甲野善紀
@shouseikan

「風の先、風の跡――ある武術研究者の日々の気づき」

武術研究者の視点—アメフト違法タックル問題とは? そこから何かを学ぶか

甲野善紀メールマガジン「風の先、風の跡――ある武術研究者の日々の気づき」Vol.173より



◇5月26日――昨日というか今日というか25日は本当にいろいろあった

日付について厳密に言えば昨日だが、生活実感で言えば今日5月25日は、世の中を騒がすニュースがいろいろとあった。アメリカが突如北朝鮮に初の米中首脳会談の中止を伝えたのが前日の24日。それを受けて慌てた北朝鮮が「自分達は会談をやる気がある」との意思表示を出した。

そして、最近世間の耳目を集めているのが、日大と関学とのアメリカンフットボールの試合の中で日大の部員が行なった違法タックルの問題。このことについては、私もどうにも目が離せず、ここ数日間ずいぶんとこの報道を見ることに時間を割いてしまった。

ことの始まりは、5月6日の日大と関学とのアメフトの定期戦だが、ここであった日大生の違法タックルに、関学が日大に抗議文を送って問題が世間に広く知れ渡り、22日に違法なタックルを行った日大の学生の単独記者会見があり、翌日23日に日大の監督、コーチの記者会見があった。そして今日25日は、それに続いての日大の学長の記者会見。ここでは会場に紛れ込んでいきなり発言をした老婆も登場という話題も振りまき、さらにこの日は、日大の田中英寿理事長に対する『週刊文春』の路上での突撃インタビューの動画も流れた。この動画はまるでドラマの中の一シーンのような、出来すぎの悪役としか思えないような田中理事長の横柄な受け答えの様子が映し出されていて、日大のアメフト不祥事は、あまりにも悪役と目される人達が、その悪役ぶりをマスコミの期待以上に演じているような感があり、「本当にこんな事が起こるのだ」という驚きの展開となってきている。

そして、この事を憤慨しながらも、一つの生なショーとして興味を持って見ている人の数は膨大だと思う。今や「こんなに叩いてもいい人間はいない」とばかりにテレビのワイドショーなどでは、監督やコーチ、また大学関係者に石を投げる人々のコメントであふれている。そうした石を投げる人物の中に、かつて今回の日大のアメフト部の監督と似たような人物の行った愚行を擁護した者も紛れ込んでいたようだ。そういう自分の事が見えていない人の姿や、かつて私自身が起こしたことなどを思い出したりして、何とも言いようのない気持ちになり、23日に次のような一連のツイートを行った。

<昨日の日大アメフト部員、宮川泰介選手の日本記者クラブでの会見を観た時から、今回のアメフトのルールを無視したタックルの問題と、その展開について、ちょっと前例が思い浮かばないほどの思いで、この問題関連のニュースやワイドショーを見ていた。>

<ひとつは、今回日大の対戦相手であった関西学院大学のアメフト部には、昨年、一昨年と招かれて、ちょうど今頃の時期に指導に行ったこともあったからかもしれない。>

<そして、先ほど日大前監督とコーチの会見をネットの中継で観ていて、何とも言いようのない思いに駆られた。それは私自身憧れ、尊敬していた師範の言動に失望して合気道を辞めたといういきさつを思い出したからかもしれない。>

<先ほどの前監督とコーチの会見は、確かに突っ込みどころはいくつもあっただろう。今や、この人達ほど、この人達に向かって石を投げても咎められないような立場になってしまった人はいないかもしれない。>

<しかも一人は巨大な大学組織で権力を揮ってきたといわれる人物。石を投げる腕にも力が入りそうである。>

<しかし、この機に乗じて、本当はこの2人とあまり変わらないことをしていた人達も、素知らぬ顔で石を投げる側にまわっているような気がする。ましてや、そうした傾向が潜在的にある程度の人は、ここぞとばかり投げることだろう。>

<私も今から40年以上前、合気道を辞めた時は、尊敬していた師範に対する失望と、裏切られたという怒りにも似た思いの中で涙を流していたと同時に、私の期待を裏切った師範に対して、ただの石以上に鋭い槍を投げていたような気がする。>

<しかし、その後冷静になって考えれば、その事があったから私は合気道から独立して武術稽古研究会を立ち上げ、今に至る道に何の干渉も受けずに入ることが出来たのである。>

<合気道を辞めるに当たって私が行なった事は、師の言動に対する私の意見と、「先生をここまで批判した以上、責任をとって、私は合気道を辞めます」という事を書いた手紙を出しただけである。>

<私が辞める決心をした師の言動とは、一般社会の常識からみれば「えっ、なんでそんな程度のことで辞めるということを決心するほど師匠に失望したの?」と言われるであろう事だったが、師匠に深い思い入れのあった私には見過ごせなかったのである。>

