メルカリ、一時は本当にひどい会社だなと思っていたんですが、自分でも使うようになったら割と便利で、ただその後あまりの民度の低さに辟易して使わなくなってしまいました。大衆的なサービスってそういう側面はあるかもしれませんが、問題はさらに進んでDPF法関連でいろいろ手入れをして行かないといけない局面になってきた感じはします。
というのも、消費者庁が今年6月に開催した第7回「取引デジタルプラットフォーム官民協議会」で、CtoC取引における「隠れB」問題が重要な議題として取り上げられたことが背景にあります。まあ、なかば公然と業者による出品が横行しているのはみんな知っていたかと思うんですが、今回の消費者庁と有識者が問題視するこの隠れBとは、企業が個人を偽装してフリマサイトやオークションサイトに出品する行為を指します。ついに来たかっていう感じではありますが、メルカリをはじめとするCtoCプラットフォーム事業者にとって喫緊の課題となってしまいました。
消費者庁が実施した調査によると、フリマサイトの出品者1012人のうち「販売業者等」に該当し得ると推定される出品者は691人で、全体の68.3%に達しました。オークションサイトでも688人(67.8%)、クラウドファンディングでは547人(51.9%)、スキルシェアサイトでは763人(66.1%)と、いずれも半数を超える出品者が実質的に事業者である可能性が高いことが判明しています。これ、もう普通にECサイトってことですよね。
これらの調査結果は、本来Consumer to Consumer(消費者間取引)であるはずのプラットフォームが、実際にはBusiness to Consumer(企業対消費者取引)の場として、消費者を装った業者によって大量に売買されている実態を浮き彫りにしたことになります。消費者が個人間取引だと思って購入した商品が、実は事業者からの商品だったという状況が常態化しているのです。いや、そりゃそうですねって話ですが、てっきりもうちょっとちゃんと排除されているものだと思っていた私がウブでした。
消費者意識基本調査では、フリマサイト等を利用する理由として「安価に購入・利用できる」(76.7%)、「24時間利用できる」(59.7%)が上位に挙がる一方で、「不良品・粗悪品・偽物だった」(28.5%)、「商品が届かない・連絡されない・騙された」(4.4%)といったトラブルも報告されています。PIO-NETに登録された消費生活相談では、2023年度だけでフリマサービス関連の相談が実に7,965件に上り、「解約関係」「商品に不具合あり」「配送関係」などの問題が頻発している状況が確認されています。
そんなわけで、今回の調査結果をまともに信じるならば、メルカリをはじめとするCtoCプラットフォーム事業者は、これまで隠れB問題への対応を十分に行ってこなかったのが実情です。取引デジタルプラットフォーム消費者保護法に基づく調査では、25社中22社が販売業者等のアカウント登録時に「販売業者等の特定に資する情報」として基本情報の提供を求めているものの、実際の運用面では多くの課題が残されています。
特に問題となるのは、事業者の本人確認体制の甘さです。調査によると、販売業者等の氏名・名称と銀行口座名義の一致確認をアカウント登録時に行っているのは25社中12社にとどまり、残り13社中9社は「疑義が生じた場合等に必要に応じて確認」するという後追い対応にとどまっています。確かにオンラインで済ませるeKYCでは本人確認の精度に限界があるのは当然とは言えますが、隠れB問題を端緒にしてメスを入れるにしては問題が大きすぎる印象です。また、定期的なパトロールを実施して連絡先が正しく機能しているかを確認している事業者は25社中わずか7社で、大多数は消費者からの要請があって初めて個別確認を行う受動的な姿勢を取っています。
要は、取引の正確さも含めた消費者保護の観点から何かをするぞって市場監視業務自体はCtoCプラットフォーム事業者にとってはコストでしかなく、そこで売買を制限したり停止させたところで利用者のエクスペリエンスは言われるほど向上しないので、隠れBがいようがKYCがおかしかろうが使わせておけばよい、問題があったら事後的に対処すりゃそれでいいでしょという話になってしまう恐れは確かにあるんです。
結局、メルカリなどの事業者が隠れB対策を積極的に行わない背景には、市場の透明性を確保したところで、それが取引量の減少を招いてしまえば流通総額がシュリンクし逆回転しかねない懸念があるわけです。隠れBとなっている事業者の多くは消費者を装いながらも実際には大量出品を行っており、これらの出品者を排除すれば取引高や手数料収入に大きな影響を与える可能性が高いと言えます。実際、前述の調査結果が示すように、プラットフォーム上の取引の6〜7割が実質的に事業者によるものであり、これらを厳格に排除すれば事業モデル自体が成り立たなくなるリスクがあります。
また、技術的な判別の困難さも課題として挙げられます。個人が趣味で収集した品物を大量に処分する場合と、事業者が組織的に販売する場合を明確に区別することは容易ではなく、誤って個人出品者を事業者と判定してしまうリスクもあります。このため、多くのプラットフォーム事業者は「グレーゾーン」の出品者についてあえて目をつむり、積極的な対応を避ける傾向にあるのでしょう。
