やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

迷路で迷っている者同士のQ&A

Q 【激戦区で走り続けて苦節15年、才能の枯れ具合に泣く】

山本さん、こんにちは。
あまりメルマガでは話題にされない漫画業界で主に山本さんのTwitterを見てメルマガを知り、過去記事も読ませていただいています。
驚くほど見通しが確かだったのを見て、ネットで暴れている姿とは全く異なる山本さんの姿に感心しきりです。

また、迷子問答は愛読させていただいていて、身の上話がてら相談させて欲しいと思っています。

僕は子どもの頃から絵が好きで、ずっと絵を描いて時間を潰してきました。大学も絵を学びたいと思い美大を受けて玉砕し、芸術の道は閉ざされたことで流れ着いたのが漫画家のアシスタントとしての仕事でした。

自分のストーリーを考えたいと思い、雇ってくださっていた漫画家先生の連載が一区切りついたところで世にある賞レースに応募しました。
そこで某賞に引っかかり、そこから幸いにしてポンポンと当たる作品を生み出せたことから、お陰様でそれなりのポジションには来ることができたのかなとは思ってます。

駄菓子菓子、世の中そううまくはいかないのは家庭でいざこざがあり(僕は悪くない……)
出版社でいざこざがあり(僕は悪くない……)
せっかく育てた我が子は言うことを聞かず(僕は悪くない……)

思っていた成功ってのはいざそれなりに満足なレベルで達成したはずなのに、なにこの幸福度の低さ……

そして、襲い来る腰痛…… さらに眼精疲労!!

人生が厳しい。うまくいっているはずなのに、辛い。

鬱にでもなったかなと思い心療内科に行くも、先生からは「本当に抑うつ状態ってのはこんなものではありませんし、少し休まれてはどうですか」と親身に見捨てられ。
そのまま数週間、ゆっくりしていたのですが、仕事柄、読まねばと思っていた他人様の作品に目を通して「これは…… 面白い……!」

ヤバイ。第一線を走ってきたと思う僕よりも、優れた才能に溢れた人たちがこんな面白い作品を。いつのまに。

そう思い始めると、休んでなんかいられない、何かしなければ、という焦燥感で体を熱くします。特に、実録系や、業界事情系の漫画は、原作がついて監修もあって、こういう作品をついに自分はやらなかったなと思い返します。

編集部からも、今まで特にサポートをつけるから作品のストーリーを面白くしろという指示もありませんでした。
むしろ、連載落とさないようにストックを貯める方向へ誘導され、でもやればやっただけまぁまぁ評判になるし、アニメ化もドラマだか映画だかも、あまり興味はないけど真面目に取り組んできたつもりです。

それでもすべてが、自分の人生が実は作品の洪水の中に沈み、そういえばあの時そういう人がいたねってレベルで忘れられていくことの恐怖感があります。
何より、新しいものを生み出す才能が枯渇して、泳ぐ能力がなくなった時に、確実に、沈むんだ、と。

質問を書いていて心の中のドロドロとしたものがそのまま山本さんや読者の皆さんが読むのだと思うと心臓が高鳴ります。が、かなり本音です。
マジモンの迷子だなと思っているのですが、どうしたら良いでしょうか。
 

A 【人生には段階に応じたギアがある】

 私がセミリタイアを決断したのは38歳で、そのときは両親が要介護になり、また息子たちが生まれてきたので育児も大変だから、いわゆる常勤の仕事を思い切って全部辞めて、仕事と家族のバランスを取ろうと試みました。

 その際に、貴殿のお悩みと似た悶々としたものを抱えましたが、結構早い段階で潜り抜けることができたのは「年甲斐並みの働き方」を意識するようになったことがあります。

 最初に襲ってきたのは「確かにお金はあるけれど、こんな人生でいいのか」という、自分のプロフェッショナルな部分に対する否定的感情です。私は結構マイクロマネジメントなほうだったので、何かを手掛けるとプロジェクト全体に口を出したくなるのを全部やめるという選択肢を取ったんですが、そうすると「じゃあ私は何のためにこの仕事をしているんだっけ」と疑問を持ち始めます。

 さらに、もう一生大丈夫なぐらいのお金があるんだったら、むしろあくせく働かないほうが自分のためなんじゃないかと思ったこともありました。そのころも、そしていまでも、毎日時間を決めてせっせと調べたり取材したりして、原稿を書きいろんな媒体で連載させていただいています。しかし、自分の使う時間に比べて得られる収入という点では本当に1%ぐらいの収入だけであって、残りは「私の書いた文章が、賛否両論をもって世の中の人に迎えられる」という存在証明のモチベーションしかありませんでした。

 ただ、やはり私があまり身体が強くなくイマイチな学生生活を送っていたころから、生きた証をどう残すかということにモチベーションを持っていて、書くことをやめることは、その時代に私がいたことさえも消えてしまうという虚無に対する恐怖があったことは否めません。だから、書くのだ、と。

