やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

米朝交渉を控えた不思議な空白地帯と、米中対立が東アジアの安全保障に与え得る影響



 米朝会談に先駆けて、いろんな話題が乱舞するようになったのは良いことなのでしょうか。

 メルマガに質問も多いので、少し特撰気味にニュースをピックアップしてみようと思います。

北朝鮮、核放棄先行を拒否=米朝首脳会談の再考警告-強硬派のボルトン米補佐官攻撃

トランプ氏、米朝会談「展開見ていく」 北朝鮮の中止示唆受け

特別検察官は「トランプ氏を起訴しない」 NY元市長が明言

ナバロ米国家通商会議委員長、中国との通商協議から外される

 中でも、興味深いのは「アメリカは2月以降実際に北朝鮮攻撃の準備を重ねていた」という記事であります。実際、記事にもある通り対北朝鮮開戦に消極的なマティス国防長官と軍首脳の動きに対して、トランプ大統領が大変神経質になっていたという話は、安全保障系の学者だけでなく消息筋も非常に気にしていた情報でした。

米大統領、北朝鮮との「開戦準備」指示していた

 一方で、激化するシリア情勢やイスラエルでの問題(エルサレムにアメリカ大使館を移設する公約を実行に移した件)は、アメリカにとって対中国と対中東情勢の二正面作戦を強いる、というのは事実であって、中国の南シナ海ほかでの台頭への牽制とトランプ政権でグリップするのはなかなかに困難です。

 それゆえに、米中対立の文脈で考えたときに、アメリカ単体での工作ではなく友邦国による役割の分担を本来は考えるべきところです。しかしながら、トランプ政権というのは対欧州はデータ資本主義における緊張関係があり、また日本や韓国にはあまり一貫した方針を提示することもないので、おそらくは北朝鮮の金正恩さん以上に不透明なのがトランプ大統領の意志・決断であるという問題は変わっていません。

 本来は、北朝鮮の揺さぶりの結果、米朝首脳会談が行われない、または不調に終わったとき、起きるリスクは文字通り武力制裁が北朝鮮に対して行われるわけでして、これは日本にとっても中国やロシア近隣国にとっても良い影響は与えません。やはり交渉が上手く行って、しぶしぶでも北朝鮮が具体的な核施設の公開や核関連資源の第三国への搬出に合意することでようやく朝鮮半島の非核化は達成できるというのが正直なところです。

 この非核化プロセスが実現するのであれば、そのあとについてくるのは「朝鮮半島の南北統一」であり、まさに韓国・文在寅大統領以下韓国国民の悲願でもあります。むしろ、勢いをつけてそこまでたどり着いてくれるのであれば、それはそれでよかったんじゃないかと思える日が来るのかもしれません。

 しかしながら、大きな関門は二つ残されており、ひとつは統一朝鮮の政体がどうなるのか、親中国か親アメリカか、在韓米軍の処遇や核配備状況はどうか。もうひとつは、南北統一にかかる最低でも合計年6兆円以上とみられる併合費用をどう捻出するかです。平和維持費用で10年間220兆円(年22兆円)という試算もありますが、実際にどのくらいかかるのかは想像もつきません。

朝鮮半島の平和維持費用、10年間で2兆ドル-ヘッジファンドが試算

 ドイツでさえ、冷戦後に共産圏であった東ドイツの併合で文化的、経済的に大変な苦労をしているわけですが、20年以上の時間と膨大なインフラ再投資を経て現在の強いドイツに成り代わっています。一方、半島国家であり合計しても7,000万人程度の人口しか擁さない統一朝鮮でアメリカや中国の思惑だけでどうにかするのは不可能です。日本にも、統一朝鮮政府への投資を求めてくる動きが活発化するのは間違いありません。非核化にも南北統一のプロセスにも関わらない日本やロシア、インド、東南アジア各国が受ける困難はそれなりに大きいものがあります。

 といって、非核化もされず、単に北朝鮮が時間を稼ぎ切って核兵器の開発と配備に成功し、純然たる核保有国になった場合は、日本も単独の核兵器保有や配備に向けた安全保障議論へと舵を切らざるを得なくなります。国防費の見直しや再編成にも話が及ぶことでしょう。

 このあたりの話は、私が主宰している経営情報グループ『漆黒と灯火』でも何度か有識者をお呼びして対談してきたのですが、情勢が流動的になるたび、専門家や有識者から全く異なる北朝鮮・米トランプ政権像が語られるというのは驚きです。

漆黒と灯火

 今度この辺の対談動画でも公にしながら問題を世に問うのも面白いんじゃないかと思っておりまして、ご関心のある向きはぜひお声をかけていただけるとありがたく存じます。

 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.225 今後の展開が読めなくなりつつある北朝鮮情勢、そして仮想通貨マネロン問題、グローバル化するIT業界と安全保障の軋轢などを語る回
2018年5月18日発行号 目次
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【0. 序文】米朝交渉を控えた不思議な空白地帯と、米中対立が東アジアの安全保障に与え得る影響
【1. インシデント1】暴力団が仮想通貨取引所を通じて資金洗浄を繰り返していた件で
【2. インシデント2】IT業界のグローバル化と安全保障は両立するか
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A
【4. おっさんの育児事情】(メルマガ内不定期連載気味)

 
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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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