高城剛メルマガ「高城未来研究所「Future Report」」より

AIの台頭とハリウッドの終焉

高城未来研究所【Future Report】Vol.756(12月12日)より

今週は、ロサンゼルスにいます。

おそらく、この街の凋落をここまで明確に感じたのは初めてかもしれません。本来、クリスマスシーズンで賑わうモールに行けば、ほとんど人がいなく、かつて週末ともなれば駐車場が満車だった「アメリカの象徴」のような場所が、今や空虚なショーケースのように見えます。ブランド店が軒を連ねていても、入店しているのはほぼ皆無。以前、この街に住んでいましたが、とても同じ場所とは思えません。

パンデミック以降、リモートワークが完全に定着したことも大きい要因です。テック企業はもちろん、一般企業も「オフィスはもういらない」と判断し、ダウンタウンの高層ビルは空室率が40%を超えています。富裕層はさらに極端で、ビバリーヒルズやベルエア、マリブのゲーテッド・コミュニティに引きこもり、要塞のような家からほとんど出ません。AmazonとInstacartで生活必需品は届くし、Zoomで仕事も会議も済む。
子どもは近隣の学校にピンポイントで通い、オンラインスクールで習い事。大人たちはプライベートジムとプールで運動。こうしてまったく街に出なくなりました。また「自宅要塞化」は、セキュリティの懸念から加速しており、LAの富裕層世帯の外出頻度はパンデミック前の半分以下に留まっています。いま、この国で起きている本質的な変化は、「自由」よりも「防衛」が優先される社会になったと強く感じます。
この空虚さの背景には、米国がいま直面している猛烈なインフレも後押ししています。物価は、もはや日常感覚を超えて跳ね上がって、ランチが30ドルを超え(例:ラーメンセット4500円超!)、コーヒー一杯が8ドルする。かつて「手軽な外食文化」を誇ったLAで、いまや外食だけでなく、一般的な家庭は食費で大悲鳴を上げています。
FRBのデータでも、2024年の消費者物価指数(CPI)は前年比3.2%上昇と抑制されたものの、食料品や住宅費は依然として10%以上の伸びを示しており、中間層の家計を圧迫しています。このインフレの余波は、娯楽消費にも直撃を与え、映画館のチケット代が値上がりした結果、娯楽自体が「贅沢」化し、ライブはパンデミック後の価格高騰で「一部のスーパースターと富裕層のためのイベント」になりつつあります。

この娯楽を作って街を牽引、いや米国を牽引していたハリウッド産業がボロボロです。撮影スタジオには「For Lease」の札がいくつもかかっています。かつては世界中から夢を求めて人材が集まった場所ですが、周囲にはホームレスのテントが立ち並んで治安が著しく悪化し、パンデミックバブルが去って成長が鈍化しているNetflixも人員削減を続けています。

ロサンゼルス市・郡の公式フィルムオフィス「FilmLA」の報告によれば、パンデミックの外出禁止で仕事が激減していた2021年ロケ撮影日数18,560日に対し、2024年は7,716日。わずか3年間で6割の減少です。長編映画も2025年第1四半期で前年比29%減。ロサンゼルスの主要スタジオ17社の平均稼働率は、2024年に63%まで低下しました。

また、AIの台頭によって、特撮会社や編集スタジオの単価も極端に落ち、レイオフが続きます。この結果、LAのエンターテイメント雇用は2022年の14万2000人から2024年末には10万人を割り込み、わずか二年強で3割以上の人たちがクリエイティブ職に就く人々の仕事を失いました。友人の撮影監督に聞くと、現在二人に一人以上、仕事がない状態だとのことです。もはやロサンゼルスという街を活気づけてきた「夢の製造業」が、夢をつくり出す経済的余力を失いつつあるのです。

その象徴的な出来事が、NetflixがWarner Bros. Discoveryを買収すると発表したニュースです。「映画の時代が終わり、プラットフォームの時代が完全に始まった」のを象徴しているかのようにも思えますが、実情はNetflixさえも伸び悩んでおり、かつて日本のバブル崩壊時に次々と巨大銀行が吸収合併して生き延びた様に似ています。

