茂木健一郎
@kenichiromogi

2012年アメリカ大統領選挙について考えたこと

完全な自由競争はファンタジーである

社会主義も自由主義も賞味期限が切れている

私は、今回の討論でロムニー候補が唱えている「自由な競争」や「市場原理」などはファンタジーだと思っています。

様々な不平等をもたらす社会的な歪みを直さなければ、ロムニー候補が主張しているような自由競争はありえない。ロムニー候補のように非常に恵まれた家の生まれであれば、自由に競争に参加することができるでしょう。けれども、必ずしもそうではない家の子供にとっては、そもそも「競争する」機会が与えられていないのです。

崩壊したソ連が、社会主義や共産主義というファンタジーを信じていたのと同じように、レーガン元大統領以来のブッシュ親子、ロムニー候補など、アメリカの新自由主義を唱える人たちは、結局一つのファンタジーを信じているのだと思います。

ノーベル経済学賞を受賞したジョセフ・スティグリッツは、『The Price of Inequality』 という本の中で、いわゆる市場原理主義が、いかに実際の社会に当てはまらないかを理論的、あるいはデータに基づいて緻密に議論しています。

私は、20世紀を動かした二つのイデオロギー、つまり社会主義も自由主義も、どちらも賞味期限が切れていると考えています。社会主義や共産主義の賞味期限が切れたということは、ソ連の崩壊や中国の変質で非常に分かりやすく我々の前に提示されています。一方の新自由主義という、イデオロギーないしはファンタジーは、いまだに力を持っています。実際、今回のアメリカ大統領選挙でも、このファンタジーを信じてロムニー候補を支持する人たちがいる。

このすでに賞味期限が切れているのに、いまだに我々の周りを徘徊している亡霊とも言える新自由主義は、日本にも非常に大きなダメージを与えています。

この新自由主義が前提としている世界観は、つまり、「我々は利己的な存在であり、我々は自分の利益のために競争する」というものです。しかし、シリコンバレーの実際の仕事ぶりや、スティーヴ・ジョブスさんの仕事を見ても、「自分一人で何かを成し遂げる」ということはありません。つまり、パートナーシップだとかコラボレーション、協力、協調、など、お互いに補い合うネットワークのモデルにしなければ、現代においてイノベーションは作り出せない。そういう現代のリアリティーと新自由主義的な世界観は一致しないのです。

例えば、日本の受験勉強を見ても同じことを思います。受験勉強というのは、典型的な個人競技です。ペーパーテストの点数だけが問題にされて、どのくらい友達と協力できるかといったことは、まったく考慮されない。この受験勉強も僕から見れば、ある意味で極端な新自由主義的な考え方と変わりません。もっと評価を多様にして、どのくらいの子供たち、あるいは社会と協力できるのか。一緒に何を作れるのかを総合的に評価するものにすべきです。そうしないと、結局、過去に「自己責任」という知性のかけらもない言葉が跋扈したのと同じように、科学的に見て間違っているイデオロギーの亡霊が、この世の中を徘徊し続けることになるのではないかと思います。

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茂木健一郎
脳科学者。1962年東京生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、同大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て現職。「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究するとともに、文藝評論、美術評論などにも取り組む。2006年1月~2010年3月、NHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』キャスター。『脳と仮想』(小林秀雄賞)、『今、ここからすべての場所へ』(桑原武夫学芸賞)、『脳とクオリア』、『生きて死ぬ私』など著書多数。

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