純な構造で作ると、興醒めされたような顔をされ、話がそれっきりになってしまうという事があったそうです。

私はこのエピソードを思い出すと、「ああ、自分も似たような目に遭ってきたなあ」と思います。例えば、柔道の選手に私の技を体験してもらう機会があった時など、その相手の選手が技を掛けてくるところを逆に返したり、組手争いなど、まったく組手争いにならず一方的に私が相手を崩したりしてみせたりすると、関心を持ってもらえる以前に、何か気持ち悪く思われるのか、なんとも納得のいかない表情になって、それ以上の縁になかなか行きません。

つまり、有効であれば、すぐに目を輝かせて「学びたい」と言ってもらえるかというと、そうではないのです。ラグビーやサッカーなどの球技でも、私がそのスポーツの常識にはないような動きで相手を崩したり、逆に崩されないようにすると、その瞬間、私を取り巻いて見ていた、そうした球技関係者の間に気まずい沈黙が流れたりします。とにかく私の話を聞いて共感し、私と初めて出会った後、交流を続けたいと思ってもらえる事は千回あって一回あるかないかぐらいの率です。

つまり、99%以上の人達は、自分も上手くなりたい、選手を上手くしたいと思っているとは思うのですが、ただそこには「俺(その指導者や選手)の顔が立つ状況のなかで」という条件が無意識のうちにも頑強なガードとなって立ちはだかっていて、その指導者や選手が理解出来ず、実演できないものは、その場限りの縁となってしまいます。

このような実例に、いままで数え切れないほど私は遭遇してきました。そして感じた事は、こうした事実を、その専門家との間だけ終わらせてしまわずに、広く社会全体の問題へと拡散させ、ジャンルは違っても似たような事が起こっていることを、多くの人達が考えるようになってもらえば、何かが変わるのではないかと思います。そして、そうした事を論じる場においても、その対論の相手として田口さんは類稀な存在だと思えるのです。

この対論が、この先どういう展開をみせるのか、まるで想像は出来ませんが、想像出来なければ出来ないほど、より多くの分野を巻き込み、より本質的なことを掘り下げていけるのではないかと考えております。この先長い道中になると思いますが、よろしくお願い致します。

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甲野善紀
こうの・よしのり 1949年東京生まれ。武術研究家。武術を通じて「人間にとっての自然」を探求しようと、78年に松聲館道場を起こし、技と術理を研究。99年頃からは武術に限らず、さまざまなスポーツへの応用に成果を得る。介護や楽器演奏、教育などの分野からの関心も高い。著書『剣の精神誌』『古武術からの発想』、共著『身体から革命を起こす』など多数。

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