やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

中国激おこ案件、でも日本は静かにしているのが正解な理由


 高市早苗さんの台湾有事に関する国会答弁が、中国側の激しい反発を招いています。まあ言わんでも良いことを踏み込んで言ったらそうなるわな。で、中国の執行部や軍部を中心に過激な発言が相次ぎ、サイバー攻撃も激増している状況です。しかし、この問題をどう捉え、どう対処すべきなのでしょうか。

 まず理解すべきなのは、私もかねて書いてはおりますが、高市さんが国会で述べた内容は、日本の従来の政府見解から一ミリもはみ出していないということです。台湾有事が存立危機事態になり得るという認識は、歴代の日本政府が持ち続けてきたものであり、安倍晋三さん以下の歴代総理が立憲民主党の岡田克也さんからの質問に対して繰り返し答弁してきた内容と本質的に変わりません。いわば国会における「伝統芸能」のようなものだったのです。

 ただし、冒頭書いた通りに今回の問題は、高市さんが総理という立場で、いまこの時期に、わざわざ踏み込んだ表現で答弁したことにあります。高市さんなりの一言言わずにはおられない性分が災いして、「いま、別に言わんでいいことを言ってしまった」というのが実態でしょう。中国側は、これを単なる言い間違いや誤解ではなく、日本が台湾事案について武力行使をする可能性を示した「本音」と受け止めています。いや、まあ実際本音ではあるんですよ。前提条件つきですし。

 中国側の反応には、習近平さんの一時的な感情と、それに伴う周辺の茶坊主たちによる忠誠心争いという側面が色濃く出ています。特に中国軍部では人事の動きもあり、冗談の通じない人物が過激な発言をしているという情報もあります。本来であれば、日中友好人士が政治レイヤーから産業面まで連絡役として機能し、二階俊博さんや山口那津男さんが事情説明して終わるべきパターンでしたが、今回は中国側の人事の都合もあって話がエスカレートしてしまった形です。

 こうした状況において、日本側が積極的に何かをしようとしても、正直なところ無理があります。話し合いでおさまるような理屈の話ではありませんから。中国側がレアアースの禁輸措置を取るのではないかという懸念も広がっていますが、資源貿易の現場を知る人間からすれば、実効性は極めて限定的です。税関で荷物が止まったり、地元関係先に「御礼」をしないとモノが入ってこなかったりするのは、中国ではよくある話です。迂回輸入や現地直仕入れで現物渡しといった作戦を使えば、少し割高にはなりますが、ちゃんと入手できるのです。レアアースの輸入が西側諸国のチョークポイントだ、というのは事実であることに変わりはないのですが、中国からすれば、信頼できる貿易相手であると思われることの大事さもまた知っているわけですから、その点でもいきなりレアアース禁輸してやったぞ困るだろ、とはならないだろうということです。

 それゆえに、中国側も習近平さん以下主要メンバーはこの辺のルールや機微をよく承知しており、禁輸してもあまり意味がないことを理解しています。むしろ、レアアースのような物質は、その地域の「主たる産業」だったりするので、本当に禁輸を実施すれば、その地域全体が大変な失業や不況に見舞われ、暴動に直結する可能性すらあります。中国って、言われているほど国内は一枚岩とは言えないのですよ。中国と日本ほか、国家としての上層部は対立していても、現場レベルではお互いに信頼関係を持って協力し合うというのが、資源貿易の実態なのです。

 とはいえ、だからといって中国側の反応を完全に無視してよいわけではありません。本当に中国国民の民意を損ねてしまうと、現地で暮らす日本人に余計な危害が加わったり、ビジネスを妨害されたりする可能性があります。極力、先方の反日の動きを観察しながら、静かにしておくほうが賢明でしょう。

 実際、水面下では中国からのサイバー攻撃が激化しています。中華アタックが防御無視の抜き身でやってきており、不穏なことに原子力関係でも不審なアクセスが増大している状況です。この問題を奇禍として、もう少し現状を理解できたり反撃できたりするような仕組みを日本として考えておくことが望ましいのではないでしょうか。

 最も懸念すべきは、この段階でうっかり偶発的な事件が起きたり、変な挑発をしたりすることです。本格的に台湾海峡で偶発的な事態が発生し、ドンパチが始まってアメリカ軍が台湾防衛に回り、日本も参戦するような事態になれば、直接のルートは当然途絶えます。ただし、それであっても中立某国経由でモノが出入りするなんてことは当然考えられるわけで、値段を考えなければそこまで深刻な事態にはならないという想定も必要です。

 重要なのは、日本にとって面倒なことを「いま」起こして国益になるのかどうかを、きちんと見極めることです。というか、日本がいまの中国に何か仕込むことはあっても仕掛けることが具体的な利益を得られるとは思えないというのが大きい。今回は特に、政治的・外交的には本来そこまで大きな問題でもない内容なのに、まるで日中開戦だとか、中国の機嫌を損ねるなとかの言論を繰り返す人たちの過去の発言や立ち居振る舞いについても、よく見ておく必要があるでしょう。

 結局のところ、中国の拳の下ろし方は中国側が決めることであり、日本側が積極的に何かをする必要はあまりないのです。原則として、習近平さんの一時的な感情と、それに伴う周辺の茶坊主による忠誠心争いに他ならないのですから、それ以上何かする必要はありません。静かに、しかし警戒を怠らず、現場レベルでの協力関係を維持しながら、この局面を乗り切ることが求められているのではないでしょうか。
 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.495 対応がむつかしい中国外交問題について語りつつ、高市政権の現状やAIと広告の関係などをあれこれ考える回
2025年11月26日発行号 目次
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【0. 序文】中国激おこ案件、でも日本は静かにしているのが正解な理由
【1. インシデント1】高市早苗政権、支持率絶好調の裏で気になる体調と政策のこと
【2. インシデント2】AIと広告の関係をぼんやりと考える
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A
【4. インシデント3】「違法のほうが儲かる」中華OTAの違法民泊・白タク界隈をそろそろどうにかしたい人生だった

 
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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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