津田大介
@tsuda

津田大介のメルマガ『メディアの現場』より

医師専任キャリアコンサルタントが語る「なぜ悩めるドクターが増えているのか?」

医療制度改革が生み出した医師の労働環境の変化


津田:医師のキャリアでいうと、2004年までは「最初の研修は医局」っていう人が主流で、ほとんどそれしか選択肢がなかったと思います。それが2004年の新医師臨床研修制度を境にどんどん変わってきたっていうことだと思うんですけど。この2004年の制度改革について簡単に説明してもらえますか。

中村:制度改革前の2004年までは、自分が行きたい科目を希望したら、医師免許取得後はその専門科の研修にそのまま行く、いわゆるストレート研修だったんです。つまり深掘りして専門性を高めていくという研修です。その弊害として、臓器別にしか診られない医師が増えてしまったんです。

津田:腎臓にはすごい詳しいけど、合併症起こしているときには対応できなくなってくるっていうことですね。

中村:一方で、高齢者が増えてきて、合併症もすごく増えている中で、医師不足の病院では1人の医師が1人の患者を全体的に診ないと成り立たなくなってきたんです。

津田:医師のゼネラリストみたいなもののニーズが、高まってきたっていうことですね。

中村:そうです。総合的な医療を2年間学んだあとで専門特化していくことで、その後のキャリアにおいてどんな科目に進んでも、ある程度全体を診ることができるようにするために導入したのが、2004年の新医師臨床研修制度なんです。

津田:つまり医師の研修プログラムを変えることによって、医師としての基礎体力みたいなものを身につけられるようになったんですね。

中村:あと、閉鎖的な大学医局をもっとオープンにしようという側面もありました。研修病院を大学だけでなくて市中病院に大きく広げたんです。

津田:これは厚生労働省が主導してそれをやったってことなんですね。この制度改革は良い面と悪い面、両方あるので難しい評価でもあるんですが、医療業界にとってどんなインパクトがあったんでしょうか。

中村:いろいろな病院で研修を受けられるようになったことで、医局離れが進みました。2004年以前は、大学病院で研修を受ける人が7割以上いたんですけども、それが4割くらいになった。それだけ医局からみんな離れていったんですね。それで何が起こったかというと、医局の力が落ちてきて、要は医局に入る人が減った。最終的には地方の病院に派遣している医局員を引き剥がすことにつながり、結果、地方病院の人が足りなくなりました。

津田:今までは「お前この地方の病院に行け」といった医局の命令を拒否することもできず、多くの人が派遣先の病院に行っていたのが、医局の力が弱まってそれができなくなってきた結果、地方の医療状況に悪影響が出てきた、と。

中村:そうですね。それで、医局の崩壊とか地域医療の崩壊というのが、盛んに騒がれ始めました。

津田:なるほどね。オバタさんは、この本の編集に携わって、医療業界の変化という点でどういうところが新鮮な驚きでしたか。

オバタ:細かいところだと、産科って大変というイメージがありますよね。

津田:産科・小児科ってね、ずっといわれましたよね。

オバタ:今はそうでもない、とかね。

津田:大きな病院に医師を集約することで効率化を図ったという。もちろん厳しいしハードワークではあるけれども、一時期の状況よりかはもう少し改善はしているということなんですね。

オバタ:あとは、医師の給料について。30歳くらいでぐわっと上がる。急にお金が入っちゃうから金銭感覚がおかしくなって、私生活が崩れる人が多いっていう話も「へえー」と思いました。

津田:そういう話でいうと、僕がこの本で面白かったのは奥さんのタイプ。男性医師の場合、ちょうどお金が入ってきたときに、女性医師か看護師か、一般女性と結婚する。女性医師と看護師は業界のこともお互いわかっているし、目的意識も共有できるからあんまりひどいことにならないんだけど、一般女性と結婚するとけっこう大変なことになりがちという話が、生々しくて面白いと思いました(笑)。

オバタ:相手の実家が高確率でお金もち。どこぞの社長のご令嬢だったりするものね。

津田:お医者様の奥様狙いのお嬢様とお見合いで結婚、というパターンが多いってことでしょうか。

中村:おそらく一般女性と結婚する医師も、そういう世界が嫌いじゃないんですよね。お嬢様学校を出た、本当のお嬢さんだっていうのが、結婚相手のイメージとして合う男性医師は少なくない。

