高城剛メルマガ「高城未来研究所「Future Report」」より

中進国の罠に陥って変わりゆくタイ

高城未来研究所【Future Report】Vol.449(2020年1月24日発行)より

今週は、バンコクにいます。

空港から市内にタクシーで向かうと、あれほど煩かった巨大ビルボードが、白紙ばかりで驚きます。
タイの景気は想像以上に悪化しており、テレビやスマートフォン、コスメや飲料の巨大広告で埋め尽くされていたビルボードが、いまや掲出費用を捻出できない様子が伺えます。

このようなタイの景気の悪化は、ふたつの原因があると僕は考えています。
ひとつは、巨額な中国マネーに牽引され、この十年に渡ってあらゆるモノの価値が上昇してきましたが、肝心の中国の景気が踊り場を迎えたことから、その煽りでタイも景気停滞期を迎えています。
これは、かつて米国がくしゃみをすると、日本が風邪を引くと言われていた構造と似ています。

もうひとつ、タイは「中進国の罠」に陥ってしまったことにあります。

「中進国の罠」とは、発展途上国が一定規模(中所得)にまで経済発展した後、成長が鈍化し、高所得国と呼ばれる水準には届かなくなる状態に陥ってしまう通称です。
新興国が低賃金の労働力等を背景として飛躍的に経済成長を遂げ、一人当たり10,000ドルに達するあたりから、人件費上昇によって工業品の輸出競争力が失われて、成長が鈍化します。
結果、魅力を失ったグローバル企業は、さらなる安価な場所へと工場を移転してしまいます。
この間、知財を溜められれば生き残れますが、スピードが早い21世紀、高度経済成長の速度が仇となってしまい、停滞期に陥ってしまうのです。

急速に経済成長していたマレーシアやブラジル、メキシコ、ペルーなどが上位中所得国に位置しながらも、高所得国になかなか入ることができていません。
タイも他ではありません。
このような現象を、「中進国の罠」と呼んでいます。

企業で言えば、「中進企業の罠」の代表がユニクロです。
中国に代表される安価な人件費の工場で、大量生産した商品を直販して急速に伸びた企業ですが、安価な人件費獲得に限界が見え、あわせて国内部門の社内人件費と出店コストが膨らんで、伸び悩んでいます。
工場移転同様、さらなる海外進出と本社海外移転を急速に行わなければ、5年後には厳しい状況を迎えるかもしれません。

また、タイは少子高齢化が進み、2022年には「高齢社会」へ突入します。
しかし、社会保障などの財源が不十分で、所得再分配も機能していないため、貧富の格差がますます拡大する傾向を見せています。

日本ではあまり知られていませんが、もともとタイは厳しい階級制度(サクディナー)がありました。
これは15世紀のアユタヤ王朝時代に作られたシステムで、王族・貴族・官僚・役人・領主・農奴・奴隷という階級が定められ、支配する側と支配される側が明確に分かれていたのです。
領主は生産者である農民を農奴として支配する代わりに、農民の生活は領主が保証するという、いわば属人的な終身雇用のような制度も存在していました。
このような階級制度システムは、1932年のタイ民主革命で一応廃止されましたが、実際はいまも社会で根深く残っています。
タイはつい最近まで、500年間近くに渡り「階級社会」で成り立ってきた経緯から、そう簡単には撤廃はできません。
これが、いまも貧富の差や二極化と呼ばれる根底にあるのです。

近代に入り、タイの「階級社会」は一見なくなったように見えますが、実は表面化していないだけで、いまも根深く残ります。
かつての領主はバンコクに集まり、国家の成長と共に富を増やしますが、農民はそのまま地方に残り、引き続き貧しい生活を強いられます。

結果、どこまでも豊かになるバンコク首都圏と、貧しいままの地方農村部という、まったく異なる「ふたつの世界」を生み出しました。
その豊かだったバンコク経済に陰りが出ているのが、現在の姿です。

この様相は、僕がリアルに見てきたアジア通貨危機がタイを襲った1997年直前に似ています。
1990年代のタイ経済は、それまで年間平均経済成長率9%を記録していましたが、1996年に入るとその成長も伸び悩みを見せはじめていました。
そして1997年5月、ヘッジファンドがタイバーツを売り浴びせましたが、タイ政府は買い支えることができず、バーツとドルのペッグ制は終わりを告げ、変動相場制に移行することになりました。
それまで好景気を謳歌していたタイ経済はあっという間に崩壊し、タイでは企業の倒産やリストラが相次ぎ、失業者が街に溢れかえったのです。

当時、年に何度もタイを訪れていた僕は、この様子を間近で見ていました。
まだ、高速道路がなかった空港から街に向かう道に並ぶ広告が、まるでホワイトボードのように白く空きばかりになり、その後、空き看板の白地が徐々に汚れていく有様を、目撃しました。

空きが目立ちはじめた程度の巨大白看板。
変わりゆくタイは、まだ序章なのかもしれません。
 

高城未来研究所「Future Report」

Vol.449 2020年1月24日発行

■目次
1. 近況
2. 世界の俯瞰図
3. デュアルライフ、ハイパーノマドのススメ
4. 「病」との対話
5. 身体と意識
6. Q&Aコーナー
7. 連載のお知らせ

23高城未来研究所は、近未来を読み解く総合研究所です。実際に海外を飛び回って現場を見てまわる僕を中心に、世界情勢や経済だけではなく、移住や海外就職のプロフェッショナルなど、多岐にわたる多くの研究員が、企業と個人を顧客に未来を個別にコンサルティングをしていきます。毎週お届けする「FutureReport」は、この研究所の定期レポートで、今後世界はどのように変わっていくのか、そして、何に気をつけ、何をしなくてはいけないのか、をマスでは発言できない私見と俯瞰的視座をあわせてお届けします。

高城剛
1964年葛飾柴又生まれ。日大芸術学部在学中に「東京国際ビデオビエンナーレ」グランプリ受賞後、メディアを超えて横断的に活動。 著書に『ヤバいぜっ! デジタル日本』(集英社)、『「ひきこもり国家」日本』(宝島社)、『オーガニック革命』(集英社)、『私の名前は高城剛。住所不定、職業不明。』(マガジンハウス)などがある。 自身も数多くのメディアに登場し、NTT、パナソニック、プレイステーション、ヴァージン・アトランティックなどの広告に出演。 総務省情報通信審議会専門委員など公職歴任。 2008年より、拠点を欧州へ移し活動。 現在、コミュニケーション戦略と次世代テクノロジーを専門に、創造産業全般にわたって活躍。ファッションTVシニア・クリエイティブ・ディレクターも務めている。 最新刊は『時代を生きる力』(マガジンハウス)を発売。

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