言葉には射程距離がある
言葉には射程距離があります。
言葉を発する人がそれを意識しているかどうかとは関係なく、言葉にはそれが「届く」距離がある。理屈っぽくいうなら、言葉は辞書的な意味だけではなく、それを発した人が持つ歴史的、心理的、あるいは関係性に基づいた枠組によって規定されるものだということですね。
これは言葉が持っている当たり前の性質なのに、実践的には、しばしば無視されています。そして、それによって失われているものは途方もなく大きいと僕は考えています。
言葉の射程距離は、その言葉を取り巻く枠組みを何となく共有できるかどうかによって決まります。それを共有できなくなった瞬間、言葉はありとあらゆる形で誤読されるようになります。
そして、非常に厄介なことなんですが、この「射程距離」は、発信者の努力だけで広げることはできません。言葉の射程距離は、常にその言葉を受け取る人とともに作りだすしかない。もちろん、それを届かせようという努力とか、力量が発信者に求められるのは当然です。しかしより大切なことは、それが発信され、受信される「場」の力なんですね。それが整っていないことには、言葉は届かない。
それはもう、絶望的に届かないんです。
その他の記事
|
「ワクチン接種」後のコロナウイルスとの戦いは「若者にも出る後遺症」(やまもといちろう) |
|
ボツ原稿スペシャル 文春オンラインで掲載を見送られた幻のジャニー喜多川さん追悼記事(やまもといちろう) |
|
週刊金融日記 第299号【誰も教えてくれなかったWebサービスとアフィリエイトの勝利の方程式、日本も世界も株式市場はロケットスタート他】(藤沢数希) |
|
トヨタが掲げるEV車と「それは本当に環境にやさしいのか」問題(やまもといちろう) |
|
これからの時代をサバイブするための「圏外への旅」(高城剛) |
|
「文章を売る」ということ(茂木健一郎) |
|
「意識のレベル」を測る手技を学ぶ(高城剛) |
|
皇室典範のような面倒くさいところに国連の人権屋ぽいのが突撃してきた話(やまもといちろう) |
|
川端裕人×オランウータン研究者久世濃子さん<ヒトに近くて遠い生き物、「オランウータン」を追いかけて>第2回(川端裕人) |
|
「まだ統一教会で消耗しているの?」とは揶揄できない現実的な各種事情(やまもといちろう) |
|
口コミ炎上を狙う“バイラルサイト”問題を考える(本田雅一) |
|
インドのバンガロール成長の秘密は「地の利」にあり(高城剛) |
|
夏の京都で考える日本の「失われた150年」(高城剛) |
|
AIやロボットによってもたらされる不確実性時代の雲行き(高城剛) |
|
沖縄の地名に見る「東西南北」の不思議(高城剛) |












