私の中にはもう一人の「私」がいる!?

『エスの系譜 沈黙の西洋思想史』互盛央著

ビスマルクの決断は「誰」がしていたのか

19世紀にドイツ統一を主導し、話し合いや多数決ではなく大砲(鉄)と兵隊(血)による解決を推し進めた鉄血宰相ビスマルクは、家でなされた会話の中で、意外にもこんな言葉を残しているという。

「私はしばしば素早く強固な決断をしなければならない立場になったが、いつも私の中のもう一人の男が決断した。たいてい私はすぐあとによく考えて不安になったものだ。私は何度も喜んで引き返したかった。だが、決断はなされてしまったのだ! そして今日、思い出してみれば、自分の人生における最良の決断は私の中のもう一人の男がしたものだったことを、たぶん認めねばならない」(本書p83-4)

ビスマルクにおいては、「私が考えるich denke」の“考え”は私が意図的に考え出したものではなく、まるで「稲妻が走るes blitzt」と言うのと同じように思い浮かび、時には戸惑いさえする代物だった。そしてこの引用の直後、著者は「「もう一人の男」―それがビスマルクという「私」の中で考えるエスに与えられた呼称である」と続ける。

そう、エスは「私」に語られることで名を変え、姿をまとい、「私」を欺き始める。ビスマルクにおいてエスは、彼自身によって「私の中で考えるそれ」として語られ始めたが故に「ビスマルクのエス(もう一人の男)」となり、一切の人称性を拒否するエスとしての本分を見失う。ちょうど語らないときはそれについてよく知っているにもかかわらず、言葉にして語ろうとした途端、よく分からない“何か”になってしまうように。

1 2 3

その他の記事

「自己表現」は「表現」ではない(岩崎夏海)
グローバル化にぶれないアフリカのエッジの象徴としてのエチオピア時間(高城剛)
個人情報保護法と越境データ問題 ―鈴木正朝先生に聞く(津田大介)
JAXAで聞いた「衛星からのエッジコンピューティング」話(西田宗千佳)
年末年始、若い人の年上への関わり方の変化で興味深いこと(やまもといちろう)
この冬は「ヒートショック」に注意(小寺信良)
花盛りとなるステマ関連が見せる地獄の釜の淵(やまもといちろう)
日印デジタル・パートナーシップの裏にある各国の思惑を考える(高城剛)
統計学は万能ではない–ユングが抱えた<臨床医>としての葛藤(鏡リュウジ)
目下好調の世界経済にバブル崩壊のシナリオと対処法はあるのか(やまもといちろう)
世界は本当に美しいのだろうか 〜 小林晋平×福岡要対談から(甲野善紀)
週刊金融日記 第282号<日本人主導のビットコイン・バブルは崩壊へのカウントダウンに入った、中国ICO規制でビットコインが乱高下他>(藤沢数希)
身体にも衣替えの季節が到来(高城剛)
「身の丈」萩生田光一文部科学相の失言が文科行政に問いかけるもの(やまもといちろう)
ヘヤカツで本当に人生は変わるか?(夜間飛行編集部)

ページのトップへ