哀れみの情を伴う「差別」
ここで興味深いのは、直がこの教えを本当に信仰出来る者は、ごくごく限られた者だという事をハッキリと自覚している事です。田口さんは「人は『本当に救われた』という確信を得た時、人に伝え、人をも『救う』行動を取らずにはいられなくなる存在でもあるということです」と書かれていましたが、この大本にせよ、禅にせよ、本当に深い信仰というか、悟りを得る者は才能と縁のある者であり、縁のない者は仕方がないし、縁の薄い者は、ある程度のところまで行ければ、それはそれでよしとするしかないという考えがあったように思うのです。(もっとも、大本はある程度であっても「この教えを広く多くの人に伝えなければならない」という使命感のようなものに、多くの人が突き動かされていた事も事実だと思いますが)
いま述べたような「縁と才能のある者にのみ伝えていこう」というこの考え方は、ある面自然な共生関係を生むと私は思います。つまり「差別」という言葉は良くない意味のように捉えられがちですが、ある面自らを尊しとし、他を「差別」する感情は哀れみの感情を伴う場合があり、それはそれで平和な状況を生み出せますし、他に対して卑屈になる事もないでしょう。
例えば、日本は明治維新後、欧化啓蒙主義で日本人である事に何の誇りも持てないような時期があったようです。しかし、江戸時代に、西欧人を南蛮人と言って打ち払うべき対象に考えていた時、お互いにプライドを持ち合って、相手を軽く見るようなところがありながら、実際に相手に接してみて「馬鹿にしていたが、なかなか尊敬できるところもある」という感じで親しみを覚えていくというのは、人としては、むしろ自然な親しくなる道筋ではなかったのでしょうか。
このような事は、江戸時代、日本に時折訪ねてきた“朝鮮通信使”が「日本は文化の遅れた野蛮な国であり、それを啓蒙する」というプライドを持って訪ねてきていたのが、日本に滞在するうちに、日本人の向学心や自分達を心からもてなす様子に、次第に心が開かれ親しみを持つようになった事とも共通するように思います。
ですから、キリスト教には深い信仰心から生じる「他の人々に福音を伝え、教化せずにはいられない」という心情がある一方で、仏教や神道など東洋の宗教において、その教えに深く帰依し、これによって見性するといいますか、心中に悟るところがあった場合、これを他人に伝えようという思いは当然あるものの、誰にでも伝えるというより、この教えを理解出来る才能のある者に伝えたいという傾向があるのではないでしょうか。「路に剣客に会わば須らく剣を呈すべし、詩人に会わずんば詩を献ずる事なかれ」という古人の言葉を禅門で好んで使うのは、そうした事情を物語っていると思います。
特に禅は、開悟し、師の法灯を継ぐようになった者は、多くの弟子を求めるより、一人でも二人でも、その法を次の時代へと伝え得る確かな後継者を育てる事を重要視しているようです。その辺りが、禅が浄土真宗などと大きく違うところであり(江戸時代の臨済禅中興の祖といわれた白隠禅師には民衆にも教えを広めようという傾向もあったようですが)、それだけに浄土真宗の開祖である親鸞が、一説に「親鸞はひそかに漢訳のマタイ伝を読んだのではないか?」という奇説が囁かれているほどに、キリスト教と似た部分があるのではないでしょうか。

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