今年10月、「世紀の誤報」だとして世間を騒がせた、森口尚史氏をめぐる「iPS誤報問題」。この問題によって、日本のメディアの科学リテラシーの低さが浮き彫りになりました。一見、私たちの生活にはあまり関係ないように思える科学報道ですが、3.11以降の原発報道などで、科学技術の知識が行政や専門家、メディア、そして国民の間で共有されておらず、混乱を招いたことは周知のとおりです。理想的な科学報道のかたちと、それに必要不可欠な科学コミュニケーションの役割とは? 今回は、科学技術ジャーナリズムを専門とし、早稲田大学大学院政治学研究科ジャーナリズムコースで僕と共同で「Webジャーナリズム」の授業を担当している田中幹人准教授(@J_Steman)にお話を伺いました。
世の中が持っている科学者観
津田:まず、今回の森口尚史さんをめぐるメディアの動きを整理すると、イントロは10月11日。読売新聞が朝刊一面で「森口さんらハーバード大のチームが、iPS細胞から作った心筋の細胞を6人の心不全患者に移植した」と報じて、共同通信、日本テレビ、産経新聞も「iPS細胞を使った世界初の臨床応用」と続きましたが、実はこれが虚偽だった。[*1] だからいずれも「ごめんなさい」した。[*2] そして、共同通信からニュースの配信を受けている全国の数多くの新聞社も、図らずも誤報をやらかす [*3] ことになってしまったものだから、その中の一つ、東京新聞も「共同配信の記事だけど、本紙も掲載した責任は免れない」と社説で謝罪 [*4] しましたね。
田中:その一方で、NHK [*5] と朝日新聞 [*6] は「オレたちにも森口さんから売り込みはあったけど、ダマされなかったぜ」と発表しましたね。
津田:またその一方で、日本経済新聞は「実はウチは2009年に森口さんを取り上げていたんだけど、その記事の中にも誤りがありまして……」という検証記事まで出したという……。[*7] 田中さんはこの一連の騒動をどうご覧になりましたか?
田中:読売、共同のことをいったんさておくなら、NHK、朝日あたりが「オレたちは引っかからなかったよ(キリッ」とやっているのがちょっと気になるんですよね。釣られなかったのはエラいんだけど、そのことばっかり言われるとね……。
津田:「『読売と共同は誤報したけど、ウチはしなかったぜ』って、そんなことわざわざ記事にすることじゃねぇだろ!」ってツッコミたくなりますよね(笑)。
田中:あともう一つ、朝日に「森口さんは流動研究員的な立場だから」「身分が定まっていない人だから」というニュアンスの記事 [*8] がありましたよね。実際、ネットなんかで科学者に叩かれましたけど、あれは非常に“新聞的”な世の中の見方なんですよ。
津田:権威主義的なうえに、誤りでもある。客員や特任の学者たちが重要な研究をしている事例は山ほどあるのに、「プロパーで何十年も研究している学者こそがエラい」という、いかにもエリート主義的な固定観念に縛られてる。
田中:あれこそが世の中が持っている科学者観なんだろうな、という気はします。実際には学者を含め、多くの科学関係者が、3年契約くらいで学校や研究所、部門から異動しなきゃいけない――それこそ派遣社員と同じような生活を送っている [*9] のに、その業態をメディアが全然拾えていないんです。「ポスドク問題」と報じられる [*10] ことはたまにあっても、それが科学の営みの一つとして、うまく結びついていない。
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