高城剛メルマガ「高城未来研究所「Future Report」」より

砂上の楼閣ドバイ

高城未来研究所【Future Report】Vol.762(2026年1月23日)より

今週は、ドバイにいます。

近年、不動産投資や租税回避地としてドバイに注目が集まりますが、以前も何度かお伝えしましたように、このスキームを作ったのは英国です。
2008年のリーマンショックで崩壊するまでの「ドバイ・バブル」は、イギリスの信用、イギリスの制度、そしてイギリスの資本によって膨らんだものでした。
なぜ砂漠しかない人口数千人の小さな漁村が、これほどまでにイギリスの影響下にあったのか。そこには「影の支配」とも言える深い歴史があります。

まず前提として、UAE(アラブ首長国連邦)が建国される1971年まで、この地域は「休戦オマーン」と呼ばれるイギリスの保護国でした。
ドバイの歴代首長マクトゥーム家は、外交や防衛をイギリスに委ね、イギリスから派遣された「政治駐在官」は、首長の事実上の「指南役」でした。
こうして最初の本格的な空港建設など、ドバイの黎明期のインフラ計画を技術的・資金的に支えたのは英国企業と英国政府だったのです。

同じく、石油が出ないドバイが急成長できた最大の理由は、ドバイの金融システムが「イギリス仕様」であり、長年、ドバイの中央銀行的な役割を果たしていたのは、HSBC(旧ブリティッシュ・バンク・オブ・ザ・ミドルイースト)だからです。
通貨ディルハムが導入される前は、インド・ルピーや湾岸ルピーが使われていましたが、その流通を管理していたのも英国系銀行でした。
こうした信用の裏付けによる安心感が、欧米の投資家を呼び込み、ドバイの金融街は、実質的に「ロンドンのシティの出張所」として機能していたのです。

その象徴が、ドバイが金融センターになるために作った経済特区「DIFC(ドバイ国際金融センター)」です。
ここは、UAEの国内法シャリア・イスラム法が適用されない治外法権エリアで、英国法(コモン・ロー)によって支配され、DIFC内の裁判官にイギリスの高名な元裁判官を招聘します。言語はすべて英語で、ロンドンと同じルールで裁判を行えるようにしました。
こうして、ドバイは「砂漠の国」でありながら、法的には「ロンドンの飛び地」となることに成功し、世界中から投資と人を呼び込み、急成長していきます。

また、不動産バブルを煽ったのも、イギリスのマーケティング力でした。人工島「パーム・ジュメイラ」の売り出し時、デビッド・ベッカムやマイケル・オーウェンといった英サッカー界のスーパースターが別荘を購入したと大々的に宣伝され、「ドバイに家を持つこと」がイギリスの中産階級以上のステータスとなりました。
雨が多く陰鬱なロンドンを逃れ、太陽が降り注ぐドバイへ。ドバイに住む欧米系外国人の最大派閥は常にイギリス人であり、彼らが不動産価格を釣り上げました。
当時のドバイ・バブルは、実質的に「ロンドンの不動産ブームの延長戦」であり、何を隠そう、当時ロンドンに住んでいた僕もこの仕事を手伝い、頻繁にドバイへ通っていました。

現在、人口の90%を外国人が締めていると言われるドバイですが、実はその半数が南インドのケララ人(ドラヴィダ系)です。
これにも歴史的要因があり、石油が出るはるか昔から、アラビア半島と交易を行っていたのは、インド洋に面した南インドの商人たちでした。
1970年代のオイルショック(建設ブーム)の際、英語教育が進んでおり、かつハングリー精神旺盛だったケララ州の人々が、いち早く労働力として湾岸諸国へ渡りました。
ケララ州は、いまも30%以上がイスラム教徒です。結果、現在のドバイでは、ケララ独自の「マラヤーラム語」が通じ、飲み物は「カラク」(南インドのマサラ・チャイの中東版)、食べ物は「ポロタ」(ケララの層になったデニッシュのような平焼きパン)が普及しているのです。ちなみに、タクシードライバーの大半は、パキスタン人(特に北西部のパシュトゥーン人)です。

しかし、2008年にすべてが変わります。

世界的な金融危機により、ロンドンの銀行が風邪を引いたため、ドバイは肺炎を起こしました。英国系の銀行が資金を引き揚げ(貸し渋り)、英国人の不動産投資家がパニック売りをした瞬間、ドバイの建設現場はすべて止まったのです。

