名越氏の名カウンセリングで気づいたこと
そして、「この孤独感を誰ならば理解してもらえるだろうか……」と思った時、誰よりも先に浮かんだのは名越康文・名越クリニック院長であった。名越院長とは、かつて3日と置かず、双方から何時間も電話をし合ったが、最近は名越氏も私も、どうしようもないほど忙しくなってしまい、直接会う事も、ここ数ヶ月なかったし、電話で話す事も滅多になくなっていた。しかし、この微妙な心の在りようを話して、余人からは決して聞くことが出来ないであろう名コメントが返ってくると思えるのは名越氏以外には思いつかず、帰宅途中、携帯からこのパーティーの事と、私の精神状態についての状況を説明して、「今日お電話可能でしょうか?」とのメールを送った。すると、このメールに対して帰宅後ほどなく電話を頂いた。そして一気に1時間。結果として名越院長の巧まざる見事なカウンセリングを受けることが出来た。
名越院長のカウンセリングの見事さは、私の話を聞きつつ、自分が直面している問題とすり合せて、私の心事についての解説をされるところにある。この夜、名越氏は御自身が依頼されている映画『男はつらいよ』の解説を「寅さんは“現代の菩薩”」という解釈で論を展開されようとしていたとの事で、それで私の話をすり合わせ、「大乗は道化だ」という名文句を生み出された。「大乗は道化」とは、多くの民衆を救う菩薩は、現代においては滑稽な見世物となる事を通して、それを実践するという事らしい。名越院長の真意がどの辺りにあったのか確かなところは分からないが、とにかく、この「大乗は道化だ」の一言は、深く私の内側に響いて、ホテルオークラでの新潮社主催のパーティーの直後から、ずっと背中に貼りついていたどうしようもない寂寥感と孤独感から、ようやく脱することが出来たのである。
私は今までにも何度か、どうしようもない心中の落ち込みや強い孤独感を名越院長に話すことで救われてきたが、この夜の名越医師の話術も真に絶妙で、「私の相談に乗る」「カウンセリングをする」という雰囲気は一切なく、「ああ、わかるなぁー、わかりますわ。いや、その先生のお話で僕の抱えていた原稿が書けますわ。いいキッカケを頂きました……」というふうに、自分(名越氏)の方が「お陰で気づいた。いま抱えていた原稿のヒントになった」という形で、まったく自分の功績を消してしまうのである。ちょうど、すぐれた教師が問題の解き方を、すぐに生徒に教えるのではなく、生徒自身が自分で発見するように導いて、自分はその事に関わっていないかのように振舞うという事と同じである。
とにかく、この名越氏の名カウンセリングで、ようやく精神的に私も浮上できたが、今回の思いがけない私自身の心の変化で、私自身普段あまり感じてはいなかった私自身の武術への思いが、私が予想していたよりも強烈であった事と、私が現役である事を思い知ったのは、かえって収穫であったのかもしれない。
<この記事は甲野善紀メルマガ『風の先、風の跡』Vol.38「松聲館日乗」より抜粋したものです。もしご興味をもってくださった方は、ぜひご購読をお願いします>
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