やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

ファミリーマート「お母さん食堂」への言葉狩り事案について


 たぶんですが、昔の『AERA』がこんな感じだったんですよ。

 症候群メーカーみたいなノリで社会問題を量産する的な。でっち上げとまでは言わずとも、そこまで無理に世相を症状だという形で切りに行かなくてもいいだろうという。

 そして、メディア史に残る『放射能が来る』表紙をやった2011年3月18日号が『AERA』の終わった日という風にも思います。

AERA「放射能がくる」特集の意義と価値を考える

 もちろん、メディアの使命として、媒体を売らなければならないし、ひとつの作法として、社会問題を普遍化してみんなに考えてもらうという機能はあるとも思うんですよ。ただ、それが独善的であってはならないし、誰かの立場に立ちすぎて社会が息苦しくなっても仕方がないという面もあります。

 そのうえで、先般のファミリーマート「お母さん食堂」に対するビジネスインサイダーの記事と、それにまつわる「高校生の活動」が異様な鼻の付き方で気持ち悪いわけですよ。

 そもそもこの「お母さん食堂」自体はジェンダーにも配慮して、タレントの香取慎吾をお母さん役に起用していたりもするわけで、ある意味で阿吽の呼吸で「分かってますよ」というオーラ全開になっていたため、これはこれで「アピールするのも大変だな」と思ってたりもしました。

 ところが、それを踏み越えて「お母さん食堂」がジェンダーバイアスの問題だと言い募る連中は単なる言葉狩りでもしようとしているのかと思うわけですね。さらには、高校生の自発的活動だよというシールドまで張っているのを見ると、その振付師はいったいどんな程度の低い大人なんだという気持ちになります。

 ここで、本来ならエクスキューズとして「私もジェンダーバイアスについては理解がありますよ」という文章を差し込むのが書き手としてのテクニックなのでしょうが、個人的にはそういう立ち居振る舞いとは無関係にこのアングルはとても汚いと感じます。嫌悪感に近い。

 そもそも、料理をするのが女性だという意味合いが悪いと言っているのは表現の自由として認めるとしても、お母さんの作った暖かい料理を楽しむというロール(役割)は別段これといって否定されることなく許容されているからこそ、定着しているものです。

 それでも「ひとり親はどうするのか」とか「父親は料理をせず厨房に入らないのか」などのいちゃもんもつくのですが、それはそれで知らんがなという話をいちいちするわけにもいかないので香取慎吾が女装してお母さん役をやっているという記号に仕上げている。

 これだって、なんで女装しとんねんという話も成立するし、そこはもう、料理を提供するのが男性か女性かで終わらない議論になるからこそ、一定のお約束が存在しておったということだと思うんですよね。

 おそらくは、世の9割以上の男性女性がいままでこれといって問題視してこなかった「お母さん食堂」に対して、少数の「それはおかしい」と問題を焚き付ける側がジェンダーバイアスという言葉で難癖をつけ、それはそういうものなのだという流せば特段の問題にはならないことに火をつけることで話題にし、それを活動の意義にしていることに対する違和感がそこにあるのだと考えます。

 宇崎ちゃんのような女性ヲタ絵の是非に関する論争もそうでしたが、性差を問題視する人たちのツボの狭さがすごく気になるのと、ここでうっかり妥協してファミリーマートが「お母さん食堂」をリネームするなんてことになるとまた社会が窮屈になるぞというのもあって、うまく突っ張って欲しいなあと思うわけですが。

 もちろん「そういう議論に乗ってしまったから負け」というのもあるんでしょうけどね。

 でも、大人の対応で何事も問題なく穏便にやろうとした結果が、こういう訳の分からないムーブメントを野放図に広げてしまっている部分はあるんじゃないかと思います。
 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.Vol.319 「お母さん食堂」言葉狩り事案に思うこと、コロナ対策の大本営的展開のやるせなさ、米国における巨大プラットフォーム分割論本格化などを語る回
2020年12月30日発行号 目次
187A8796sm

【0. 序文】ファミリーマート「お母さん食堂」への言葉狩り事案について
【1. インシデント1】コロナ対策の大本営がどうにもならない年末も通常営業な日常
【2. インシデント2】巨大プラットフォーム分割論の行方をぼんやり考える
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A

 
やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」のご購読はこちらから

やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

その他の記事

声で原稿を書くこと・実践編(西田宗千佳)
「近頃の新入社員は主体性に欠ける」と感じる本当の理由(名越康文)
JAXAで聞いた「衛星からのエッジコンピューティング」話(西田宗千佳)
なぜいま、世界史なのか? なぜ『最後の作品』が世界史なのか?(長沼敬憲)
ウクライナ情勢と呼応する「キューバ危機」再来の不安(高城剛)
発信の原点とかいう取材で(やまもといちろう)
「50歳、食いしん坊、大酒飲み」の僕が40キロ以上の減量ができた理由(本田雅一)
猥雑なエネルギーに満ちあふれていた1964年という時代〜『運命のダイスを転がせ!』創刊によせて(ロバート・ハリス)
映像製作とカンナビス・ビジネスが熱いロサンゼルス(高城剛)
スマホVRの本命「Gear VR」製品版を試す(西田宗千佳)
トランプは「塀の内側」に落ちるのかーー相当深刻な事態・ロシアンゲート疑惑(小川和久)
少子化問題をめぐる日本社会の「ねじれ」(岩崎夏海)
暴風雨となるライドシェア全面解禁論議(やまもといちろう)
日本の第二の都市の座も遥か昔の話し(高城剛)
「深刻になる」という病(名越康文)
やまもといちろうのメールマガジン
「人間迷路」

[料金(税込)] 770円(税込)/ 月
[発行周期] 月4回前後+号外

ページのトップへ