やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

日本はポストウクライナ・ロシア敗戦→崩壊「後」に備えよ、という話


 サハリン2の仕事が満足な結果に向けて進んでいるのかどうか、各位の思惑によって違いはあるのかもしれませんが、現況で見えている範囲内ではシェルを悪者にして落ち着いた経緯の交渉になっているようにも見受けられます。

 それが良かったのか悪かったのかは、本当に立場によって異なるものだと思います。

 関係者一同が最善を尽くした結果がこの方針になったということで、納得できない人も多くあるのかもしれません。

 これは、いわゆる典型的な「Yes, but」問題です。

 「そうですね、ただですな、」という言葉の前後にあるものはご賢察賜るとして、日本語でも海外交渉でも「そうは言っても」「承知しております、お言葉を返すようですが」という話もまた重要でありまして、一番重大なのはロシア、プーチンさんのクレムリンによるウクライナ侵攻は、現代国際社会でも比較のしようもない蛮行だぞという認識をこちらは持っていますよ、というところから一応はスタートします。

 ただ、立場の違い、それはクレムリンと極東、あるいは軍事や危機管理を司る部門とエネルギーや通商を担う部門といった、各々の勝利条件の違いに着目し、その関係者間の力関係も見ながら、さしずめ針の穴に遠くから糸を通すような芸当をしなければならないわけですよ。とはいえ、相手にも立場があり、それに基づいた要望、ニーズがあります。それは、短期的視点のものもあれば、もっと長い目線で見据えた考えも並存する中で、お互いの勝利条件を整理し、勘案してどこまで妥協しうるものなのかを探る動きというのは、単にお互いの人間関係で信頼を醸成してきたからというだけでは着地ができる芸当ではないのです。

 戦争はそれがどんなに悲惨なものであっても状況であって、その戦争に具体的な加担をして血を流していない限り、当事国とは言えません。たとえ経済制裁をするような国際的枠組みがあるのだとしても、それがただちに他の問題においても同様の熱量で加担するべきものとも言えません。腐心するべきは、問題の重大さを認め、それに対して立場に基づく主張はしっかりと行いつつも、それはそれとしてお互いの要望を並べて飲めるもの飲めないものも交えて話をしっかりとして着地点を探る動きを怠らないことです。

 短期と長期の考え方があります。短期的にはこういう話になってしまっているけど、でも、いまでもここまでなら合意できるでしょう。あるいは、短期的な問題はさておき、長期的な視点でこういう取り組みを爾後に話し合えるようにお互い準備しておきましょうという感じで。

 悪いのはアメリカだ、悪いのはプーチンさんのクレムリンだ。私たちでもあなたがたでもない。確かに私どものビッグブラザーなのはアメリカであり同盟国だけれども、極東に改めてあなたがたが軍を差し向けられるような状況にもないでしょう。あなたがたが何かをしてこない限り、私たちに、直接の害意はありません。なので、この状況が終わってから、お互い手を取り合ってやっていける部分を、時間をかけて模索しませんか。

 正直、私もウラルの向こう側のことは良く分かりません。プーチンさんの現代ロシア政治の専門ではないし、ましてやジョージアやチェチェン、ドンバス地方、クリミア半島、ウクライナやベラルーシについても、通り一遍のことしか知らないのです。「ロシアなんだから、その辺も詳しいだろう」と言われることも少なくないのですが、江戸っ子が大阪上方民を語るのが困難なように、同じ国でも遠く離れた中枢と、ツンドラ地帯で肩を寄せ合って貧しい暮らしを強いられてきた地方とでは、見えているものも価値観も異なります。立場が異なるのだから、同じウクライナ侵略でもそれが指し示す意味が違うのです。

 なぜそんな危険なところへ、という話になるのですが、もちろんまあ危険なんですけれども、そんな危険な地域にも住んでいる人がいて、暮らしがあり、その中の平穏があって、幸せもあります。たぶん、そういう想像がつかないと、いま何が起きているのかニュースを見ていてもなかなか本当の理解には至らないのではないのかなあとも思います。

 逆に言えば、自分の知らない世界について、いくら分かった気になっても実際には何も理解していないに等しいのだ、と心をむなしくして謙虚にやっていく以外ないのだろうと。
 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.378 知らない世界に対して謙虚にやっていくことの大切さを噛みしめつつ、不条理なクレカ取引中止問題や不可解な私的録音録画補償金再浮上のあれこれを考える回
2022年8月26日発行号 目次
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【0. 序文】日本はポストウクライナ・ロシア敗戦→崩壊「後」に備えよ、という話
【1. インシデント1】クレジットカード会社による検閲問題がいまどれだけ燃えそうであるか?
【2. インシデント2】私的録音録画補償金制度を巡る文化庁ご乱心の怪
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A

 
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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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