川端裕人のメルマガ『秘密基地からハッシン!』Vol.087より「今村文昭さんに聞く「査読」をめぐる問題 前編」を無料公開でお届けします!
<筆者より>
昨年(2018年)、ケンブリッジ大学の栄養疫学者、今村文昭さんのインタビュー記事をWebナショジオに掲載しました。
なんと9回にわたる超巨編で、これは、前野ウルド浩太郎さんをモーリタニアに訪ねた時以来のものでした。中身の密度の濃さも、これまでの連載の中で屈指でしょう。
それだけ書いたのに、触れたくて触れられなかった(インタビューで聞いたのに書けなかった)テーマがあります。
「査読」についてです。
今村さんは、英国医学会誌であるBMJ "British Medical Journal" のベストレビュアー賞を受賞したことがあり、米国の栄養学系の学会2誌の編集委員のメンバー(Board Member)にも招聘されるほどで、熱心で優れた査読者だと目されています。
「査読」は科学の世界で、論文を発表する際に、その分野の専門家が、はたして論文として発表に値するものか審査する仕組みです。peer reviewと英語で言い、それをする人である「査読者」は、referee/reviewerです。
分野によって微妙に違う部分もあるでしょうけれど、基本は同じです(同じはずです)。ここは、wikiの記述の「概説」を引いておきましょう。https://ja.wikipedia.org/wiki/査読
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学術論文誌・専門誌においては、寄せられた原稿がすべて掲載されるわけではなく、そこに掲載される前に、原稿が予め同じ分野の専門家(査読者)の評価を受ける過程が入ることがある。
この過程が査読である。査読の評価内容によって掲載 / 不掲載が決定されることになる。
科学的に評価の高い論文誌の場合、査読者は通常複数の外部の人間が選定され、著者や所属機関との独立性を重視して選ばれる。
学術雑誌の出版社や助成団体は、査読を行うことで論文や申請を取捨選択することができ、また論文の著者は公表前に原稿の内容を改善する機会が得られる。
査読の過程を経て雑誌への掲載が決まることを受理またはアクセプト (accept) といい、却下され掲載が拒否されることを掲載不可またはリジェクト (reject) という。また単純な採否だけでなく、間違い等の修正等を経た上での条件付きの採用となる場合もある。
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まあ、だいたいこういう流れで論文の審査がなされて、論文か認められたり、認められなかったりするわけです。
その際に大切なのは、そういったことを決めるのが、科学者の内部コミュニティだということです。
決して、外からの声、たとえは宗教的な権威や、研究予算を分配する政権でもなく、科学者が自律するんです。そして、それはわりとうまく機能してきたがゆえに、今のサイエンスの達成があるわけです。
でも、こういうコミュニティの存立は、コミュニティが大きくなればなるほど、どこかできしみを立てるもので、色々な問題が指摘されています。
今村さん自身、医学書院の「週刊医学界新聞」のコラム連載の中で、「査読の課題:高濃度ビタミンC点滴療法を例に」という回を設けて、問題提起しています。
ここで議論されている査読の質というのはとても重要です。
査読をしてる査読者たちは、同じ分野の専門家とはいえ、査読そのもので報酬を得ることはほとんどありません。
科学者コミュニティの中では当たり前と捉えられていますが、一般には驚くべきことに、ほとんどの査読は完全ボランティアなんです。
では、一人前の研究者としての「義務」かというと、やらない人もいます(任せられない人もいるかもしれません)。
集中する人には集中するし、すると「本業」である「自分の研究」のための時間を削ることにもなりかねないでしょう。
今、日本の大学では、研究以外の時間(事務手続き的なことなど)にかかる時間が長く、査読をやっていると本当に自分の研究時間が! という悲鳴のような声を聞くこともあります。
それでも、そういう悲鳴をあげる人は、「やっている人」なわけです。
やっぱり、優秀な研究者にこそ、査読の依頼も集まる傾向があるのだろうと想像します。
科学が科学として自律していくためには、査読の質が維持できて、その維持のために、誰かが大変な目にあわない(つまり、努力に見合うものである)工夫が必要なんでしょうね。
そのシステムについては、これからも色々な議論がなされて、よりよいものへと変わっていくと期待したいです。
それは、ぼくが「こうすべき」と言える範囲をかなり超えているので、関心を持って見ていくとしか言えないのですが、そのためには、まず、査読ってどんなもの? というのには、興味津々なわけです。
昨年、今村さんとお会いした時、まさに興味津々な部分をぶつけていろいろ聞きました。
あくまで、今村さんという疫学者がどんな環境で査読をしているのか、ざっくりとした雰囲気を理解していただければと思います。
今の科学界における査読の一般論というのにはとても届かないものの、こういう、実際に査読している人の実感というのは、なかなか、表に出ませんからね。ぼくは、たまたま聴くことができたので、それをお伝えしたいです。
というわけで、本当に素朴な疑問からスタートします!