20世紀のアメリカは、ハリウッド映画というかたちで、全世界に「自由」「豊かさ」「ヒーロー」「ハッピーエンド」という価値観を輸出してきました。それは軍事力やドルと並ぶ、最大の国家ブランディング装置であり、ソフトパワーそのものでした。
ですが、スタジオがアルゴリズムの下請けとなり、プラットフォームが世界中のローカル作品、いや、ショート動画と同じ棚に並んだとき、マーケティングに巨費を投じて市場を抑えてきた「アメリカの物語」は特権を失います。
世界の視聴者は、韓国ドラマもインド映画も中南米のシリーズも、そして素人が作ったショート動画も一本のサムネイルとしてフラットにスクロールし、「アメリカ産」のラベルに特別な敬意を払わなくなりつつあります。この結果、アメリカ人に共通だった「国民的物語」は失われました。
かつて映画や音楽がそれをつないでいたのですが、ハリウッドが力を失った今、アメリカには「自身を描く鏡」が存在しません。
今後、ハリウッドは「米国国家の神話工場」から「分散したプラットフォーム群の単ノード」へと急速に変貌し、「夢の工場」から「データの下請け工場」へと転落します。星条旗を背負ったスーパーヒーローの時代は終わり、匿名のアルゴリズムが最適化した「バズる物語」が世界を席巻する。
ただし、アメリカがその新しい舞台で覇権を握れなければ、「アメリカンドリーム」という物語は、他国のサーバー上で、別の言語と価値観によってリミックスされていくことになります。
そのとき、アメリカという国は、自らの物語を書き続けられるのか。それとも誰かの書いた物語の登場人物にすぎないのか。
ハリウッドの終焉は、全労働集約型産業の未来の暗示に思えてなりません。

ちなみに今週、12月にも関わらず日中の気温が29度まであがりました。
かつて好天を求めて映画産業がこの地に根付きましたが、例年より10度も高く、気候の面からしてもLAは別の街になったのです。
 

高城未来研究所「Future Report」

Vol.756 12月12日発行

■目次
1. 近況
2. 世界の俯瞰図
3. デュアルライフ、ハイパーノマドのススメ
4. 「病」との対話
5. 大ビジュアルコミュニケーション時代を生き抜く方法
6. Q&Aコーナー
7. 連載のお知らせ

23高城未来研究所は、近未来を読み解く総合研究所です。実際に海外を飛び回って現場を見てまわる僕を中心に、世界情勢や経済だけではなく、移住や海外就職のプロフェッショナルなど、多岐にわたる多くの研究員が、企業と個人を顧客に未来を個別にコンサルティングをしていきます。毎週お届けする「FutureReport」は、この研究所の定期レポートで、今後世界はどのように変わっていくのか、そして、何に気をつけ、何をしなくてはいけないのか、をマスでは発言できない私見と俯瞰的視座をあわせてお届けします。

高城剛
1964年葛飾柴又生まれ。日大芸術学部在学中に「東京国際ビデオビエンナーレ」グランプリ受賞後、メディアを超えて横断的に活動。 著書に『ヤバいぜっ! デジタル日本』(集英社)、『「ひきこもり国家」日本』(宝島社)、『オーガニック革命』(集英社)、『私の名前は高城剛。住所不定、職業不明。』(マガジンハウス)などがある。 自身も数多くのメディアに登場し、NTT、パナソニック、プレイステーション、ヴァージン・アトランティックなどの広告に出演。 総務省情報通信審議会専門委員など公職歴任。 2008年より、拠点を欧州へ移し活動。 現在、コミュニケーション戦略と次世代テクノロジーを専門に、創造産業全般にわたって活躍。ファッションTVシニア・クリエイティブ・ディレクターも務めている。 最新刊は『時代を生きる力』(マガジンハウス)を発売。

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