研修医のキャリアデザインにおけるターニングポイント
津田:この本で書かれていますが、新人医師が最初に悩むのは研修医時代。いろいろな診療科を見てまわるけれども、何がいいのか、どこの科に行けばいいのかわからずに悩むという。勉強ができたから医学部に入ったような人は、その段階で目的みたいなものを見失っちゃうかもしれない。
オバタ:勉強ばかりしていた子が多いですからね。
津田:研修医の当直については、確かに救急の患者がきたら大変だろうけれども、暇なところだったら寝ていたら終わるのかなと思っていたところがありました。けれども、当直がかなり、医者をすり減らしているようですね。
中村:研修医のときの当直っていうのは、大変であり、いちばん勉強できるところでもあるんですよね。大きい病院だったら診療科ごとに1人体制になる。要は研修医の身で、その1人もしくは2人くらいの体制で当直帯を任せられて、どんな患者が来るかわからないっていう恐怖ですね。救急車の音でビビっちゃう方もいます。
津田:そこでうまく対応できればいいけれども、できなくなって患者さんの命がなくなったりとかしたら、やっぱりその事自体でメンタルに影響する部分もあるでしょうしね。
中村:『ブラックジャックによろしく』というマンガで、当直で焦る研修医がうまく描かれていました。これは今も変わっていないですね。
津田:そういった研修医時代を経て、医師が自分の将来を考えるときに、みなさんたぶん今より良い環境を求めて転職をされると思うんです。医局での昇進とか開業とか、さまざまな道筋があるなかで、多くの人が目標にしているゴールのようなものは、どういうところにあるんでしょうね。
中村:通過点での目標でいうと、専門医の取得ですね。医師免許取得後5年目から10年目くらいの間に、何かしらの専門医の取得を取る人が多い。その診療科の、一人前の医師かどうかを判断する一つの証明です。
津田:医師にとっての1つのステータスみたいなものでもあるわけですね。ちなみに、お医者さんの中で複数の専門医資格をもっている人もいるんですか。
中村:そうですね。ちょっと乱暴な分け方ですが、診療科にはメジャー科とマイナー科があります。
津田:外科、内科のようなものがメジャー。
中村:マイナー科というのは皮膚科や眼科といったもので、このマイナー科に関しては1つの資格である程度済んでしまう。皮膚科なら皮膚科の専門医、眼科だったら眼科の専門医。一方、メジャー科の内科や外科には、一般内科や一般外科などがあるんですけど、そこから枝分かれしていくんです。例えば、外科なら内視鏡の専門医とか、消化器病の専門医、もっというと胸部外科の専門医というように細かく枝分かれしていく。必ず取らないといけないかというと、それは診療科によって違うんですけれども、メジャー科の先生は結構取りますね。自分の専門に付随するような資格を。
津田:医師全体でいうと、専門医の取得率はどれくらいになるんですか?
中村:臨床している先生だったら8~9割。
津田:この専門医を取るためには、もちろん勉強と経験が必要なので、それをだいたい30~35歳くらいまでにやらなきゃいけない。
中村:そうですね。だから女性医師にしても、そこまでは何とか頑張る。
津田:専門医を取ったら、結婚や出産も考えるんですね。
中村:専門医を取るまで続けられなかったら、ちょっと中途半端な医師になってしまう可能性があります。
津田:例えば、28歳で結婚して子どもができたので出産しますっていうと、専門医は取れない。さらに子育てしながらだと非常勤でアルバイトするしかないとか、非常に難しさがありますね。
地方医療と医師不足
津田:10年くらい前から、盛んに医療崩壊といわれています。産科に関してはある程度改善されてきたという話でしたが、地域医療やTPPの問題も含めた全体で見たときに、いま医療業界の全体としてはどういう課題があると思いますか?
中村:いろんな問題がありますが、やっぱり医師不足ですね。
津田:東北にまた医学部1個つくろうなんて話もありましたね。
中村:医師不足っていうのは、医療問題の中でいちばんウエートを占めていると思います。もっと具体的にいえば、診療科の偏在、および地域の医師の偏在ですね。
津田:やっぱり僻地になればなるほどお医者さんは集まらない?
