小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ」より

インタラクションデザイン時代の到来ーー Appleの新製品にみる「オレンジよりオレンジ味」の革命

小寺信良&西田宗千佳メールマガジン「金曜ランチビュッフェ」2015年3月13日 Vol.026 <ボーダーレスの世界号>より

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1990年代末に、コカコーラが「ファンタ」に採用した傑作コピーに「オレンジよりオレンジ味」がある。今も使われることがあるので、みなさんもご存じのはず。

私はこのコピー、本当に秀逸だと思っている。生活と商品に関する本質が隠れているからだ。

とはいえ、別にこのコラムでジュースの話をしたいわけでも「本物の味とは」みたいな話をしたいわけでもない。このコピーが示すことそのものが、IT機器にとって重要なものになってきている……と感じるからだ。

3月10日、Apple Watchと新MacBookが発表になった。各メディアでインプレッション記事が出ているし、私もいくつかのメディアに寄稿したので、詳細はそちらに譲る。実は、昨年9月のApple Watch発表以降、「見えにくいが重要」と思っている要素があり、それが本格的に入ってきたことが、きわめて重要な変化だと考えている。

それは「触感」のフィードバックだ。Apple WatchにもMacBookにも、「タップ」と「プレス」を使い分ける要素が用意されている。プレスは長押しではなく、文字通り「押す」感じ。タップが「触れる」「触る」感じであるのに対し、もう少し意思をもった操作が「プレス」だ。

現在の静電容量式タッチセンサーは「硬い」「なめらか」であることが特徴で、それがここまでの快適さの元だったが、感圧式のように「押し込む」構造でないため、操作の確実さへの認知が弱い。たとえば、高齢者はスマホが苦手だというが、理由は「触ったかそうでないかがよくわからない」から、という人がとても多い。慣れていないこと、指先の細かい動きが鈍くなっていることが理由だ。「物理キーボードの方が入力しやすい」「ゲームパッドの方がいい」と言われるのも、根本的には、「タッチ」だけでは体へのフィードバックが不足しているからである。

だが、アップルは新製品で「プレス」を持ち込んだ。まだまだ使える範囲は狭いが、これはかなり面白いことだ。実際、硬いはずのガラス面で「押し込んだ」感じがするのである。実際の感知は、押し込んだという「垂直の動き」ではなく、センサーに触れている皮膚の面積(指を押しつけると、タッチよりは広い面積が当たる)や触れている時間の違いで「タッチ」と「プレス」の判別をしている。

では「押し込んだ」感はどうやって再現しているのか? 実は、振動を指に与えることで、感覚の側を「押し込んだ」と思わせているのである。

これこそ、「オレンジよりオレンジ味」だ。

ファンタにはオレンジ果汁はほとんど入ってない。オレンジの味は複数の素材の組み合わせで再現できて、「オレンジと同じ味でないのに、オレンジ味のものを飲んでいる」と人間を認識させることで成り立っている。これはニセモノを与えている、という意味ではない。味の演出によって「オレンジジュースとしてのファンタ」という別のものを作ってしまったのだ。いまや人は、100%のフレッシュジュースと、オレンジ味のジュースを別物として、それぞれ受け入れるようになっている。

感触についても、技術の進展により「別のものの組み合わせ」で似せることが可能になってきており、それがアップルの決断に結びつく。インタラクション系を研究している人々の間では「次は触感」というキーワードは聞くことが多く、つながりが深い。現在は「プレス」の代替だが、もし次のiPhoneやiPadに搭載されたとしたらどうだろう? ソフトウエアキーボードのボタンに「押した感じ」が付け加わることになれば、入力効率は劇的に変わる。もちろん、本物の物理キーボードにはかなわないだろう。質感のいいキーボードは「絞りたてのフレッシュジュース」のようなもので、すばらしいものだ。一方で、「違うもの」として「日常的に飲む無果汁のジュース」のように、安価で気軽でそれなりの満足感が得られるようになれば、それはそれでうれしいことだ。

Androidでは、ソフトキーボードのタッチ時に振動を伝えることで入力のフィードバックを実現しているものもある。だが、振動のレベルが画一的で、「触感の代替」にはならなかった。iOSでは逆にこれまで、振動のコントロールが難しく、Androidに出来ているようなことも難しかったという。しかし、Apple Watchから導入された「Taptic Engine」は、振動コントロールをずっと微細なものにすることで、触感の代替を実現したようである。

いままで、IT機器のインターフェースは「見ること」「聞くこと」、特に見る方に偏りがあった。しかし、人間とのつながりがより密になっていくなら、視覚以外を活用する必要が出てくる。その際、「プレス」の例のように、他の感覚で似た感触を再現したり、表現を変えてより効果的にしたり、というアプローチは重要になるだろう。

BMWのプラグインハイブリッド車「i8」には、非常に面白い特質がある。

・BMW i8
http://www.bmw.co.jp/jp/ja/newvehicles/i/i8/2013/showroom/index.html

i8はハイブリッド車なので、エンジンは小さい。三気筒1500cc程度だ。しかし、車内に響くエンジン音は力強く、心地いい、という。秘密は同社が最近導入している「アクティブ・サウンド・システム」にある。エンジン音を車内の「スピーカー」から響かせてしまうのだ。

「なんだよニセの音か!」

そう思うかも知れない。

でも、デジカメのシャッター音も、現在似たような状況にあるのは、ご存じだろうか。カメラメーカーの作った音を「再生」しているのだ。

人が心地よいと思う環境を作り、耳からの刺激を「心地よさ」「操作の確実性」の両方に生かすのが、この種のサウンドシステムの価値である。人との仲立ちのためにあえて模倣した感覚を与える……というやり方が、今後、コンピュータを組み込んだシステムでは広がっていくのではないだろうか。それこそ、「インターフェースデザイン」であり、「インタラクションデザイン」だ。

小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ

2015年3月13日 Vol.026 <ボーダーレスの世界号>目次
今週の目次

01 論壇(小寺)
中学生のネットジャーナリズム問題を考える
02 余談(西田)
「オレンジよりオレンジ味」のインタラクション
03 対談(小寺)
PRONEWSが淘汰されないわけ(3)
04 過去記事アーカイブズ(小寺)
テレビ局の圧力で自動CM飛ばし機能がなくなる!?
05 ニュースクリップ(小寺・西田)
06 今週のおたより(小寺・西田)

12コラムニスト小寺信良と、ジャーナリスト西田宗千佳がお送りする、業界俯瞰型メールマガジン。 家電、ガジェット、通信、放送、映像、オーディオ、IT教育など、2人が興味関心のおもむくまま縦横無尽に駆け巡り、「普通そんなこと知らないよね」という情報をお届けします。毎週金曜日12時丁度にお届け。1週ごとにメインパーソナリティを交代。

 

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筆者:西田宗千佳

フリージャーナリスト。1971年福井県出身。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。取材・解説記事を中心に、主要新聞・ウェブ媒体などに寄稿する他、年数冊のペースで書籍も執筆。テレビ番組の監修なども手がける。

 

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