今村文昭(いまむら・ふみあき)さん
1979年、東京生まれ。英国ケンブリッジ大学医学部MRC疫学ユニット上級研究員。Ph.D(栄養疫学)。2002年、上智大理工学部を卒業後、米コロンビア大学修士課程(栄養学)、米タフツ大学博士課程(栄養疫学)、米ハーバード大学公衆衛生大学院での博士研究員を経て、2013年より現職。学術誌「Journal of Nutrition」「Journal of Academy of Nutrition and Dietetics」編集委員を務め、米国内科学会誌「Annals of Internal Medicine(2010~18年)」、英国医学誌「The BMJ(2015年)」のベストレビューワーに選出された。2016年にケンブリッジ大学学長賞を受賞。共著書に『MPH留学へのパスポート』(はる書房)がある。また、週刊医学界新聞に「栄養疫学者の視点から」を連載した(2017年4月~2018年9月)。
そもそも「査読」は、どのようにして頼まれるのか
川端 そもそも、査読って、いつからどんなふうに頼まれるものなんですか? いきなり、大学院生が頼まれる、というのはないですよね。
今村 ポスドク(博士研究員)になってからが多いと思いますね。つまり博士をとってから。
川端 博士をとれば、もう資格ありっていうことなんですね。
今村 おそらくそういう感じですね。博士をとったということは、論文がいくつかはもう出ている、あるいは出るということですからね。自分の論文が査読される立場にはなっていて、査読の文化にはもう触れているわけですから。
川端 それって、今村さんがハーバード大学にいた時代。
今村 はい。そうです。ハーバードから。最初は動脈硬化系の研究でしたね。
川端 動脈硬化系の研究だったんですね。食べているものと、循環器系の関係、ということですね。
今村 「Atherosclerosis(動脈硬化)」というジャーナルがあって、その学術誌に投稿された論文の査読でした。
川端 それは、ドンピシャ、自分の分野だったんですか。
今村 博士論文の1つが動脈硬化の研究だったんですよ。その関連もあってだと思います。私はそこから始まって、人それぞれペースがあると思いますけど、最近は週1本とか、そんな感じですね。
川端 それってすごく多いんじゃないですか。週に1本、きちんと読んで、建設的なコメントをするというのは、まるで千本ノックを受けているような気分になるんじゃないかと。
今村 ちょっと比較したことないんですよね。いや、でも、もっとやってる人もいます。全然やってない人もいるでしょう。
研究のかたわら「査読」をボランティアで
こなすことは「負担」にならないのか?
川端 査読でもいい加減に読むのと、ちゃんと読んで、ちゃんとコメントしてっていうのでは、質が違うと思うんですよ。今村さんは、ご発言からして、かなりきちんとやる印象です。
今村 はい。かなりガッチリやっているつもりです。すごく勉強するいい機会なんですよ。世の中に出ていない情報があるわけですからね。しかも、ちゃんと査読をやれば、またトップジャーナルから依頼が来て、そういう機会が増えますし。
川端 ああ、なるほど、今村さんにとって、査読って、まだ世に出ていない情報にふれる機会で、勉強になる機会だというのが魅力的なわけですね。それって、健全ですよね。とはいっても、週に一本、きちっと責任のある仕事をするわけで、ボランティアというのはきつくないですか。
今村 でも、ちゃんとやればやるほど依頼がどんどん来ます。ジャーナルのエディターたちは、どこかでつながっていると考えています。
川端 それは確実につながってるんでしょうね。つながっていないはずがない。同じ会社、同じグループでいくつも論文誌を持っているわけですから。
今村 あはは(笑)。
川端 それはもう、確実につながってますので、間違いないです。
今村 はい、そうですね。そういうことなんで、一つ一つちゃんとやろうという感じでやってます。昔は全部引き受けてたんですけど、どうしても、引き受ければ引き受けるほど、どんどん依頼が来るので、断るのも増えてきましたし、上司からも「断りなさい」と言われるまでに至りました(笑)。
川端 上司はやりすぎるのを苦々しく思っている、と?
