イギリスの経済メディア『フィナンシャル・タイムズ』(以下、FTと呼ぶ)が、日経新聞に買収され、世界中が大騒ぎになっている。
日本語のメディアしか観ない人には「日経に」という部分が大きなキーワードだろうが、世界のほとんどの人にとっては「FTが」という点が一番気になる点になっている。それくらい、世界に影響力のあるメディアである。残念ながら、日経は「日本の経済ニュースを読む」という点においてはその重要度は上がってくるが、世界的には基本的にそれ以上の価値はない。
だからこそ、世界の人たちの目には「“あの”FTが、アジアの“よく知らない”メディアに買収された」と映っている。その事態の重大さにおいて、麻生財務大臣や甘利・内閣特命大臣が、たとえ記者からの質問に答える形だからといって、そしていくらそれが「私的な」意見だったとしても、単純に「喜ばしい」的なことを言うのはあまりにも単純すぎる。そこのところが、日本の政治家の政治感覚の鈍さでもある。
今回、このテーマをこの「ぶんぶくちゃいな」で取り上げるのは、中国にとってもFTというメディアが非常に重要な存在だからだ。中国メディアはどう報道しているのか、そして中国のFT読者たちはどう見ているのか。加えて、いまだに世界中が納得できていない、この不思議な買収劇について私見を提供したい。
FTは中国語で意見を発信している
中国には「FT」の中国語サイトがある(http://www.ftchinese.com )。ここでは中国と直接関わりのあるFT記事のほか、世界経済についてのFT英語版の論評が翻訳されて掲載されている。翻訳はときどき、「ん?」と思うようなところもあるが、非常に質が良いほうだといえる。英語版FTは有料課金制なので、個人的にはこちらで無料で中国語版を読めるのは非常にありがたい。
それを読むだけでよくわかる。FT英語版の記事は非常に辛辣である。そこでは経済が記事テーマの中心だが、経済に影響を及ぼす社会問題や事件についても詳細な分析や評論が行われる。わたしが特に「FT、すごい」と印象に残ったのは、イギリス政府の中国政府への歩み寄りに対する激しい論評の波だった。
2013年12月初め、キャメロン英首相がイギリス財界人100人あまりを連れて訪中した。実は同首相、その1年半ほど前にチベット仏教徒の精神的リーダー、ダライ・ラマと公式に会談し、ダライ・ラマを「中国の領土であるチベット分裂を煽る張本人」と主張する中国政府に猛批判され、その後ずっとカヤの外に置かれてしまっていたのだ。
お陰でイギリス企業も中国入りに足かせをはめられ、さまざまな場から外される始末。経済界に泣きつかれ、また西側経済がパッとしない中、まだまだ市場と投資が見込まれる中国との関係修復を画策してやっとのことで「許された訪中」だった。
そこでキャメロン英首相は中国にさんざん愛想を振りまいた。ちょうどその10日ほど前に、中国が突然自国の防空識別圏を発表し、「この圏内を事前に許可を撮らずに飛ぶ航空機は撃ち落とす」という物騒な発言をした。その識別圏の中に日本が領空とみなす範囲も含まれ、また日本など隣国にとっては航空機運営に欠かせない地区だったために大騒ぎになった。
実のところ防空識別圏はどの国にもある。だが、「その圏内を飛行する飛行機は事前に許可をとらなければならない」とする国際的な認識はなかった。そのために、多くの民間飛行機を抱える欧米でも中国のこの発表は問題視された。
その直後の西側国家政府トップの訪中だっただけに、キャメロン英首相の動向は世界的に注目された…が、同首相は訪中中、一言もその問題に触れなかったのである。FTは激しくその態度を批判、政治問題を次々と回避して訪中日程を進める同首相を「土下座外交」とまで叱責したのである。
その論調は激しかった。そしてFTだけではなく、英紙『ガーディアン』も激しく低空姿勢の訪中態度を批判した。それを読んだだけで、イギリスのメディアと政府の関係がよくわかった。
もちろん、中国人読者はそれを読んでいる。コメント欄には「とうとうイギリスが屈した」的な書き込みもあったが、記事は厳しく「なぜ、イギリス政府が中国の行動を批判しなければならないのか」ということがきちんと論理的に書かれており、記事を読んだ中国人読者は「屈したイギリス」に溜飲を下すよりも、自身の思考の転換を図られたはずだった。
それでも読者が離れていかない。これがFT中国語版の強みである。
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