しょせんは見世物の一つに過ぎないのだなあ
今回も、「さぞ胡散臭く思われているだろうな」との印象だったので――というのも増田氏は『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』の中で、木村政彦が名を顕してから一度だけ木村を破った柔道家、阿部謙四郎が、植芝盛平合気道開祖に就いて合気道を稽古していた事を取材中初めて知って、いささか驚かれたようだったが、そこで直ちに合気道を見直すことには極めて慎重で、例えばこの本の中でも「柔道や空手、総合格闘技など競技格闘技の書籍を書く場合、合気道に触れることは、ある意味タブーでもある。目の肥えた読者の失笑をも買いかねない」と、合気道関係者が読んだら、決して愉快には思わないであろう文章を書かれているからである。
もっとも、その後、「だが阿部謙四郎が植芝盛平に組み伏せられた事も、木村政彦がその阿部に試合で弄ばれた事も、そして木村が腕相撲で塩田剛三に敗れたこともすべて事実なのだ。もうひとつ、合気道には離れた間合いで相手をコントロールする技術があるからこそ、嘉納治五郎は『これぞ理想の柔道』と非常に興味を持ち、富木謙二らに『技術を学んでこい』と言って、植芝の内弟子として送り込んでいるのだ。簡単に切り捨てていいものではあるまい」と、公刊書として気を使ってフォローはされている。
とはいえ、ここでフォローされているのは、あくまで合気道開祖、植芝盛平とその直弟子で養神館合気道という別派を立てた塩田剛三個人への評価であり、現在の合気道界の技術・力量に対しては、初めに引用した「合気道に触れることは、ある意味タブーでもある。目の肥えた読者の失笑をも買いかねない」というコメントが正直なところだと思う。
この、合気道を評価するのに、きわめて慎重な、というか、合気道の実力に対して抜き難い疑惑を抱き続けられている書きぶりは、合気道に対してそれなりに評価して無難に済ませておこうという態度よりは、私などは好意が持てる。
しかし、それだけに武術の動きの質を追求し、試合を重ねる現代武道の常識とは異なった術の世界が、僅かとはいえある事を知って頂きたいという思いも、私の中に潜在的に強くあるように思う。そして、その思いがあったからこそ増田氏に会いたいと思ったのだが、こうした思いが、時により、相手により、自分でも「どうしたんだろう」と思うほど溢れ出して止まらなくなる事がある。この10月5日の夜は、まさに久しぶりに体験した、そのスイッチが入った時だったようだ。
スイッチが入った理由は、武の世界に関心を持つという事では同じ道を歩いている人々がいて、その人達はかつての精妙な日本の武術の世界はどうにも信じられないらしいという事に対するもどかしさ、同時にそうしたリアルファイトの人達に疑念を持たれてしまうというか、疑念すらも持たず、「あれは馴れ合い、八百長の世界だ」と断じられてしまう見方を変えさせることに本気で取り組もうとしない合気道や古流の世界の人々に対する無念さ、といったものが、私の心中に渦巻いていて、私自身の身の置き所が私以外のどこにもない事を犇犇と感じたのだろう。地の底に引き込まれるような孤独感と寂寥感に押し潰されそうになりながら、そんな私をどうにも出来ない私自身の無力さをどうしようもなく味わった。
「なぜこんなふうになったのかなあ……」と、強烈な精神的クレバスに引き込まれつつ、今回の新潮ドキュメント賞の授賞式とパーティーの一連の流れを思い返していた。そして、いくつもの要因があった事が見えてきた。一つは、この賞の選考委員のF氏が、自分が幼い頃、力道山と木村政彦の試合のテレビ中継を見た思い出話を交え、大いにこの作品を評価されていたのだが、その短絡的な柔道最強論やプロレスファンぶりを聞いていて、「ああ、武道も格闘技も、こういう人達にとって、しょせんは見世物の一つに過ぎないのだなあ」という後味の悪い思いをしていた事。
また増田氏の受賞を祝いに駆けつけた、増田氏と共に寝技主体の七帝柔道に取り組んだ北大同窓の人たちは、私よりも20歳くらいも若いと思うのだが、その人々にとって北大時代の柔道は、すでに青春の良き思い出の一つとなっているらしいということである。もちろん、その事に何の異論も差し挟むことは出来ないし、「ああ、さぞいい思い出なのだろうな」と、ある種の共感も出来るが、同時に「ああ、この人達はもはや現役の柔道家ではないのだ」という事を全身で感じた時、私との立場の違いを嫌というほど思い知らされた。
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