やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

ウェブ放送&生放送「脱ニコニコ動画」元年





 ウェブメディアだけでなくネット広告にどっぷりと漬かっている人たちは、2014年ごろから進んできた地殻変動が2015年にさらに進んできたことはご理解いただけるでしょう。ひとつは、「ディスプレイ&液晶と目玉を奪う争い」がスマートフォンを主戦場とする代わりに単価が大きく下落。新たな概念としてビューアビリティ問題が発生して、単純な閲覧量を示すPVと、広告効果の間で大きなギャップを示すようになったこと。それは、ネット広告の更なる単価引き下げと、コンテンツ流通の再編、さらにはコンテンツの有料化・囲い込みの促進で、放送とコンテンツ、ウェブとコンテンツの間でのそれぞれのビジネスモデルが大きく変わってきたことを意味します。

 それはニュースの世界にも大きな変化をもたらしましたが、日本市場の場合は、日本最大のネット媒体であるヤフージャパンの「覚醒」によるところが大きい。ぶっちゃけた話、2013年までのアプリやスマホでのニュース閲覧はブラウザ経由が依然として70%近くを占め、ただしアプリの比率が上昇していく頃合を見計らってSmartNewsやGunosy、Antenna、NewsPicksなどが凌ぎを削っていたわけです。

 ところが、そこへ一気にパイを持っていったのが、スマホのアプリユーザーの膨大なユーザーバックグラウンドを持つLINEのニュース配信参入、さらに寝た虎が起きた状態のヤフーの猛烈なスマホシフトで、先行者利益を享受しているはずのSmartNewsなどニュースアプリ専業勢の旗色がにわかに悪くなってきます。いまでこそ、頑張って企業タイアップを増やし、オウンドメディア的なアプローチで広告単価の引き上げと、クオリティの高い記事を生み出せる編集部に投資を進めていますが、やはりヤフーとLINE(とlivedoor)の動員が圧倒的で、もはやここに記事が掲載されないとウェブメディアの採算が合わず、ニュースアプリもそこと比較されると違う差別化を図らないとなかなか生き残れないというレベルの状況になってくるわけです。

 さらには、コンテンツ提供者側もいろいろ問題はありつつもdマガジン、dビデオのそこそこのビジネスモデル確立で、ニュースアプリ方面からの「買い叩かれ」に耐性がつくようにはなってきました。2016年には、アプリ側がCPを選別するのではなく、CPが資金も流入も乏しいアプリやプラットフォームを切る動きが出てくるのではないかと思います。Facebook然りGoogle然りニュースがPVの重要な根源というテーマを持つ以上、高採算のニュースメディアを単独で運営していくことは困難な時代が続くのでしょう。実際、上記で出したニュースアプリは冴えない話がいっぱい流れてきます。そのうち、合併したり身売りしたりすることになるでしょう。

 さて、テキストやニュース配信の世界以上に激変が予想されるのはウェブ放送、動画サービスの世界です。目下、負け組として草刈場になっているニコニコ動画は継続してユーザー離れを理由とする広告単価の下落が進んでおり、定常的に広告を掲載していた会社のデータを見る限り一貫してユーザーからの反響が低迷していっているように見えます。その代わり、生放送ではツイキャスが、その他放送ではHulu、Netflix、FOD、dビデオなど、いわゆる「観るものがないので仕方なくニコニコ動画やYoutubeを観ていた層」を独自コンテンツのラインアップ強化でごっそり引き取り始めていることを見ると、これらのサブスクリプション(月額課金)&広告事業のスタイルはもっと定着していくものと見られます。

 そうなると、地上波ももろに影響を蒙ることになるわけですが、データ収集会社から寄せられたデータを分析してみると、単にいままでの世帯視聴率の尺度では見えなかったユーザーの動きはなんだかんだでテレビ局も吸い上げてそれなりに健闘している図が見えます。確かに視聴率という点ではリアルタイムにバラエティ番組を観る機会は減る一方で、見逃し視聴、録画視聴などコンテンツ「ご指名」の消費には課金との相性が良く、ちゃんとしたストックビジネスの手配をすれば地上波はサブスクリプションの誘導に、テレビ局のブランドは囲い込みや映画・有償コンテンツ買いのクラウンにという図式もくっきりと見えてくると思います。Netflixについては、英語圏の市場規模8億人と日本語圏1億2,000万人とでは残念ながらスケールさせるための基本的なノウハウが異なるのも仕方ないと思うのですが、それでもアメリカ側が思っていたレベルよりもはるかに下の注目度しか集めることができなかったにも関わらず日本でのビジネスの取っ掛かりはきっちりと築くことができたのは大きいと思ってます。

 この手のウェブサービスの流行り廃りは早いと思う一方、ヤフーも20年近くニュース配信事業の最前線におります。新しいからすぐ廃れる、古いから駄目だという話ではないというのは言うまでもありません。テレビ局もかつての超高収益事業であり続けられる状況ではないもののしっかりとしたコンテンツ制作能力を武器にネット時代にしたたかに対応してきている現状を見ると、ここ2年の変化もある程度納得して見られるものですし、次の変化もなんとなく予見できるのではないかなあと思います。

 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路

Vol.145 2015年ネットメディアの総括と展望、ベンチャー界隈を食い物にする輩の告発、そして新年へ向けて抱負を語るの巻
2015年12月26日発行号 目次
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【0. 序文】ウェブ放送&生放送「脱ニコニコ動画」元年
【1. インシデント1】2015年を終えて、2016年に取り組みたいこと
【2. インシデント2】地味に無能な若手弁護士が安値でベンチャー界隈の相談を引き受け問題を続発させる一部始終
【3. インシデント3】最近の大手プラットフォーマーのメディア取り込み動向を俯瞰してみる
【4. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A

 
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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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