※メールマガジン「小寺・西田の金曜ランチビュッフェ」2018年4月27日 Vol.170 <手続き大事号>より
日本は元気がない。特に、世界の変化を引っ張る「IT」というジャンルではアメリカに負けっぱなしだ。
というところもあって、「日本のサービスはダメだ。だからこんなに状況が悪い」という論になってしまいがちなところはある。筆者も海外に積極的に取材に行き、そこでの状況を伝えることが多いため、「アメリカはこんなに進んでいる」という話をすることが少なくない。
だが、である。なんでもかんでも海外の方が進んでいるか……というとそうでもない。
昨今の話題でいえば「電子書籍」がそうだ。
今日的な電子書籍のサービスは、アマゾンがKindleをスタートしたことに影響され始まったのは間違いなく、日本はその「黒船の影」におびえて準備を進めたのも事実である。確かにそうだったのだが、今でも日本の電子書籍ビジネスが海外に比べひどく劣っているか、というと、そうではない。
むしろ、ビジネスの活況さという意味では、日本は他国と違う状況にあり、進んでいる部分もある。意外に思う人は少なくないのではないだろうか。「こんなに普及していなくて、問題を抱えているのに」と思われるかも知れない。だが、これは厳然たる事実なのだ。
例えば、日本では電子書籍のセールが積極的に行われているが、他国ではあまりない。多数のストアが競り合うような状況にないからだ。「全巻セット売り」のようなやり方も、日本が特にうまくいっている点である。他国は小説やノンフィクションが中心で巻数が少ないため、日本のコミックのように「何十巻もあって集めるのが大変」なコミックは少数だ。
また海外には、日本ほど多数の無料の雑誌アプリはない。過去には手の込んだ電子雑誌に注力した出版社もあったが、今はある程度簡素だが閲覧・製作効率の良い紙とレイアウトに変わって来ている。
日本ほどコミックが量産され、日々流通している国はない。電子書籍もコミックを活発に流通させることを目的に、「全巻セール」「1巻目無料キャンペーン」などが頻繁に行われ、雑誌も無料アプリを切り口に読者の獲得に精を出している。こと、「売り方」に色々な工夫がある、という点については、日本がもっとも先進的な市場である……といういい方もできる。
「漫画村」の件もあって、「日本の出版社は電子書籍に及び腰で、てんでだらしがない」と思われている。まあ確かに、雑誌毎にアプリを作られてもわかりづらいし、安売りばかりでは利益も出ない。なにより、そうした努力は「使っている人」「買っている人」からしか見えず、市場拡大がうまくいっているのか、というと、そうでもないと思う。
だが、紙だけではビジネスが成り立たなくなった今、電子書籍をうまく使おう、という出版業界人もきちんといる。単品の電子書籍販売ではなく、コミックアプリ系の編集部はその点をかなり考えており、アメリカに対してすべての点で劣っている、というのはいいすぎだ。
そもそも日本は、通信回線が速いこと・コンテンツ消費スピードが早くてマスに訴求する「コミック」が強いことなど、「漫画村」のような海賊版の被害を直接的に受けやすい環境が揃っていた。また、「コストの面でも認知度の面でも対抗できるサービスモデルが作れなかった」という意味では、世界中の出版社が「負けている」といってもいい。
もっと早く「なにか」に気付いていれば、海賊版サイトよりも良いサービスが打ち出せたかもしれない。だがそれはある意味「たられば」的発想であり、単純に出版社を責める気にはなれない。
むしろ出版社に落ち度があったとすれば、法的なエンフォースメントや被害アピールなどを通じた海賊版対策が、結局のところうまく行かなかったのではないか、もっとうまく立ち回れたのではないか、という「戦い方」の側面である。
一方で、明確に「海外の方が進んでいる」と思うところもある。
それは、「デジタルから生まれ、デジタルのままベストセラーにつながる」本の少なさだ。海外では、個人による電子書籍出版からスマッシュヒットし、改めて大手出版社が紙版・電子書籍版を作ったものから、ドラマ化・映画化などのヒットにつながる作品も出てきている。映画「オデッセイ」の原作である「火星の人」は、もともとウェブ小説をKindleで個人出版したものだった。
日本の場合にも、いわゆる「なろう小説」のようなライトノベル、もしくはコミックスにおいて、ネット上の掲示板・閲覧システムから生まれたヒットは多数ある。しかしそのほとんどは、出版社が掲示板などから原作を「一本釣り」し、まずは「紙の書籍でリクープする」ことを狙って作られた作品ばかりだ。デジタルから生まれてデジタルでヒット……という道筋はできていない。こうした傾向もまた「日本的」なところかと思うが、電子書籍市場の盛り上がりにつながっていないところは残念、という気持ちがある。
「進んでいる」「遅れている」という議論は、本来あまり建設的なものではない。筆者もそうした物言いをすることがあるが、本来は控えるべき、別の形として提示すべき文脈だと思っている。ここまで挙げた電子書籍の例のように、「実は他国より進んでいるところ」「逆に今はまだ困っているところ」などがないまぜになっており、見ている方向や切り口によって評価は変わってしまうからである。
そういう意味でも、市場は虚心坦懐に分析する必要がある。本当に変えなければいけないところはどこなのは、本当は「いいところ」はどこなのか。「他国では」という論法とは違う見方で語らねば、全体として前向きな、是々非々の議論にはならないのではないだろうか。
小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ」
2018年4月27日 Vol.170 <手続き大事号> 目次
01 論壇【小寺】
著作権ブロッキングはなぜ危ういのか
02 余談【西田】
「日本の電子書籍は遅れている」は本当か
03 対談【小寺】
フリーライターコヤマタカヒロさんに聞く、「正しい病の倒れ方」 (3)
04 過去記事【小寺】
PTA広報紙を電子化したった(8)
05 ニュースクリップ
06 今週のおたより
07 今週のおしごと
コラムニスト小寺信良と、ジャーナリスト西田宗千佳がお送りする、業界俯瞰型メールマガジン。 家電、ガジェット、通信、放送、映像、オーディオ、IT教育など、2人が興味関心のおもむくまま縦横無尽に駆け巡り、「普通そんなこと知らないよね」という情報をお届けします。毎週金曜日12時丁度にお届け。1週ごとにメインパーソナリティを交代。 ご購読・詳細はこちらから!
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