平川克美×小田嶋隆「復路の哲学」対談 第2回

競争社会が生み出した「ガキとジジイしかいない国」

仲裁役としての大人

187A1543sm平川:そうやって「大人」を駆逐して、「ガキ」と「ジジイ」しかいない社会を作ってきた結果いま何が起こっているか。ひとつは、「責任を取る人」が誰もいなくなった、ということだと思うんです。政治もそうだけど、世の中のニュースを観ていると、とにかく平気でとんでもない嘘をついて、その責任を取らない人が増えているじゃないですか。それは結局、この社会から「大人」がいなくなったことによって引き起こされた問題だと思うんです。

小田嶋:「大人」というのは、子供同士の諍いを収める「仲裁者」として機能していたんですよね。議論が起きたとき、双方の話を聞いて「お前の言いたいことはわかるけど、とりあえずここは俺に任せてくれ」「ここは俺の顔を立てて引っ込んでおいてくれ」っていうのが、大人の役割なんだと思います。

平川:そうですね。昔から嘘つきとか、無責任きわまりないやつというのはいたんだけど、そういうのを全部ひっくるめて「俺の責任だ」と引き受ける大人がいて、なんとかまるく収まっていた。今、そういう機能が社会から失われつつあるんだと思います。

小田嶋:そういう「それぞれの言い分はわかるけど、ここは俺の顔を立てて、刃を引っ込めてくれ」というような仲裁を成立させるには、論理とか、損得勘定ではうまくいかない。

平川:うまくいかないんだよね。いくら公平に裁定しようとしても、それは結局、勝ち負けがついちゃいますからね。「顔」とか「貫禄」で収めることではじめて、しこりやわだかまりを残さずに諍いを丸く収めることができるんです。

落語で言えば「ご隠居さん」の位置づけですよ。夫婦喧嘩でもなんでも、とにかくご隠居さんに聞きに行って仲裁してもらう、というのが落語のひとつの話型だからね。

小田嶋:ご隠居さんって、ロジックのレベルではあんまりたいしたこと言わないんですよね。

平川:そうそう。どちらにも言い分はあるだろうけど、「ここは俺の顔を立てて、言い合いはやめておけ」とその場を収めるのがご隠居さんの役割だからね。顔を立ててって、なんだよってことですが、そういう役割を担える“大人”がいなくなったことは、社会に取っては大きな損失ですよね。

1 2 3 4 5

その他の記事

仮想通貨(暗号資産)相場は何度でもバブり、何度でも弾ける(やまもといちろう)
「意識高い系」が「ホンモノ」に脱皮するために必要なこと(名越康文)
悪い習慣を変えるための5つのコツ(名越康文)
「デトックス元年」第二ステージに突入です!(高城剛)
ファッショントレンドの雄「コレット」が終わる理由(高城剛)
ブラック企業と奴隷根性(岩崎夏海)
VRとは「マジック」と見つけたり(西田宗千佳)
天然の「巨大癒し装置」スリランカで今年もトレーニング・シーズン開始(高城剛)
孤独と自由との間で、私たちは生きている(西條剛央)
「イクメン」が気持ち悪い理由(岩崎夏海)
「ウクライナの次に見捨てられる」恐怖から見る日米同盟の今後(やまもといちろう)
カタルーニャ独立問題について(高城剛)
今週の動画「陰の影抜」(甲野善紀)
乙武洋匡さんの問題が投げかけたもの(やまもといちろう)
名称だけのオーガニック食材があふれる不思議(高城剛)

ページのトップへ