今村 そうですね。でも査読は非公開なので、ボスにも言っちゃ駄目なんですよ。基本的には。私も、週末とか、通勤中ですとか、業務ではない時間にやりますし。
川端 それでも、やっていること自体はやがて分かるし、ということなんですね。
今村 そうですね。でも実際にはボスがある学術誌の編集委員をやっており自分に依頼をしたことがあったのです。私の査読者としてのコメントが膨大だったからか、いったいどれだけ時間を割いているのかと疑問に思わせたのが発端のように思います。
川端 それはなんといいますか、今村さんにしてみると藪蛇でしたね(笑)。ボスにしてみると、しっかりやってくれてその仕事としてはありがたいけどやっぱり心配というイメージが定着しちゃったと。
研究分野外の査読依頼が来ることも
今村 断ることが増えたといっても、興味深い査読も多くて、最近では、薬の効果を検証する疫学論文とか、自分の研究ではない内容とかも査読依頼がくるようになっています。薬の研究などはそこで全部学んでますね。考え方など、自分がやってきたこととは異なる部分があって、これもすごく勉強になります。
川端 そうか、でも、そういうのがくるっていうことは、ジャンル違うのがわかってても頼んでるわけだから、よほど信頼されているわけですよね。
今村 そう。それは本当に光栄だと思います。
川端 ちょっと扱っている内容が分野をまたぐ部分があるときは、この先生にお願いしたいとか思うんですかね。
今村 だと思いますね。栄養疫学でなくても、疫学者として見てくださってるんだという感じています。
川端 あと、今村さんの場合、多分、理論寄りのことに強いだろうと期待されているのもあるんじゃないですか。
今村 たしかに、方法論で難しそうな論文とか、よく回ってきますね。恐らくエディターの人たちも、私に依頼するのは、あ、ドクター今村は方法論にわりと強そうだから、この人に頼めばよかろうということで、選んでくれてると思ってるので、研究方法の部分を重点的に読むことはよくあります。問題があったら、「問題ですよ」ってちゃんと伝えて、場合によっては「価値ないですから」って言うこともありますね。
「査読者」として自信がついたとき
川端 査読って、最初は「される側」なのに、すぐに「する側」になることが期待されているわけですよね。でも、査読者になる訓練を大学で受けるわけでもないでしょうし、その点、研究者として自分の研究を論文にして、査読を受ける側として、やりとりを繰り返すうちに、そういうノウハウが身につくということなんでしょうね。それでも、最初の頃は、ちょっと不安じゃないですか?
今村 たしかに、そういうのはありましたね。一番自信がついたのは、Annals of Internal Medicineっていうアメリカの内科学会の学会誌があるんですけど、そこからの査読を何本か引き受けて、「ベストレビュアーの一人だ」っていうレターをもらったんですよ。
川端 へえ。
今村 それは大きな自信になりましたね。
川端 ベストレビュアーって、すごいですよね。
今村 でも、何かそれも、今考えると、ちょっとグレーなんですよね。ひょっとしたら、世界の1000人ぐらいの人にベストレビュアーって言ってんじゃないのっていう(笑)。
川端 あはは(笑)。
今村 最近はちょっとそういう疑いを持ってるんですが。そして、実際にそうかもしれないですけど自信にはなりました。Annals of Internal Medicineは、とても名誉な、有名なジャーナルなので、今でも引き受けてはいます。
川端 じゃあ、BMJ、ブリテッシュ・メディカル・ジャーナルの方はどうなんですか。今村さん、2015年に、BMJのベストレビュアーにもなっていましたよね。
今村 BMJは今回のインタビューで紹介した自分の論文のいくつか(糖尿病関連のもの。詳しくはWebナショジオを参照)を発表させてもらったところですけれど、そこは年に2人だけベストレビュアーを選んでいるんですよ。それに2015年のときに選んでいただきました。ですので、査読者としては、胸を張ってよいのだというように感じています。
川端 BMJのベストレビュアーって、すごく権威のある論文誌だし(医学・疫学領域のトップ誌)、今、自分が話している人が、年に2人しか選ばれないベストレビュアーだというと、新鮮な驚きがあります。
今村 ありがとうございます。私も驚きましたね。
川端 何をポイントにベストレビュアーって言われるんですか。
今村 恐らく、査読のスピードと、査読の質ですね。まずは、ちゃんと期限以内にやると(笑)。
川端 期限以内にやってくれるっていうこと。それ大事です! とても!
今村 そして、きちっと的確にわかりやすく査読のコメントを返すかってことですね。それは気をつけてます。
川端 エディターに分かってもらうように伝える、と。
今村 はい。そう意識しますね。エディターは私の分野ですと、医学研究者や統計学者などが多いんです。そして、エディター・グループの中で1つの論文について可否を議論します。その議論の中に自分の査読のコメントがテーブルにあるという状況を想定して、彼らにとって有用な情報を提供するというようなことを意識して書くようにしています。
(「秘密基地からハッシン!」Vol.088 掲載予定の「後編」につづく)
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川端裕人メールマガジン『秘密基地からハッシン!」
2019年5月3日Vol.087<開館25周年の多摩六都科学館に行ってみた/旅ログ/今村文昭さんに聞く「査読」をめぐる問題 前編/モノ語り/小説の中の「恐竜」たち/ニュージーランド海の幸で自給自足!?〜カイコウラでのこと>
目次
01:旅ログ:プラハ、ウィーン、ボルティモア
02:どうすいはく:開館25周年の多摩六都科学館に行ってみた
03:特別対談:今村文昭さんに聞く「査読」をめぐる問題 前編
04:モノ語り:laptop on the floor
05:デンドー書店:小説の中の「恐竜」たち
06:ニッポンをお休み!:第19回 ニュージーランド海の幸で自給自足!?〜カイ
コウラでのこと
07:著書のご案内・イベント告知など
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