さらに、消費者からの苦情対応についても、25社全てが苦情受付窓口を設置し調査を実施していると回答しているものの、実際の解決に至るまでの道のりは険しいのが現状です。出品者との連絡が取れない、返品・返金に応じない、プラットフォーム事業者が仲裁に入らないといった問題が頻発しており、消費者が泣き寝入りするケースも少なくありません。
こうした状況を受けて、消費者庁は法制度の見直しに向けた検討を本格化させています。京都大学大学院教授の依田高典さんが議長を務める官民協議会では、隠れB問題が「中心的な課題」として位置付けられ「まずはこうした隠れBへの対策強化が喫緊の課題である」との認識が示されました。依田さんは割と冗談の通じない人なので、その点では厳格な対処を求めていく立場を取っていくことでしょう。実際、現行のガイドラインの改正案も示されており、今後の正式な改定とそれに基づく実務の強化が求められると明記されています。
具体的な法改正の方向性として、プラットフォーム事業者に対する義務の強化が検討されています。現在は努力義務にとどまっている出品者の本人確認や事業者性の判定について、より厳格な基準と実効性のある措置が導入される可能性が高くなっています。また、隠れBを放置した場合の事業者への制裁措置や、消費者保護のための補償制度の拡充なども議論の俎上に上がっています。というか、いままでこのあたりがほぼ無法地帯になっていたこともあって、実際の市場そのものが泥棒市になっていても流通総額が多くなればプラットフォーム事業者にとっては収益が上がるわけですから、前述の通り黙認して市場拡大を優先させた結果、消費者保護がおざなりになって、DPF法の3年ごと見直しの最重要事項にまでされてしまったということになります。
法改正が実現すれば、メルカリなどのCtoCプラットフォーム事業者は業態の大幅な変更を迫られる可能性があります。現在のような「場の提供」に徹する姿勢から、より積極的な取引監視と出品者管理を行う「管理された市場」への転換が求められることになります。これは人的・技術的な投資の大幅な増加を意味し、手数料体系の見直しや事業収益性への影響は避けられません。
また、隠れB対策の強化により、これまでプラットフォームを支えてきた大量出品事業者の排除が進めば、取引量の減少とそれに伴う収益悪化も懸念されます。もっとも、大量出品者が事実上Bなのだとしたうえで、事業者もCtoC市場の一角に公式に混ざるということも考えられます。それで良いのかどうかは知りませんが。一方で、真の個人間取引を重視する消費者からの支持獲得や、透明性の高い取引環境の構築による長期的な信頼性向上といったメリットも期待されます。
隠れB問題への対応は、単なる法的コンプライアンスの問題を超えて、CtoCプラットフォーム事業者のビジネスモデルの根幹に関わる重要な転換点となっています。消費者保護と事業継続性のバランスを取りながら、どのような解決策を見出すかが、今後の業界の行方を左右することになるでしょう。
蛇足ながら、今回消費者庁よりも熱量高く推移を見ているのは国税庁のようでして、隠れB問題に対して特定商取引法上は会社名、住所、代表取締役、電話番号やメールアドレスなども明記が求められているわけなんですが、コンシューマーを偽装して売買を進めている大口事業者では売り上げのツマミ、すなわち過少申告による脱税の可能性が示唆されます。というか、個人を偽装している隠れBが、素直に会社の帳簿で額面通りの売り上げを申告している、なんてことはあんまり考えられません。
さらには、インボイス制度も相俟って、消費税の適格請求書発行事業者でなければならないにもかかわらず一切の消費税が未納になっている隠れBは大量にいるのではないかとも予測されます。
かつてコミケで同人誌を売る個人やサークルが完全に脱税をやらかして派手に利益を出し法人成りした途端に税務署に踏み込まれて修正申告に追い込まれケツ毛まで毟られるパターンが続出しましたが、おそらく今回もその轍を踏んでしまう隠れB事業者が続出するのではないかと思うと飯が旨いです。国税庁は是非張り切っていただきたい。
また、そういうことを薄々知っていながらも自分のところの市場を監視せず透明性も信頼性もへったくれもなく、なりふり構わず事業拡大してきたプラットフォーム事業者には鉄槌が下されて然るべきとも思います。みんな滅んじゃえよと言いたいわけではありませんが、ちゃんと是正して欲しいなと思う次第です。ええ。
やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」
Vol.480 個人間取引プラットフォームにおける「隠れB」問題を語りつつ、東京都議会選挙総括やAI学習データへのフェアユース適用などに触れる回
2025年6月26日発行号 目次
【0. 序文】メルカリなどCtoCプラットフォームを揺るがす「隠れB」問題
【1. インシデント1】俺たちの東京都議会選挙、戦い終わって日が暮れて
【2. インシデント2】米国でAIの学習データ利用にフェアユースが認められた件について
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A
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