小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ」より

なぜ今? 音楽ストリーミングサービスの戦々恐々

※メールマガジン「小寺・西田の金曜ランチビュッフェ」2015年6月19日 Vol.039 <アメリカ出張中号>より

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今年はどうやら、サブスクリプション型サービス、すなわち月額固定で見放題・聞き放題サービスの当たり年となりそうだ。この秋には米国の巨人、Netflixがいよいよ日本に上陸するということで、家電メーカーを中心に新製品での対応が進められている。

そしてここに来て、音楽サービスが立て続けにサービスインしている。5月27日に突然といった格好で、エイベックス・デジタルとサイバーエージェントが共同でAWAがスタート。かと思えば6月11日はLINE MUSICも始まり、アプリのダウンロードは2日で100万件を突破したと伝えられている。

一方で6月8日のWWDCではAppleが新サービス「アップルミュージック」を6月30日から始めると発表。日本でもこのタイミングでスタートするのか、執筆時点ではまだ確定していないが、日本はApple製品がよく売れる国である。遅かれ早かれサービスインはするだろう。AWAやLINE MUSICのサービスインも、Appleより先にということで前倒しになったと聞いている。

さらには世界最大規模を誇るSpotifyも、長い間日本でのサービスは準備中のままだったが、6月15日付で電通デジタル・ホールディングスがSpotifyへの出資を発表。普通の出資だと言われるかもしれないが、日本からの資本が入ったということは……と勘ぐってもおかしくはないだろう。

だがすでに国内には、音楽ストリーミングサービスがたくさんある。まず携帯キャリア系列から見ていくと、docomoにはdミュージックやdヒッツが、auにはうたパスやKKBOXが、ソフトバンクにはUULAがある。キャリアは通信をたくさん使ってもらって、できれば追加料金を払って欲しいわけだから、元々ストリーミングサービスとは相性がいい。

一方音楽レーベル系はダウンロードが中心ではあったが、ストリーミングはレコチョクBESTがある。元々キャリアからのサービスは、音源がレコチョクから出ているものも多い。

これから熱くなるサービスにもかかわらず、ソニーは3月末でMusic unlimitedを終了させた。海外ではSpotifyと組み、PlayStaion Musicとして発展的再出発という格好になっているが、日本では後継のサービスもなく、ただただ残念な負け方を晒しただけに終わっている。

「アルバム」時代の終焉

こんなにたくさんのストリーミングサービスがあって、一体何が違うのか。過去キャリアのサービスは、自社回線ユーザー限定でサービスを提供してきたが、最近はその垣根もなくなってきている。これは自社の契約からの流出を防ぐという意味合いから、サービスの充実によって他社からの乗り換えを検討させるツールに変わってきたと見ることができる。これだけ乱立すれば、当然パイの食い合いだ。それでも続けているということは、直接的な利益のためだとは考えにくい。

品揃えとしてどこが何百万曲何千万曲といった数値は、あまり意味がない。これはどんなコンテンツサービスでもそうだが、数だけ揃えても、それにたどり着くための効率的な方法がなければ意味がない。キャリアのサービスで圧倒的な勝ち組が出てこないということは、逆に言えば音楽サービスとしてはどれも決め手に欠けるという意味でもある。

一方で音楽提供のあり方によって、出会い方や聴き方に変化が訪れるのは当然の成り行きだ。ここからはあくまでも筆者の記憶と印象論でしかないので、ツッコミどころも多いだろうが、概ねこういう流れなんじゃないかと思っている。

かつてシングル盤が「ドーナツ盤」などと呼ばれていた時代、音楽提供の主力はラジオだった。ラジオはユーザーが選択的に曲を聴くことができない。さかんにプレイされても、タイミングが合わなければフルコーラスで聴くことができない。そういうジレンマを解消するのが、シングル盤だった。ラジオでいくらかかっても、音楽制作者の利益にはならない。そこから小売のシングル盤が買われるという動きがでたときが、ヒットソングが産まれた瞬間だと言える。

こうしたシングルの時代は、70年代半ばまで続く。音楽の売り方に変化がでてきたのは、LPレコードがシングルの寄せ集めではなく、トータルでの作品性を訴求するようになった60年代後半のムーブメントである。その筆頭がビーチボーイズの「ペット・サウンズ」であり、ビートルズの「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」であったとされている。