このドバイ・ショックの際、破綻寸前のドバイに200億ドル(当時のレートで約2兆円)の救済資金を注入したのはアブダビでした。
世界一の塔の名称が「ブルジュ・ドバイ」から「ブルジュ・ハリファ(アブダビ首長の名)」に書き換えられたあの日、ドバイは実質的に「主権」の一部をアブダビに差し出したと言っても過言ではありません。それ以降、ドバイがどんなに華やかなプロジェクトを打ち上げようとも、その命綱(最終的な担保能力)はアブダビが握っています。
「金の切れ目が縁の切れ目」と言いますが、ドバイにとってアブダビからの送金停止は「即死」を意味します。
いまドバイの生殺与奪権は、完全にアブダビにあるのです。

現在、この「吸収合併」の流れを加速させているのが、UAEの大統領でありアブダビの支配者であるムハンマド・ビン・ザーイド(通称MBZ)の存在です。彼は、これまでの「緩やかな部族連合」だったUAEを、アブダビ主導の「強力な中央集権国家」へと作り変えようとしています。
これまでドバイは、独自のアクロバティックな法律や税制優遇で世界中のマネーを集めてきました。
いわば「連邦の隙間」を突くビジネスモデルです。しかし、近年導入されたVAT(付加価値税)や法人税、そしてマネーロンダリング規制の強化は、すべて連邦政府(=アブダビ)の意向です。
アブダビが進める「国家の正常化・近代化」は、ドバイが武器にしてきた「怪しげな魅力・無法地帯としてのメリット」を削ぎ落とすことと同義で、この傾向は年々強くなっており、シンガポール同様、不届き者はキックアウトされています。

英国が実質的に手をひいた現在、徐々にドバイは、独立した都市国家としての色彩を薄め、「グレーター・アブダビ(大アブダビ圏)」における「商業・観光特区」のような存在になりつつあります。政治、外交、軍事、エネルギー政策といった国家の根幹(ハードパワー)は、アブダビが独占。
一方で、観光、エンターテインメント、フィンテック、広報といった華やかな表面(ソフトパワー)は、今後もドバイが担当し続けることになると思われます。

また、ドバイの街づくりは、アブダビ方面へと南進が続いていますます。この核となるのが、アール・マクトゥーム国際空港(DWC)、通称「ドバイ・ワールド・セントラル」です。
今日メインで使われている「ドバイ国際空港(DXB)」は北部にあり、市街地に囲まれてこれ以上の拡張が不可能なため、街の最南端、ほぼアブダビとの国境に近いエリアに、とてつもない規模の新空港を建設しています。
完成すれば滑走路5本、年間2億人以上をさばく、人類史上最大の空港(サンフランシスコ市と同規模)となる計画です。

この結果、ドバイの不動産エージェントは 「投資するなら『ドバイ・サウス(南)』です」と囁きますが、本当でしょうか?

宗主国は変わっても、脆弱性は変わっていない砂上の楼閣ドバイ。
この街は、アブダビという「巨大な大家」の店子にすぎないと、強く実感する今週です。
 

高城未来研究所「Future Report」

Vol.762 2026年1月23日発行

■目次
1. 近況
2. 世界の俯瞰図
3. デュアルライフ、ハイパーノマドのススメ
4. 「病」との対話
5. 大ビジュアルコミュニケーション時代を生き抜く方法
6. Q&Aコーナー
7. 連載のお知らせ

23高城未来研究所は、近未来を読み解く総合研究所です。実際に海外を飛び回って現場を見てまわる僕を中心に、世界情勢や経済だけではなく、移住や海外就職のプロフェッショナルなど、多岐にわたる多くの研究員が、企業と個人を顧客に未来を個別にコンサルティングをしていきます。毎週お届けする「FutureReport」は、この研究所の定期レポートで、今後世界はどのように変わっていくのか、そして、何に気をつけ、何をしなくてはいけないのか、をマスでは発言できない私見と俯瞰的視座をあわせてお届けします。

高城剛
1964年葛飾柴又生まれ。日大芸術学部在学中に「東京国際ビデオビエンナーレ」グランプリ受賞後、メディアを超えて横断的に活動。 著書に『ヤバいぜっ! デジタル日本』(集英社)、『「ひきこもり国家」日本』(宝島社)、『オーガニック革命』(集英社)、『私の名前は高城剛。住所不定、職業不明。』(マガジンハウス)などがある。 自身も数多くのメディアに登場し、NTT、パナソニック、プレイステーション、ヴァージン・アトランティックなどの広告に出演。 総務省情報通信審議会専門委員など公職歴任。 2008年より、拠点を欧州へ移し活動。 現在、コミュニケーション戦略と次世代テクノロジーを専門に、創造産業全般にわたって活躍。ファッションTVシニア・クリエイティブ・ディレクターも務めている。 最新刊は『時代を生きる力』(マガジンハウス)を発売。

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