やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

「歳を取ると政治家が馬鹿に見える」はおそらく事実



 ひまネタというか、情勢調査の合間にいろんな検証を定点的にやっているわけなのですが、日本株や債券に造詣の深い外資系ファンドからの依頼で毎年いろんな質問をコーホート(同じ母集団に質問し続ける)とフレッシュサンプリングで分けて調査設計しております。

 その中の一つに「政治家に対する信頼度」という項目がありまして、詳細は省きますが要するに「貴方は日本の政治家を信頼できますか。10段階でいうと何点ぐらいですか」みたいな内容を聞いておるわけです。これが2002年から16年目に差し掛かって、まあ見事にどんどん低下していっています。どの年代も、例外なし、です。例えば、2002年に満35歳になった群は、2002年には評点平均6.13、中央値5.32であったものが、満50歳を迎えると2016年には平均5.13、中央値4.22へとおのおの1ポイントずつ下落。同じく2002年に満25歳だった人は中央値が6.62から5.84と下落しています。

 一方、フレッシュデータでみていくと20歳代が概ね中央値6.88であることを見ると、若い頃は「政治は良く分からないなりにまあちゃんとやっている」という感覚になるかもしれないのですが、幾つか特徴的に政治への信頼が低い年代というのがあり、それは就職氷河期と団塊の世代であります。他の世代に比べて概ね1.2ポイントほど低くなっているのは、不景気のときに社会に放り出されて辛い暮らしをしているとか、全共闘世代のように半権力闘争が一種のシンボルになっている世代は政治への対抗が大前提となっていて、ここからすべての社会認識のフレームが出来上がっているように感じられます。

 これらのテーマがどこに影響しているのかというと、実際にはビッグファイブと言われる神経経済学モデルと投票行動についての分析を加えた新しい選挙ジャンルがあるわけなんですが、これがまた見事にこの日本の状況を言い当てているのが興味深いところなのです。この神経経済学モデルで培ったものはいまではoceanモデルとして、それこそBREXITやトランプ大統領の大勝利に直結する画期的な選挙戦術となって「化けた」わけですけれども、逆に言えば科学的に投票行動を見たときに、それまではどちらかというと統計学的モデルで検証することが王道であり、オールドガードであったと言えます。以前このメルマガでも書きましたが、古典的な選挙情勢の分析についてはサンプリングを各選挙区に対して行い、この結果を見て「統計的に」その候補がどのくらいの得票を持って当選するのかという先読みをすることで情勢調査として提示していたわけです。あくまで投票結果の先読みですから、主にこれらを担うのはメディアであり、選挙速報をさらに見ながら各政党が風読みをしたり、有権者が投票先を吟味するのに使ってね、というものであり続けました。

 しかしながら、実際に有権者の行動そのものに効く情報提供や行動を促す選挙戦術にまで昇華するとなれば、どうでしょうね。はっきり言えば、ネイト・シルバーさんがアメリカの投票行動の予測でトランプ大統領の躍進を「分かっていたのに外した」のはなぜなのかという検証も進んでいますが、もはやここまで来るとデータはオープンにされなくなり、公的な議論の対象ではなく、個人情報保持と企業秘密に類する世界へと移っていくことになります。それまではメディアやシンクタンクが投票の傾向をしきりに有権者に聞き、そこで出た速報をもとに報道のあり方を考えるというベクトルであるべきが、現在では民主党も共和党もおそらくはいまいるリソースである選挙資金や有権者の動きを政策ごとに見極めて、どうすれば自党の支持者が多く投票所に足を運ぶようになるかや、相手の候補者に投票しようという有権者を投票箱まで辿り着かせないようにするかという方向へシフトしていっています。

 その波は確実に日本にやってきていて、私は先々月からずっと掲載を逡巡していた文春オンラインへの『日本のリベラルの再興は、科学的手法によるべき』というエッセイをどうするか悩んでいるぐらい、いまの日本政治は分岐点にきているのではないかとすら思うのです。というより、日本の場合は「保守VSリベラル」という図式に縛られすぎていて、実際には「親米VS反米」という尺度のほうがより正確に日本政治のあり方を考えることができるはずなのに、現段階ではそういう分析は非主流派にならざるを得ません。

 メディア的にはさんざん憲法改正が大事な議論だと国民を焚き付けても、国民はその投票行動において憲法改正に賛成か反対かなんて誰も興味を持っていないわけですよ。そういう政治産業やメディアの欺瞞が、結果として国民の政治的関心度を低迷させているだけでなく、政治に対する基本的な考え方や価値を毀損しているとすら思います。有権者に政治家が如何に努力しているのかが見えづらければ、有権者も政治家が働いていないから日本は良くならないのではないかと思い込んでしまう原因になるのも分からなくもありません。

 他にもきわどい事例として「反自民へ投票性向の高い人たちは、基本的に社会的に恵まれていない人たちである」という調査結果はかねてからあります。一時期、ネット上での話題として「自民党はB層なる恵まれない層へのアプローチを強化している」という話題はありましたが、これは取りも直さず当時の自民党が自党への支持者層をしっかりと認識していて、野党の支持基盤を崩そうとしてそのような政策課題を掲げることになったことは言うまでもありません。いわゆる「B層」を馬鹿にしているのではなくて、そもそも彼らは生活に満足していれば投票にいかないのです。つまり、不況になると貧民が反自民票を投じに投票所へ行き、景気が良いと飯が食えている人たちは面倒だから投票所にいかないわけです。世の中そんなもんです。分かりきっていることでも、いざ数字にしてみるとメディアはなかなか取り上げたく無さそうにしますし、調査項目自体が不適切だとやらないようになってしまうのです。

 「失業者と高齢者によって反自民票が作られています」と喧伝するとき、世帯年収の低い人達へのバラマキを政策の主眼とするような野党勢力が急伸するのは目に見えています。安倍政権が「全年代型社会保障」と言い始め、それは要するに高齢者対策の福祉予算を段階的に削減しますよという政策合意をまるーく主張しているに過ぎません。だからこそ、野党側は本来はその社会保障の切り下げで本当に苦労するのは失業者と高齢者なのだと反論しなければならないところが、どういう理由か森友問題、加計問題になってしまったことになります。

 政策論争が今回の選挙ではなかなか盛り上がらなかったのは、自民党が出した苦肉の政策パッケージが、なぜかアベノミクスへの信認か否かという過去の話になってしまい、これから起きるであろう社会保障の削減プランの議論をすることができなかったことで、結果として大勝した自民党にフリーハンドを与えてしまった、というのが実態なのではないかと考えます。まあ難しいところなんですが、この辺の総括をしてくれるメディアが出てくることを祈るのみです。

 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.205 昨今の選挙がはらむ問題点を抉りつつ東京選挙区の総括など。自動運転や中国経済の今後についても触れてみる回
2017年10月27日発行号 目次
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【0. 序文】「歳を取ると政治家が馬鹿に見える」はおそらく事実
【1. インシデント1】東京選挙区を総括し、公示前と選挙結果について見比べてみる(前編)
【2. インシデント2】ここ最近の自動運転車関連の話題をアップデート
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A
【4. インシデント3】中国経済と世迷言

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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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