こうして産まれた「アルバムの時代」は、案外長く続いた。そもそもアーティストが1曲だけで自分の世界観すべてを表現するのは不可能である。アルバムの時代は、同時にアーティストの音楽性が重視された時代でもあった。シングルヒットがアルバムを牽引するケースまで含めれば、メディアがCDになっても、アルバムの重要性はさほど変わらなかった。音楽がメディアというパッケージに入れられる限り、アルバムという量感は音楽のひとつの単位となっていった。

90年代のJ-POP隆盛の時代に、再びシングル隆盛の時代に戻っていくわけだが、同時に洋楽が日本で衰退を始めたのも、この時期であったろう。洋楽しか聞かない筆者にとっては不遇の時代であり、正直この時期の日本の音楽シーンのことはよく知らない。

アルバムというパッケージングを本質的な意味で解体したのは、iTunesのダウンロード販売であろう。着うた、着メロの時代はインターフェースの貧弱さから、ランキングの上から順1ページ目までしか売れないというマヌケなことが起こった。こうしたヒット曲がバラで買えるのは当然として、アルバム中のどんなマイナーな曲でもバラで買えるのを実現したのが、iTunesであった。とは言え、iTunesでもアルバム単位で購入する人は多かっただろう。変化はすぐにではなく、徐々に習慣という形で我々の生活に浸透していく。

新サービスは何が違うのか

たとえばあなたが聞き放題のストリーミングサービスを目の前にして、まずどうやって音楽を探すだろうか。ベテランのリスナーなら、好きなアーティストをいくつかピックアップして、「関連するアーティスト」に横スライドするかもしれない。また好きなジャンルやカテゴリ、たとえば「80年代ロック」といったくくりから入っていくのもアリだろう。こういった探し方はアーティスト重視であり、音楽に対する深い造詣を持っているといった下地が必要だ。

だがそういった音楽的な嗜好や背景が固まっていない若い人たちは、どうやって新しい音楽と出会うのか。彼ら彼女らが最初に手を付けるのが、「おすすめ」である。誰のおすすめかも重要だ。有名DJのプレイリストだったり、音楽的嗜好が近い友達のおすすめは、聴く価値がある。

その一方で、「気分がアガる曲」「朝聞きたい曲」「落ち込んだときに聴く曲」といった、気分や時間帯をコントロールするためのプレイリストも、人気が高い。新サービスのAWAやLINE MUSICが本当の意味で「売る」のは、こういった特別な意味を持つプレイリストだ。突き詰めれば、誰の曲かはもはや問題ではないし、ヒットしたのかしてないのかも問題ではない。さらに言えば古い新しいも関係ない。今の気持ちに寄り添う曲のセットが、必要とされている。すなわち音楽に、機能や効能を求める時代なのだ。

楽曲のダウンロード販売が行き詰まったのは、いくら大量にバラで買えても、そこにたどり着くまでの音楽的バックボーンがない、つまり音楽の付帯情報を得る機会がなくなってしまったことが大きい。昔はミュージック・ライフやrockin'onといった洋楽ファンのための情報誌が、日本に居てはわからない付帯情報を我々に届けてくれたものだ。

それを読んでふむふむと納得し、次はこのアルバム買ってみるか、という流れになったわけである。情報が先、音が後だった。今は音が先、ではあるが、後から情報が付いてこない。これでは次に繋がらないし、何も拡がらない。1曲売り切りで終わりである。

Apple Musicがどういう形になるのか知らないので、うかつなことは言えないが、少なくともストリーミングサービスに求められているのは、知る機会がなかった曲との出会いである。ダウンロードサービスによってバラバラになった曲は、それぞれ効能別のタグを付けられ、別の視点でのまとめ売りが始まったのだとも言える。

 

小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ

2015年6月19日 Vol.039 <アメリカ出張中号>目次

01 論壇(西田)
WWDC 2015からアップルの戦略を「深読み」する
02 余談(小寺)
なぜ今? 音楽ストリーミングサービスの戦々恐々
03 対談(西田)
「大江戸スタートアップ」が見る日本のスタートアップ事情(4)
04 過去記事アーカイブズ(西田)
PlayStation 4で狙うのは「ゲームの構造変化」
05 ニュースクリップ(小寺)
06 今週のおたより(小寺)

 

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