仲裁役としての大人
平川:そうやって「大人」を駆逐して、「ガキ」と「ジジイ」しかいない社会を作ってきた結果いま何が起こっているか。ひとつは、「責任を取る人」が誰もいなくなった、ということだと思うんです。政治もそうだけど、世の中のニュースを観ていると、とにかく平気でとんでもない嘘をついて、その責任を取らない人が増えているじゃないですか。それは結局、この社会から「大人」がいなくなったことによって引き起こされた問題だと思うんです。
小田嶋:「大人」というのは、子供同士の諍いを収める「仲裁者」として機能していたんですよね。議論が起きたとき、双方の話を聞いて「お前の言いたいことはわかるけど、とりあえずここは俺に任せてくれ」「ここは俺の顔を立てて引っ込んでおいてくれ」っていうのが、大人の役割なんだと思います。
平川:そうですね。昔から嘘つきとか、無責任きわまりないやつというのはいたんだけど、そういうのを全部ひっくるめて「俺の責任だ」と引き受ける大人がいて、なんとかまるく収まっていた。今、そういう機能が社会から失われつつあるんだと思います。
小田嶋:そういう「それぞれの言い分はわかるけど、ここは俺の顔を立てて、刃を引っ込めてくれ」というような仲裁を成立させるには、論理とか、損得勘定ではうまくいかない。
平川:うまくいかないんだよね。いくら公平に裁定しようとしても、それは結局、勝ち負けがついちゃいますからね。「顔」とか「貫禄」で収めることではじめて、しこりやわだかまりを残さずに諍いを丸く収めることができるんです。
落語で言えば「ご隠居さん」の位置づけですよ。夫婦喧嘩でもなんでも、とにかくご隠居さんに聞きに行って仲裁してもらう、というのが落語のひとつの話型だからね。
小田嶋:ご隠居さんって、ロジックのレベルではあんまりたいしたこと言わないんですよね。
平川:そうそう。どちらにも言い分はあるだろうけど、「ここは俺の顔を立てて、言い合いはやめておけ」とその場を収めるのがご隠居さんの役割だからね。顔を立ててって、なんだよってことですが、そういう役割を担える“大人”がいなくなったことは、社会に取っては大きな損失ですよね。
その他の記事
|
技術はなんのために使うべきなのか(西田宗千佳) |
|
連合前会長神津里季生さんとの対談を終え参院選を目前に控えて(やまもといちろう) |
|
どんなに撮影が下手な人でも人を美しく撮れる黄昏どきの話(高城剛) |
|
「天才はなぜチビなのか」を考えてみる(名越康文) |
|
人生に一発逆転はない–心の洗濯のススメ(名越康文) |
|
企業のトップストーリーについて思うこと(やまもといちろう) |
|
“今、見えているもの”が信じられなくなる話(本田雅一) |
|
コロナワクチン関連報道に見る、日本のテレビマスコミの罪深さ(やまもといちろう) |
|
参政党「梅村みずほVS豊田真由子」紛争勃発が面白すぎる件について(やまもといちろう) |
|
歩き方の上手い下手が人生を変える(岩崎夏海) |
|
「分からなさ」が与えてくれる力(北川貴英) |
|
土建国家の打算に翻弄される南アルプスの美しい山並(高城剛) |
|
「対面力」こそAIにできない最後の人の役割(高城剛) |
|
なぜ僕は自分の作品が「嫌」になるのか–新作『LAST KNIGHTS / ラスト・ナイツ』近日公開・紀里谷和明が語る作品論(紀里谷和明) |
|
メディアの死、死とメディア(その3/全3回)(内田樹) |