中村:基本的にはそうですね。
津田:でも、それこそ埼玉とか千葉の話を伺っていると、地方に良い病院があったら、都市部の病院よりも医療レベルが高くて医師が集まるなんてことも結構ピンポイントであったりもしますよね。
中村:あります。
津田:それは経営がうまいとか、カリスマ的な医師がいてみたいなことなんですか。
中村:教育レベル、体制ができているかどうかですね。25~35歳くらいの若手医師は、医学部卒業後どこの研修病院で受けるかということで、その後の居住地がある程度決まってくるんです。そのときに、地方であっても教育レベルがきちんとしていて専門医まで取ることができて、一人前になれるような教育体制がその病院にあれば、そこに残ります。僻地の病院でそういう教育体制がみんなとれるかというと、やはりなかなか難しいのですが。北海道でも、医師の偏在はすごいです。北海道大と札幌医大と旭川医大の3つの医大が北海道にあるのですが、そのうち2つが札幌市内にあります。だから北海道の医師の5割が札幌に住んでいる。つまり札幌には医師不足問題はありません。でも他の地域はもう全然足りていない、という状態です。
津田:民間病院でいうと、ちょっと話がズレるかもしれないですけど、猪瀬さんへの献金でだいぶ話題になった徳洲会。この徳洲会は民間の病院としては大成功しているところで、いろんなところに病院をつくっていて、それが実は地域医療を支えている部分もあるという話があります。徳洲会というのは、先ほど話していた教育体制でいうとどういう位置づけなんですかね。
中村:徳洲会は、徳田虎雄先生が大阪で設立して、西日本中心だったんですよね。大阪はじめ九州といったところの徳洲会には歴史もありますし、それなりに医師が集まる病院も多いんです。けれども、最近新しい病院をけっこうつくられていて。
津田:どんどんつくっていますよね。
中村:ええ。そういうところで、それこそさっきいった教育体制がみんな保たれているかというと、ちょっと厳しいところはある。
津田:病院を新設することによって地域医療を支えているところはあるけれども、しかし全体の質を保つのは難しいというわけですね。
中村:全国に病院をつくりたいという徳洲会の考えもたぶんあるとは思うんですが、けっこう誘致も多いんですよね。徳田虎雄さんは熱い方なので、じゃあやろうと。ただそうはいっても簡単に医師は集まらない。きちんと医師が集まって協力体制ができているところと、まだそこまでではないというところがあると思いますね。
医局を大切にしすぎている東北
津田:中村さんが医師や医学生から受けるキャリア相談はほとんどボランティアということですが、普段やられている仕事にはどういうものが多いんですか。
中村:メインの仕事は転職支援なので、ホームページなどで求職者の先生を募っていて、そこから相談が入ります。
津田:お医者さん個人からももちろん依頼があるし、病院、医師が欲しい病院からもあるわけですよね。
中村:そうですね、それをマッチングするのがメインの仕事です。医師の登録があったら、その希望に見合ったあちこちの病院などに電話をしたりして。
津田:そうなるとクライアントは日本全国の医者から病院まで、たぶん全国の病院をまわられていると思うんですけど、印象に残るような地域はありましたか。
中村:福岡ですね。福岡には大学医学部が4つあるので医師が多い。先生が多いということはそれだけ求職希望も多くて、病院の求人を見つけるのが大変なんです。
津田:そうすると、そもそも求人を探すのが大変だからそこでネットワークみたいなものが重要になっているということですね。九大は、久山町研究で生活習慣病の疫学調査もして、地域医療という意味でも根ざしてやっていますよね。そういう強さがやっぱあるんですね。逆に、ここはちょっと今後厳しいかもなあっていう都道府県や地域はありますか。
中村:住民意識や県とかの意識が変わらないといけないんじゃないかと思うのは、東北ですね。
津田:そうなんですか。
中村:東北は医師不足がすごいんですけれども。
津田:これは、震災の影響とか関係なしにですか。
中村:あまり関係ないですね。やっぱりその、医局を大切にしすぎているというか。医局に嫌われたら終わり、みたいのがあるので。
津田:それはやっぱり、東北大がすごく強いっていう。宮城県以外にもほとんど国公立大学がありますしね。
中村:そうですね。岩手だけ私立ですが、弘前とか秋田とかいった国立大学の医局、もしくは東北大学が強すぎて。外部の人間がなかなか溶け込めないという例も実際にあるんですよ。
津田:よくいわれている話ですけれど、3.11であれだけの被害、災害があった中で、大きな混乱もなく乗り越えることができたのは、ローカルコミュニティの結びつきが強かったからだと。それは医局の強さにも通じているだろうし、ときにはそういう危機に対して力を発揮するのだけれども、閉鎖的にもなってしまうっていう面もある、と。
中村:あとは公立病院やJAとか強いんですよね。オープンじゃない風土があるので、求人すら来ないっていう。
津田:うーん、よくわかりますね。そもそも東北のなかでみんな医局中心に回しているから、外部の人員が入ってこないので、そこは刺激にならない部分もあるのかもしれないですね。
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