津田:でもそこから先の現実は、この本にも書かれていますが、年収1500万円は大金ではあるけど、浪費家の奥様がいるとそんなに多くないよね、という。

オバタ:子どもの進学に熱心な人も多いので、幼稚園や小学校からブランド私立となると、もうどんどんお金がなくなっちゃう。

津田:そうなると中村さんの出番で、「こんなはずじゃなかった、実はお金が足りない」「もっと給料もらえる病院を紹介してくれないか」っていう相談がくるっていうことなんですね。でも、他の業界とやっぱり違うのは、勤務地とか条件面さえ選ばなければ、給料を1.5倍や2倍にするのは意外と簡単だという点で。

中村:そうですね。

津田:例えば30代で大学病院勤務のお医者さんで、900万円くらいしかもらえていない人が、地方とか、医師が足りていないところの民間病院に行くと、給料が倍になることもあるわけですよね。

オバタ:地方じゃなくても、埼玉とか千葉に移るだけで格段に上がります。埼玉、千葉がすごく医師不足なんですよね。

津田:これ意外な感じですよね。ベッドタウンだから人はたくさんいるわけですから、当然医師や病院も多いだろうと思う。なんで埼玉、千葉は医師が足りないんですか?

中村:千葉は医学部が1つしかない。千葉大だけです。埼玉は埼玉医科大学。あとは防衛医大とかありますけども、人口に対して医学部が少ないんです。

津田:そうすると、医大の数の問題ということもあるんですね。

中村:医大がつくられた当時は、それくらいでまかなえるだろうという厚労省の読みがあったのかもしれないんですが、それ以上に人口が増えたという感じですね。

津田:そんなに給料が上がるんだったら東京に住んで埼玉に通う、なんて人も結構いそうな感じもしますけど。

中村:最近のトレンドですね(笑)。

津田:あ、そうなんですか。

中村:奥さんは目黒区や世田谷区に住みたい。だから1時間とか1時間半とかかけて通勤されています。

津田:埼玉の病院に勤めているからといって、別に埼玉に住む必要はないだろうと。

中村:だから、埼玉の東武線沿線とかJR沿線の駅から歩いて通えるアクセスのいい病院には、結構東京から来ている先生がいます。

オバタ:それでもお金が足りないから、週に1日、たいてい設けられている「研究日」や休日にアルバイトを入れるんですよね。そのアルバイトの額が「えっ、そんなに高いの」というのは驚きの1つでしたね。

津田:僕もびっくりしましたね。1日働いて、しかも当直みたいな、夜通しの晩とかにやるだけで18万円とかね。

オバタ:そうそう(笑)。週1回当直やるだけで、サラリーマンの一般年収くらいは軽くいっちゃう。

津田:あと面白かったのが、ゴルフ代を稼ぐためにバイトをする医師の話。「家が小遣い制だから、ちょっとバイトしたいんだよね」っていって、月に1回18万円のバイトをやる。そうすると年に200万円くらい入るから、そこからゴルフ代を捻出できちゃうんですよね。つまり自分のお金に関しては、アルバイトで満たすことができる。お医者さんは、そういうアルバイトを通して自分の将来をデザインする人が多いんでしょうか?

中村:医局にいたら、アルバイトに行くのが普通なんですよ。そこで、アルバイトはやるもの、というふうに刷り込まれている。

津田:やっていない人もいるんでしょうか?

中村:公立病院の先生は、基本的にアルバイトはできないんです。

津田:それは不思議ですね。国公立大学の医局に所属する医者はアルバイトできるのに。

中村:その辺が非常に曖昧で。例えば大学病院から地方の関連病院に医師を送ることを「医局派遣」といいますが、医師は派遣できないので。おかしいんですよね、言葉の使い方が。

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津田大介
ジャーナリスト/メディア・アクティビスト。1973年生まれ。東京都出身。早稲田大学社会科学部卒。早稲田大学大学院政治学研究科ジャーナリズムコース非常勤講師。一般社団法人インターネットユーザー協会代表理事。J-WAVE『JAM THE WORLD』火曜日ナビゲーター。IT・ネットサービスやネットカルチャー、ネットジャーナリズム、著作権問題、コンテンツビジネス論などを専門分野に執筆活動を行う。ネットニュースメディア「ナタリー」の設立・運営にも携わる。主な著書に『Twitter社会論』(洋泉社)、『未来型サバイバル音楽論』(中央公論新社)など。

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