 そして、あれやこれや浮き沈みあって、家内からも「無駄に波乱万丈だ」といわれるのも、そういう浮き沈みこそ人生だと思える性格であるのに加え、沈んだときでも誰かしらからのお声がけがかかるのは、単に山本一郎を救おうとか好きだからというよりは、何らかの利益が先方にあると考えてくれているのだというプロフェッショナルな書き手としての私が評価されてきたからだと思っています。それは、それこそ16歳の頃からパソコン通信をやり、毎日欠かさずブログや記事を書き続けてきたからこそ積み上がってきたものへの評価なのだろうとも思っています。

 貴殿の悩みで言うならば、それでもいずれ沈むやんけという話があって、それはもちろんごもっともです。いずれ、力尽きたら沈みます。人間誰しも終わりがあるんだから沈んで当然やないかと思う面もありますが、私はそれ以上に、年相応の働き方と果たすべき機能があるんじゃないかと思ってます。

 というのは、昔キャリアの一番最初に私立探偵をやっていたころ、調査とは何かを叩き込んでくれた(かなり間違ってはいたけれど)ベテランがおりました。その際に、自分を出すオンのときと、人知れず何かをするオフのときを意識的に作れという話をしてくれたのですが、何故それが必要かといえば、オフがいずれ必要な時が来るからだと説明してくれたわけです。

 そのころはこのおっさん訳の分からんことを言ってるなと思っていたのですが、ジジイになってみると、オフの働きのほうが人生において大きなウエイトを占めるぞということに思いいたるわけです。物事を調べてインプットしたり、テーマを探しながら沈思黙考したり、テープを回さず有力者と懇意になり取材の下地を作ったり、さまざまな価値あることはこのオフに詰まっていることが分かります。

 確かに現場にいってあれこれ切った張ったをしているときはアドレナリンが出て闘争心剥き出しにしたりしますが、本質はこのオフにあるのだと分かったとき、酒の飲み過ぎであっさり死んだこのベテランの墓前に毎年せめて花とカップ酒は置いていこうという気になれます。

 そして、オフで大事なことは、若いころのようにもう働けないと気づいたときにどうするかです。私はよく20代30代の人たちに「40代を迎えるにあたり、自分を説明するのに履歴書が必要な働き方をするな」という話を口酸っぱく言い嫌われることを日課にしていますが、言いたいのは「プロフェッショナルとして、仕事で声がかかる人になれ」ということです。山本さんこれ頼むよ、って気軽にメッセージが来て、報酬が提示される関係を構築することが、職業人としての目標であると私は思っています。そしてそれは、オンで山本一郎は騒動を起こして揉めているように見えるけど、実際にはどこの会社とも長続きし、堅実に仕事をする実績を知っている人が仕事を出したり出されたりする関係の礎になっているからです。

 すなわち、才能も体力も枯れる前提で職業人としての道は続いている以上、その年齢、仕事ぶりで期待されるものに見合ったやり方にギアチェンジをしていかなければ、結構簡単に沈むのだとも言えます。

 ネットでモノを書く人という意味では、私と同年代の人たちが次々と表舞台から消えていく中でアラフィフでこれだけモノを書いているのは私ぐらいだという話を良くされるのですが、それは仕事が早く納期をまあまあ守るからというだけでなく、他に私より才能のあった人は数多いる中でジジイになるごとに働き方がネックになって仕事量が落ちていくからだと思っています。戦う場所の選定も、やるべき仕事の中身も年齢と共にどんどん変わっていくのに、その変化への対応を怠った人が、過去の仕事の仕方や古い戦場での成功体験にこだわって、その場ややり方の衰退とともに沈んでいくのです。

 翻って、絵を描くことで才能を輝かせた貴殿は、実は絵ではなく、ストーリー展開で作品に深みを与えヒットしたのかもしれないし、読者と一緒に歳を取らずにいまなお現役でやれているのは媒体側の隠れた努力に乗っかっている面もあるかもしれません。このあたりの状況をより客観的に把握できるようになると、休養中にうっかり目にした他の才能に圧倒されることはないのではないでしょうか。

 間違いなく、他の人は貴殿の作品を見て才能に圧倒され、次に何をしてくるのか興味をもって見ているのでしょうから。
 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.387 Uber社の件で団交命令が出た件に触れつつ、カード決済周りで起きつつある不都合や地方自治が抱える深刻な事情などを考察する回
2022年10月31日発行号 目次
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【0. 最終案内】経営情報グループ『漆黒と灯火』会員募集、まもなく終了します
【1. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A
【2. インシデント1】レジームの反撃を受けるベンチャー界隈と生産性の今後
【3. インシデント2】DMM(Fanza)に続きPixivも業火に包まれるカード決済による表現規制の煉獄
【4. インシデント3】「落選議員」への補償問題と地方自治侵食の問題点(前編)

 
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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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