<それは、師匠の実に粋でカッコイイ辛辣な言動を日ごろから聞いていた、師匠のごく身近に居た者でなければ理解出来ないものだった。>

<しかし、そういうごく身近な、いわば高弟といわれる人達は、十分に私の気持ちを理解することが出来たと思う。>

<現にその事があった時、同席していた師範の信頼が最も厚かった先輩2人には、私の失望感を十分に理解していただいた。そして、「今日は残念でしたね。我々2人は辞めないけれど、あなたが辞めることを止めることは出来ないと思う」と言われた。>

<ただ師匠の顔色ばかりを窺っているのではなく、このように師匠の言動の可否を冷静に判断できる先輩を育てられたところが師匠の師匠たるところで、本当に私も尊敬していたのだが…。>

<私は師匠をハイレベルで尊敬していただけに、それが他の人だったら許せた事も許せなかったのである。したがって、私の辞め方は私の師匠にとって他の誰が辞めた時よりも心に刺さったことだと思う。>

<しかし、そのお陰で私の今日があることを思うと、今はただ頭を下げるだけである。40年以上経った現在でも、たまに師匠が夢に出てくる。そして、ある時はきわめて仲が良く、ある時は激しく対立している。>

<人の縁というのは順逆さまざまな縁がある。順縁だと思った人が逆縁となったり、逆縁というほどではないが、あまり付き合いたくない存在になってしまうこともある。また、あまり付き合いたくないと思っていた人と、ある事がキッカケで縁が近づく事がある。>

<私の人生は、逆縁と思われたり、「トンデモナイ事が起きた」と一時は思えても、それがキッカケである事が上手くいくようになったという事がいくつもある。>

<わかりやすい自分の正義感を発揮し、憤慨しながらも、その事で日頃のウサを晴らすような事は、その人の本質的な成長に何も資するところがない事だけは確かである。>

こうした日大のアメフト問題で、ここ最近はずっと騒がしい上に、今日25日はボクシングの井上尚弥選手がバンタム級に挑戦して1RでKO勝ち。そして、森友問題の渦中の人である籠池夫妻の保釈が認められて拘置所から出所。そのニュースを横眼で見ながら、このメールマガジンの原稿書きに、土田昇氏との対談原稿の読み込み。これから夏になるので色々と衣替えで着物の洗濯依頼。とにかくやらねばならないことが無数にある。

またこの夜は、NHKのテレビでカンヌ映画祭で最高賞のパルムドールを受賞した是枝裕和監督の「万引き家族」について、監督へのインタビューと作品紹介を行なっていて、あらためて「人が生きている」ことについて、身体のあちこちにさまざまな種類の痛みや圧迫感を感じた。そうした事で、「こんな事があって、ただでさえ忙しいのに、もう本当に稽古も出来ない」というイラ立ちが、私の内側である限界を越えそうになってきたので、仕事を打ち切って遅い風呂に入った。

風呂に入って、フト「今の今ここに在る自分」という事について、ボクサーの井上尚弥選手のような人生もあれば、日大の渦中のアメフト選手、宮川泰介氏のような立場もあり、また、その仇役の観がある監督、コーチ、そして大学関係者等々の立場。さらには、数年前までは安倍首相夫人と蜜月だったはずが、今は安倍夫妻から最も迷惑な存在として疎んじられている籠池夫妻という立場。それぞれの人にそれぞれの人生がある。

こうした様々な事件や出来事、またそれへの対応の仕方、そうした事一つ一つには、すべてそうなった意味があり、こうした事に対して、ただ安直な自分の正義感を湧き出たせてストレス発散や退屈しのぎに使うか、それぞれの事から何かを学ぶかは、天地の違いが出ると思った。

中国の禅の先達である大慧普覚の言葉と伝えられるものに「雨竹風松皆禅を説く」というものがある。竹が雨に打たれている様。松の木が風に枝を揺らしている様。つまり、そうした自然の竹や松が、雨や風にどう対応しているかといった事も、すべて禅で説く世界そのものを表しているのだから、それを感じる眼を開け、耳を通じさせよという事なのだろう。

 

甲野善紀メールマガジン「風の先、風の跡――ある武術研究者の日々の気づき」

2018年6月4日 Vol.173
目次
00 <好評発売中!>最新作DVD『甲野善紀 技と術理2017―内腕の発見』
01 稽古録<「影観法」が変化し始める>
02 松聲館日乗<昨日というか今日というか25日は本当にいろいろあった/梅路見鸞老師の人柄
を偲ぶ>
03願立剣術物語を読む 第一回
04 「運命との向き合い方」第二章 その5
05 風向問答
06 活動予定

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甲野善紀
こうの・よしのり 1949年東京生まれ。武術研究家。武術を通じて「人間にとっての自然」を探求しようと、78年に松聲館道場を起こし、技と術理を研究。99年頃からは武術に限らず、さまざまなスポーツへの応用に成果を得る。介護や楽器演奏、教育などの分野からの関心も高い。著書『剣の精神誌』『古武術からの発想』、共著『身体から革命を起こす』など多数。

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